06:デッドヒート
開始から三分経過。
アリーナの床には、爆発の痕と焦げた砂が散らばっている。両機の距離は二十メートル前後で推移し、ひるめがじりじりと前へ、アシェンプテルが距離を取り直すという攻防が続いていた。
『――双方、まだ倒れない! これは長期戦の様相!』
実況の声が上擦る。
ひるめの前面装甲には、シルバーの直撃痕が三つ。ハーゼルの面焼きで表面が焦げ、微細なひびが走っている。しかし機体は倒れず、動き続けている。
対するアシェンプテルは、外観上は無傷だ。だが、胸部コアの出力バーが黄色域に入り始めている。そして――
《警告:PILOT BODY TEMP ↓ 2.1℃》
リーナの視界端に、体温低下のアラートが灯る。まだ許容範囲。だが、早い。
(この程度で)
リーナは唇を噛み、親指でチャージスイッチを軽く撫でる。
「終わらせる」
ジジジ……白銀の銃身に音が満ち、アリーナの空気がピンと張り詰めた。
『再び"シルバー"――撃つ!』
――ズドン!
白い線が走る。距離二十メートル。今度は胸部ではなく、左肩を狙った軌道だ。
太陽は目の前の白煙を盾にしつつ、姿勢制御をひねる。左肩を引き、右肩を前に出す。白い光線が左肩の装甲をかすめ、熱だけが染み込む。
胸部装甲の裏で"うずめ"がドクンと負荷を吸い、受けたダメージを熱に転換して、その峰が丸められていく。
「……受ける」
翼が小さくつぶやいた。グラフが跳ね、戻る。許容、ギリギリの緑。
観客席がふたたび湧き、実況が叫ぶ。
『二発目も受け切った! "ひるめ"、倒れない!』
バックヤードのモニタに、数値が並ぶ。
《UZUME LOAD 72% → 81% → 76%》
《CORE CONDUCTIVITY +12%》
《PILOT BODY TEMP:平常+0.3℃》
「よーちゃん、体温管理、数値言って」
『平常+0.3、維持できてる!』
翼はほっと息を吐き――そして、眉を寄せた。
「"うずめ"の消耗、早い。想定より"山"が大きい。スパイクの形状、過去ログと違う」
「リーナが波形を変えてる」
レオンが歯を噛む。
「殺しに来てるな、アレは」
『アシェンプテル、またハーゼル! 焼き切りに来る!』
ザザザザッ。
砂が焦げ、空気が震える。レーザーの面が迫る。
太陽はスモークをもう一つ展開し、わざと一歩"遅れて"進む。焼き面が少し外れる。前面装甲に熱が走るが、角度で受け流す。
「よーちゃん、ナイス。ゴルトは誘導に"律速"がある。追い矢の前、ほんの刹那に"空白"ができる。今の感じで避けて」
『分かった!』
太陽の呼吸が早くなる。視界の端で、HUDが点滅する。
《UZUME LOAD 72% → 81% → 76%》
《CORE CONDUCTIVITY +12%》
良いのか悪いのか、一言では言えない数字。
"うずめ"は働くほど熱を抱え、抱えた熱を逃がすために更に働く。効率が弾けるほど、負荷は上がる。
「ルカ、スラスター効きが重くなる前に、ゲインを一段落として」
「入れた。これなら重いけど曲がる!」
レナがデコイの残弾をチェックする。
「デコイ、残り十四。散布パターンCに変更」
ジョウはパージレールのトルクを再確認し、サヤは小さく祈るように"ひるめ"の紅白に視線を送る。バルトは腕を組み、わずかに目を細めた。
「……焦っているのは、向こうも同じだ」
その証拠に、アシェンプテルの胸奥で《コールドⅡ》がうなり、出力バーがまた一段、跳ね上がる。リーナの視界端に、体温低下のアラートが新たに灯る。
《警告:PILOT BODY TEMP ↓ 0.9℃ → 1.3℃》
(足りない。終わらせる前に、冷える)
リーナは舌先で上唇を湿らせ、呼吸を整える。
開始から五分経過。
アリーナの床には、さらに爆発痕が増えている。両機の距離は十五メートル前後。ひるめの前面装甲には焦げと傷が増え、アシェンプテルの動きにわずかな荒さが見え始めた。
『これは――デッドヒート! どちらが先に倒れるか!』
実況の声が熱を帯びる。
リーナの視界端に、さらにアラート。
《警告:PILOT BODY TEMP ↓ 1.8℃》
(この程度で怯むものですか。私は"勝つ"ために、ここにいる)
彼女は視線だけで"ヴァイセ・タウベ"に触れ、すぐに外す。剣はまだ要らない。美しく終わらせたい気持ちはあるが、今は結果が先だ。
「草薙太陽。あなたの"付け焼刃"が、どこまで持つか――見せなさい」
「付け焼刃じゃない」
通信の向こうで、太陽の声が返る。息は上がっているのに、音はまっすぐだった。
「――こいつは、完璧な"準備"だ」
白煙の幕が上がり、紅白が一歩、前へ出る。距離、十メートル。観客がどよめき、実況が叫ぶ。
『"ひるめ"、前に出た! 受けだけじゃない、詰めるのか!?』
バルカンの面を、ひるめの前装甲がはじいた。熱の面に対して、角度。"うずめ"が面の熱を丸め、ソーラースーツがそれを飲む。
太陽の体温は微かに下がる――だが、まだ許容内。
「レナ、残弾」
「デコイ十一、スモーク四」
「ルカ、"二回折れ+半歩"をプリセットCへ登録」
「入れた。よーちゃん、親指スイッチ、短く二回」
『了解!』
ひるめの足取りが変わる。重いのに、躱す。躱すのに、前に出る。距離、八メートル。
『アシェンプテル、距離を取り直す――いや、取らせてもらえない!』
リーナの眉がぴくりと動く。心のどこかが、熱でなく"別の何か"でうずく。これが、観客の前で戦う"楽しさ"なのだと、ほんの少しだけ自覚してしまう。
(だが、終わらせる)
白金の銃身がふたたび光る。ジジジ……というチャージの音が、今度は聞こえない。起点がズラされている。
「来る!」
翼の声と同時に、太陽は前装甲を角度で立てる。
閃光を受ける。ダメージを丸め。試合時間を伸ばす。
《UZUME LOAD 93% → 88% → 91%》
ぎりぎりの綱渡りは、続く。




