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A.Z.〈アブソリュート・ゼロ〉  作者: 軟膏
第1章『セルシウスフェス』
8/25

06:デッドヒート

 開始から三分経過。

 アリーナの床には、爆発の痕と焦げた砂が散らばっている。両機の距離は二十メートル前後で推移し、ひるめがじりじりと前へ、アシェンプテルが距離を取り直すという攻防が続いていた。


『――双方、まだ倒れない! これは長期戦の様相!』


 実況の声が上擦る。

 ひるめの前面装甲には、シルバーの直撃痕が三つ。ハーゼルの面焼きで表面が焦げ、微細なひびが走っている。しかし機体は倒れず、動き続けている。

 対するアシェンプテルは、外観上は無傷だ。だが、胸部コアの出力バーが黄色域に入り始めている。そして――


《警告:PILOT BODY TEMP ↓ 2.1℃》


 リーナの視界端に、体温低下のアラートが灯る。まだ許容範囲。だが、早い。


(この程度で)


 リーナは唇を噛み、親指でチャージスイッチを軽く撫でる。


「終わらせる」


 ジジジ……白銀の銃身に音が満ち、アリーナの空気がピンと張り詰めた。


『再び"シルバー"――撃つ!』


 ――ズドン!

 白い線が走る。距離二十メートル。今度は胸部ではなく、左肩を狙った軌道だ。

 太陽は目の前の白煙を盾にしつつ、姿勢制御をひねる。左肩を引き、右肩を前に出す。白い光線が左肩の装甲をかすめ、熱だけが染み込む。

 胸部装甲の裏で"うずめ"がドクンと負荷を吸い、受けたダメージを熱に転換して、その峰が丸められていく。


「……受ける」


 翼が小さくつぶやいた。グラフが跳ね、戻る。許容、ギリギリの緑。

 観客席がふたたび湧き、実況が叫ぶ。


『二発目も受け切った! "ひるめ"、倒れない!』


 バックヤードのモニタに、数値が並ぶ。


《UZUME LOAD 72% → 81% → 76%》

《CORE CONDUCTIVITY +12%》

《PILOT BODY TEMP:平常+0.3℃》

「よーちゃん、体温管理、数値言って」

『平常+0.3、維持できてる!』


 翼はほっと息を吐き――そして、眉を寄せた。


「"うずめ"の消耗、早い。想定より"山"が大きい。スパイクの形状、過去ログと違う」

「リーナが波形を変えてる」


 レオンが歯を噛む。


「殺しに来てるな、アレは」

『アシェンプテル、またハーゼル! 焼き切りに来る!』


 ザザザザッ。

 砂が焦げ、空気が震える。レーザーの面が迫る。

 太陽はスモークをもう一つ展開し、わざと一歩"遅れて"進む。焼き面が少し外れる。前面装甲に熱が走るが、角度で受け流す。


「よーちゃん、ナイス。ゴルトは誘導に"律速"がある。追い矢の前、ほんの刹那に"空白"ができる。今の感じで避けて」

『分かった!』


 太陽の呼吸が早くなる。視界の端で、HUDが点滅する。


《UZUME LOAD 72% → 81% → 76%》

《CORE CONDUCTIVITY +12%》


 良いのか悪いのか、一言では言えない数字。

 "うずめ"は働くほど熱を抱え、抱えた熱を逃がすために更に働く。効率が弾けるほど、負荷は上がる。


「ルカ、スラスター効きが重くなる前に、ゲインを一段落として」

「入れた。これなら重いけど曲がる!」


 レナがデコイの残弾をチェックする。


「デコイ、残り十四。散布パターンCに変更」


 ジョウはパージレールのトルクを再確認し、サヤは小さく祈るように"ひるめ"の紅白に視線を送る。バルトは腕を組み、わずかに目を細めた。


「……焦っているのは、向こうも同じだ」


 その証拠に、アシェンプテルの胸奥で《コールドⅡ》がうなり、出力バーがまた一段、跳ね上がる。リーナの視界端に、体温低下のアラートが新たに灯る。


《警告:PILOT BODY TEMP ↓ 0.9℃ → 1.3℃》

(足りない。終わらせる前に、冷える)


 リーナは舌先で上唇を湿らせ、呼吸を整える。

 開始から五分経過。

 アリーナの床には、さらに爆発痕が増えている。両機の距離は十五メートル前後。ひるめの前面装甲には焦げと傷が増え、アシェンプテルの動きにわずかな荒さが見え始めた。


『これは――デッドヒート! どちらが先に倒れるか!』


 実況の声が熱を帯びる。

 リーナの視界端に、さらにアラート。


《警告:PILOT BODY TEMP ↓ 1.8℃》

(この程度で怯むものですか。私は"勝つ"ために、ここにいる)


 彼女は視線だけで"ヴァイセ・タウベ"に触れ、すぐに外す。剣はまだ要らない。美しく終わらせたい気持ちはあるが、今は結果が先だ。


「草薙太陽。あなたの"付け焼刃"が、どこまで持つか――見せなさい」

「付け焼刃じゃない」


 通信の向こうで、太陽の声が返る。息は上がっているのに、音はまっすぐだった。


「――こいつは、完璧な"準備"だ」


 白煙の幕が上がり、紅白が一歩、前へ出る。距離、十メートル。観客がどよめき、実況が叫ぶ。


『"ひるめ"、前に出た! 受けだけじゃない、詰めるのか!?』


 バルカンの面を、ひるめの前装甲がはじいた。熱の面に対して、角度。"うずめ"が面の熱を丸め、ソーラースーツがそれを飲む。

 太陽の体温は微かに下がる――だが、まだ許容内。


「レナ、残弾」

「デコイ十一、スモーク四」

「ルカ、"二回折れ+半歩"をプリセットCへ登録」

「入れた。よーちゃん、親指スイッチ、短く二回」

『了解!』


 ひるめの足取りが変わる。重いのに、躱す。躱すのに、前に出る。距離、八メートル。


『アシェンプテル、距離を取り直す――いや、取らせてもらえない!』


 リーナの眉がぴくりと動く。心のどこかが、熱でなく"別の何か"でうずく。これが、観客の前で戦う"楽しさ"なのだと、ほんの少しだけ自覚してしまう。


(だが、終わらせる)


 白金の銃身がふたたび光る。ジジジ……というチャージの音が、今度は聞こえない。起点がズラされている。


「来る!」


 翼の声と同時に、太陽は前装甲を角度で立てる。

 閃光を受ける。ダメージを丸め。試合時間を伸ばす。


《UZUME LOAD 93% → 88% → 91%》


 ぎりぎりの綱渡りは、続く。

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