03:臨時基地
フェスまで、一週間。
ハンガーの厚い壁の向こうで、A.Z.の冷えが途切れなく続いている。床の霜は、コアの鼓動に合わせて薄く剥がれ、また降りる。
ハンガーの片隅、訓練機と作業機がずらりと並ぶストックヤードに、太陽たちの臨時"基地"ができあがった。折りたたみテーブル、予備バッテリー、温かいポット、簡易ベッド。電工の匂いと冷却霧、そしてコーヒーの湯気が混じる。
「ベース機は作業訓練用"いわと"。操縦ログはよーちゃんの手に馴染んでる。ここから"ひるめ"に持っていく」
翼がホワイトボードに手早く図を描く。耐衝撃装甲を増設し、骨格強度は維持。オーバーウェイトはスラスター設定で相殺。要点だけが矢継ぎ早に並ぶ。
「コンセプトは"受けて立つ"。スタミナで勝つ。――よーちゃんの"熱量"を最大限に使うよ」
「受け専門、ね。攻め手はどこにあるんだ?」
「それは"最後"に用意してある。まずは"倒れない"こと」
そこへ、ぞろぞろと一年の顔ぶれが現れた。
「勝利宣言、聞いたぞ草薙!」
「大丈夫なの? 怪我しない程度には手伝ってあげるわよ」
わぁ、と人波が押し寄せ、臨時基地は一気に賑やかになる。
――春河レオン。帰国子女の解析屋。「データは嘘つかない」が口癖。端末を開けば十秒でログに潜る。
――張 玲奈。制御・配線担当。淡々と毒を吐くロジカル勢。「配線は嘘つく。だから確認する」。
――御船 沙耶。外装・塗装センス抜群。色の置き方で"重さ"を演出するのが得意。
――白石 丈。筋力と根性の人。あだ名は"ジャッキ"。「トルクは心で締める」が持論。
――ルカ・オルティス。スラスター調整屋。陽気でスペイン語が時々混ざる。「ブエノ、これは踊る機体だね」。
――バルト・ケルナー。ドイツ出身の操縦候補生。無口。――リーナに一度、模擬で"完敗"している。
ほかにも見学半分、冷やかし半分、そして本気半分の一年たちが、工具と差し入れを手に集まってくる。
「……で、実際問題"本当に勝てるのか"問題なんだけどさ」
レオンが咳払いして壁面のホロに過去ログを投影する。タイトルは"アシェンプテル戦術プロファイル"。
「カタリーナ個人のセンスは置いといて、まずは機体。"メリザンド05"ベースのカスタム"アシェンプテル"。青と金の外装に目がいくけど、中身はもっと派手だ」
ホロに3Dモデルが浮かぶ。優雅なシルエットの機体が、ゆっくりと回転する。
「主兵装は二つ――高速プラズマミサイル"ダス・ゴルト"、ロングレンジレーザー"ダス・シルバー"。腰にはレーザーバルカン"ハーゼル"。近接はシンボリックな"ヴァイセ・タウベ"。ここまでは知っての通り」
「問題は"どう強いか"だよね」
サヤが腕を組む。レオンは頷くと、グラフを切り替えた。
「ログ三件から共通パターン。ひとつ、開幕の"見栄え"。ダス・ゴルト2連射で相手の回避力を削いでから、シルバーのチャージ狙撃。ここまでに要する時間、平均十八秒」
グラフに赤い線が引かれる。開始から十八秒の時点で、対戦相手の機体に大ダメージが入っている。
「二つ、バルカン"ハーゼル"の使い方がえげつない。牽制じゃなく"追い打ち"ね。相手の被弾で姿勢が崩れた刹那に面で焼く。三つ、総じてエネルギー消費が高い。特にゴルトは一本あたりの消費が重い上、連射間隔が短い。――つまり、長引かせれば必ず"穴"が開く」
「俺はその"穴"でやられたよ」
低い声で口を開いたのはバルトだ。テーブルに置かれた紙コップを見つめたまま続ける。
「連射の後、動きが鈍る瞬間がある。だがこちらの姿勢も崩れている。立て直す前に"ハーゼル"で押し切られた。……あと、ゴルトには"二段目"がある。初速で針路を予測して避けても、途中で噴射ベクトルが変わる。角度は浅いが、遅れて刺す」
「なるほど、"追い矢"ね」
翼がメモを取る。レナがすぐに口を挟んだ。
「対策としては、ラインオブサイトを潰すこと。ダス・シルバーは照準の安定に一・八秒必要。煙幕とランダムベクトルで、狙いを"乗せさせない"。――ゴルトは、投射砲で"囮"を撒く。温度と反射率を変えたデコイをいくつか。プラズマ誘導が反応する要素が何かは完全には不明だけど、機械学習系ならノイズは多いほど良い」
「作れるの?」
「うん、作る」
レナは即答し、設計アプリにスケッチを走らせる。小指ほどのカプセルに薄膜ヒーターと拡散反射材。"三六式投射砲"で撒く前提の軽量デコイだ。
《冷煙》は視界だけでなく熱像も薄める。A.Z.由来の電源を抱く機体だからこそ、熱の扱い方で勝敗が変わる。
「スラスター側の対策は僕が見る。ひるめは重い。だから"逃げる"じゃなく"曲がる"ね。ゴルトの追い矢は曲がり切れない。最短で"二回折れ"」
ルカが指で二度、空を折るみたいに軌道を描く。
「外装は任せて。紅白の配色で視認妨害もかける。白を広く、赤はパージラインに集約。"剥がれる"のが見えないように」
サヤがカラーチップを並べ、トーンの差を確認する。
「俺は……持ち上げる担当な」
「ジョウはジョウで必要」
翼が笑い、ホワイトボードの端に"人力クレーン"と殴り書きする。小さな笑いが起き、緊張が薄まる。
「まとめるね」
翼が指でボードを叩く。
「①《うずめ》を中心に"受けて伸ばす"。被弾エネルギーは熱に変換し、よーちゃんの熱回路で循環――《コールドアウト》に飲まれないよう《うずめ》が緩衝する。
②"逃げる"ではなく"捌く"。スモーク、デコイ、二回折れでゴルトを浪費させる。
③シルバーは一・八秒潰す。視界を切ってチャージを許さない。
④ハーゼルの"追い焼き"には装甲面で対策。前面装甲に耐熱コートを追加。姿勢制御はレナとルカが連携。
⑤最後は――"剥がして軽くして、詰める"」
「詰めた先で、どうする?」
レオンが問う。 翼は一拍置いて、目を細めた。
「そこは、私の"ひみつ"。――勝ち筋のコアは、最後まで伏せる」
視線が交差し、太陽は思わず口角を上げる。
「信じる」
会議は一気に"作業"へと移行した。
レオンはログにタグを打ち、模擬波形を生成する。レナはデコイの基板を削り、導線を半田付けする。サヤは外装のサフ吹き、乾燥、塗り。ルカはスラスターのベクトルテーブルを組み直し、フィードバックゲインを微調整する。ジョウはパージレールを肩で担ぎ、所定位置へ運ぶ。バルトは無言で工具を手渡し、ときどき短く注意を飛ばす。
夜が来て、朝が来る。
カン、カン、カンとリベットの音。シューッと冷却の白。カチ、カチッとキー音。コードが走り、アラートが鳴り、また消える。
「"うずめ"v0.8、ユニットテスト通過。次、統合」
「了解――"ひるめ"、起動」
胸のコアがコッ、コッと青白く鼓動し、紅白の外装に霜の縁取りが走る。関節のサーボが低く唸り、背部スラスターが微振動を伝える。
『草薙、反応どうだ』
「良好! 重いけど、嫌いじゃない!」
管制席の 翼が指を踊らせ、モニタに熱流・関節温度・伝導係数・"うずめ"負荷バーが並ぶ。
「軽打から――三、二、一」
ハンマーアームがコンと肩を叩く。グラフが一瞬跳ね、すぐ戻る。
「次、加重。がまんして」
「任せろ」
ゴンッ! ギンッ! ドン!
衝撃が連続し、表示バーが黄色域をかすめる。太陽の声は、息が上がりながらも笑っていた。
「まだいける!」
「じゃあ――本命。狙撃波形、模擬入力。スパイク来るよ、構えて」
アシェンプテルの狙撃を模した擬似高出力パルスが"ひるめ"の胸板を叩く。ズンと内部が沈む。同時に"うずめ"バーが赤手前で踏みとどまり、緑へ戻る。
「……受けた」
「受けた――やれる」
拍手。歓声。親指を立てる仲間たち。差し入れのポットが空になり、また新しい湯気が上がる。
残るは細部の詰めと――切り札の組み込みだ。
「デコイ弾、量産いける。三六式に二十四発搭載可」
「スモークも。発煙剤を"冷煙"にしたから可視は白でも熱は薄い。シルバー対策優先」
「スラスター、二回折れのプリセットA/B作った。親指スイッチに割り当て」
「前面装甲、耐熱セラミックの追加コート完了。乾燥中」
翼は皆の報告を受け取り、最後のチェック項目を一つ、また一つと潰していく。
――深夜。
作業場の灯りが一段落ちし、仮眠組が簡易ベッドに沈む頃。 翼はそっと工具を置いた。周囲を見回し、静かな通信ブースへと歩く。扉が閉まり、極短距離の暗号回線が開く。
「……お祖父様。 翼です」
ホロに映るのは、海風に焼けた手。画面の向こうから、穏やかな声。
『翼か。どうした』
「お願いがあります。よーちゃんには、言っていません。――"最後の一手"が、必要です」
短い沈黙。やがて、老人は頷いた。
『昔、お前に見せた"模造刀"があったな。あれは本物の"形"に耐えるよう鍛えてある』
「……コールドⅡを載せる、ということですか?」
『そうだ。実体刀の刀身にコールドⅡのエネルギーを載せる。純粋なエネルギー刃ではない――だからこそ、元の刀の鍛造が切れ味を左右する。儂が打った刀なら、"形"に耐えられる』
「外装に偽装できる薄刃も?」
『ある。……ただし、扱いは難しい』
「隠してください。――"殻"の奥、最後のパージのさらに下に。出るのは一度きりで構いません」
翼の声は、静かで、固かった。
『分かった。図面を送る。名は――そうだな、"くさなぎ"でどうだ』
翼は小さく笑った。
「いい名前です。……ありがとう、お祖父様」
通信が切れる。 翼は深く息を吐き、誰もいないハンガーを振り返る。紅白の"ひるめ"は眠っている。胸のコアだけが、微かに脈を打つ。
「よーちゃんには、内緒」
――翌朝。切り札の"図面"は、梱包材に紛れて届いた。
それを囲んで、太陽以外の仲間達がひそひそ声で話す。
「これが……ウワサのジョーカーか、どうして太陽には内緒なんだ?」
「よーちゃん、嘘つけないから。多分、動きでバレる」
「言えてるわね……」
ラベルは"試験用ダミーパーツ"。 翼とレナが素早く分解し、ジョウが肩で支え、サヤが外装ラインに"隠し"の塗りを入れる。ルカがスイッチの配線を噛ませ、レオンが出力制御の"一回きり"ロジックを書き足す。バルトは黙って周囲の動線を塞ぎ、誰にも見られないよう立ち位置を固めた。
「最終パージ、作動。――"殻"の中、確認」
「……よし。閉じる」
カシャンと最後のカバーが閉まる音がした。
その日の夕方、"ひるめ"は最終統合テストに入った。
ハンガーの中央、機体が起き上がる。紅白の外装が照明を反射し、胸のコアが青白く脈打つ。
スモーク、デコイ、二回折れ――想定通り。狙撃スパイク――"うずめ"が踏ん張る。バルカン焼け――前面コートが耐える。
仲間たちの歓声が上がり、太陽はハンガーの天井を見上げて、長く息を吐いた。
「勝てる」
「勝つ――私たちで」
翼の言葉に、皆が頷く。拍手が自然に起きる。誰かが差し入れのカップスープを配り、誰かが肩を叩き、誰かが簡易ベッドに倒れ込む。
ハンガーの時計が小さく時を刻む。
フェスまで、残り三日。
"ひるめ"の紅白は日ごとに艶を増し、装甲のパージラインは細く鋭く整っていく。配線の一本一本が音を立てて噛み合い、プログラムの一行一行が呼吸を揃える。
ここはA.Z.を抱く輪。外は極夜の冷たさ、内側は、人の熱。冷たい火で温まる街の、その端っこに彼らの"基地"がある。




