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A.Z.〈アブソリュート・ゼロ〉  作者: 軟膏
第1章『セルシウスフェス』
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02:勝利宣言

 昼休み、リング中央のアトリウムはいつもよりざわついていた。

 吹き抜けになった円形の広場に、学生たちが集まっている。天井のホロパネルに色とりどりの広告が踊り、中央の告知塔がピコン、と軽い音を立てて点灯する。


『――告。本年度公開模擬実習"セルシウスフェス"の実施を告げます』


 今年の副題は「A.Z.と《コールドⅡ》の教育成果公開」。アトリウムのホロに、黒い遺構を抱き込む白い輪――《セルシウスガーデン》の平面図がくるりと回る。スポンサーの一人が「第二のプロメテウスを、次の世代へ」と気取った文句を添える。歓声と冷やかしがないまぜに湧いた。

 ざわっ。

 人波が一斉に塔へ顔を向けた。スポンサー企業や研究機関のロゴが次々と流れ、最後に「一年生は会場運営・補助」との一文が表示される。太陽は思わず肩の力を抜いた。


「見学かぁ……ちょっと退屈だな」

「そう思うのは、まだ早いかもよ」


  翼が指さした先、塔の下へ教官が上がる。シールドマイクを耳に掛け、きびきびとした声がアトリウムに響いた。


『追加で連絡。フェス開会式のアトラクションとして――一年代表の"親善デュエル"を行う』

「親善デュエルぅ?」


 太陽は素っ頓狂な声を上げる。

 デュエル――ARK同士の模擬戦闘だ。訓練の一環として行われることもあれば、派閥同士の威信をかけた"決闘"として行われることもある。練習試合から、単なる私闘まで、様々な目的で行われるデュエルは、ガーデンの学生達のたしなみだった。

 しかし、太陽が目指しているのはあくまで『宇宙開発』だ。宇宙へ行き、両親を迎えに行くための"足"が欲しい。兵士になりたいわけじゃない。そういったイデオロギーの違いから、太陽は戦闘訓練や決闘競技にはあまり興味を示さなかった。

 祖父からは精神鍛錬として剣術を叩き込まれている。


「刃物は、扱いを誤れば自分が傷つく。だから心を鍛えろ」


 と言われ、幼い頃から竹刀を握らされた。頑固な刀鍛冶の祖父は、一日の鍛錬も欠かすことを許さなかった。

 けれど、それはあくまで"心構え"を学ぶためのもので、戦うための技術ではない――太陽はそう思っていた。


『対戦者は公正なアルゴリズムに基づくランダム選出。候補者は――表示する』


 そんな太陽の興味など知らぬとでも言う風に、ホロに抽選用の円環が現れ、名前が光の粒になって回る。

 最後に表示された名前はこう示していた。


 ――草薙 太陽。


「…………………………は?!」

「……よーちゃん?」

「………………」

「よーちゃん!」

「気絶してた」

「もう……」


 どっと周囲が沸く。冷やかしと歓声と同情が混ざった音が、波のように押し寄せる。


『対戦相手は――』


 再び円環が回り、ピタリと止まる。


 ――カタリーナ・A・メンデルスゾーン。


 空気が一段階、キンと張りつめた。

 アトリウムの一角で、群衆が自然に割れる。そこに現れた金髪の少女は、すでに舞台に上がるための歩き方を知っていた。無駄のない背筋、涼しい瞳。制服の袖口からは、私物の操縦グローブがのぞく。

 カタリーナ・A・メンデルスゾーン――通称リーナ。ドイツ出身、自称「貴族の末裔」。一年首位の実力者で、すでにスポンサーから専用機を与えられている。A.Z.の電力線にぶら下がる街で、専用機は一種の"顔"だ。誰もがその名と塗装を知っている。

 取り巻きの"リーナ派"がうやうやしく後ろにつき従う。彼女は告知塔の下で足を止め、太陽を見つけると、ゆっくりと口角を上げた。


「まあ。よりにもよって――あなた?」

「……そうだよ、何か悪いか?」

「"親善"にしては、観客サービスが良すぎると思わない? 暑苦しいだけの平凡な男子と、そのおまけ」


 視線だけで 翼まで射抜かれる。周囲から小さな笑いが漏れた。 翼は一瞬、肩をすくめただけで笑い返す。「おまけ」の仮面の裏に、冷ややかな観察の目を光らせて。


「大丈夫。こっちは"ちゃんと"準備するから」


 太陽の背中に小さく添えられた手のひらが、心拍を一段落ち着かせる。

 リーナは肩をすくめ、つまらなそうに指先で空を払った。


「準備。可愛い言い訳。――でも、残念だけど、私の"アシェンプテル"は待ってくれないわ。圧倒して終わり。スポンサー様に退屈を味わわせる趣味はなくてよ」

「アシェ……? あぁ、専用カスタムか」

「えぇ。芸術は実用と矛盾しないって、教えてあげる」


 挑発の言葉は軽い。けれど、背後の支援体制と本人の自信が、言葉に重みをつける。太陽は唾を飲み込んだ。群衆の視線が刺さる。笑い、期待、興味本位、残酷な好奇心。どれも彼の背にのしかかる。


「――勝つさ」


 太陽は言った。口が先に動いた。アトリウムが一瞬だけ静かになる。


「は?」

「やるからには、勝たせてもらう、それだけの話だろ」


 息を呑む音。やがて波のようなざわめき。笑い声。ひそひそ。

 自分でも根拠はない。けれど、胸の中心の"熱"が言わせた。ここで引けば、何かが凍りつく、と。

 リーナは小さく目を細めると、くす、と笑った。


「いいわ……退屈しないで済みそう」


 彼女が踵を返すと、取り巻きの列が流れるように動き、ざわめきは歓声に変わった。太陽はようやく息を吐く。


「よ、よく言ったな俺……」

「うん。言ったからには――やるよ」


  翼の声は、いつになく真っ直ぐだった。

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