13:医療棟にて
後日。セルシウスガーデンの医療棟はいつも以上に白かった。
消毒薬の匂いは薄く、代わりに温かいスープの香りが漂っている。チームSOLの面々が集まる一角は、ちょっとした食堂のようだ。
「英雄のお帰りだ!」
ルカが真っ先に手を振った。肩にはまだ固定具が残っているが、笑いの大きさは普段通りだ。
丈は照れ隠しのように咳払いをし、バルトは短く頷き、サヤは眼帯の下からにやりと笑って「派手に落ちたわね」と言った。レオンはベッドから上体を起こし、細い親指を立てた。
「……みんな、死にかけたけど、死ななかった」
太陽は頭をかき、持ってきた"土産"をテーブルに置く。ヴォイドから拾ってきた、フロストの"欠片"――粉にならず残った雪華結晶の小片。翼が安全処理を施し、いまはただの美しいガラスのかけらになっている。
「綺麗」
サヤが目を凝らし、レナがすぐにスキャンした。
「データにします。これ、"噂"を止める証拠にもなる」
「そうね」
別の声がした。カタリーナが、隣のベッドから身を起こす。肩の包帯は真新しく、痛み止めのせいか頬に少し赤みが出ている。彼女は太陽をまっすぐ見て、わずかに微笑んだ。
「ありがとう。改めて。――私を信じて、助けて、勝った」
「皆で、な」
太陽が答えると、彼女はゆっくり首を振った。
「あなたが"最初に"信じた。そこから始まった。……それは、忘れない」
翼が横から咳払いをし、「はいそこ、感謝のフルコースは後で個別に」と邪魔を入れた。レナが吹き出し、ルカが「三角関係は高カロリーだね」とからかい、丈が「騒ぐな」と言いながら口元を緩め、バルトは珍しく肩をすくめた。
医療棟の天井は少し低く見えるのに、空気は広く、柔らかい。
「それで――」
レオンが身を乗り出した。
「ディートハルトは?」
「拘束した。今は学園の保安部が尋問中」
翼が淡々と答える。
「叛罪教戒の内通者として、うずめシステムの不正流出、学内での傷害事件への関与、そしてTeCによる攻撃――すべて自白した」
「噂は?」
「消えた。正式に学園から『カタリーナ・メンデルスゾーンに嫌疑なし』の通達が出た。むしろ、彼女は内通者を暴くために協力した、という形になってる」
「……まあ、間違ってはいないわね」
カタリーナが肩をすくめる。
「でも、私の"派閥"はもう半分に減った。噂が消えても、距離を置かれるのは変わらない」
「そういうもんだ。人の記憶は、都合よく書き換わる」
バルトが短く言った。彼の声には、経験から来る重みがあった。
「だが、お前は正しかった。それだけは残る」
カタリーナは何も返さず、ただ視線を窓の外へ向けた。薄い極光が、いつも通り空を流れている。
「ヌリファイ・シンズ……」
レオンが呟く。
「まさか、本当に学内にいたとは」
「彼らは、どこにでもいる」
翼が端末を操作し、画面に資料を映す。
「叛罪教戒は単なるテロ組織じゃない。思想集団。AZ技術を"悪魔の遺物"として拒絶し、人類の技術だけで世界を回すべきだと信じている。――だから、AZ技術を使う施設、研究者、学生、すべてが標的になる」
「俺たちも、標的ってことか」
太陽が拳を握る。
「うずめを作ったから?」
「そう。うずめは、AZ技術の応用としては画期的だった。だからこそ、彼らにとっては"危険"だった。人々がそれに依存し、人の手で作る技術を忘れていくことを恐れた」
「……狂ってる」
「狂ってはいない。それが怖い」
翼は目を細めた。
「ディートハルトは、本気だった。彼は、人類を"救う"ために動いていた。ただ、その方法が――私たちとは違った」
沈黙が、病室に落ちる。
太陽は、ディートハルトの最後の言葉を思い出していた。
『技術は、人を背く』
『君たちが燃やし、冷やし、奪い合った熱が、形になった』
フロストは、彼らの戦いから生まれた。熱と憎しみと恐れが、ショーカという形を取った。ある意味で、ディートハルトは正しかった。
だが――
「それでも、俺たちは進む」
太陽が言った。
「AZ技術は、確かに危険かもしれない。でも、それで救われた命もある。温暖化も、エネルギー危機も、全部解決した。――それを忘れちゃいけない」
「そうね」
カタリーナが頷く。
「技術は道具。使う人間が、正しく使えばいい。――私たちが、正しく使う」
「それが、私たちの"線"」
翼が微笑む。
「技術戒律は、私たちが決める。叛罪教戒じゃなく、私たちが」
「……それと」
カタリーナが、少し躊躇ってから口を開いた。
「私の両親のこと。ディートハルトが支援を止めた後、どうなるか――」
「大丈夫」
翼が遮った。
「白瀬重工が、支援を申し出てくれた。フェスでの勝利、うずめシステムの成果――それを評価して、カタリーナへの"投資"という形で、治療費を出してくれる」
「……本当に?」
「本当。ただし、条件がある」
「条件?」
「卒業後、白瀬重工で働くこと。あなたのパイロット技能を、彼らは欲しがってる」
カタリーナは一拍置いて、小さく笑った。
「……また、"投資"ね」
「そう。でも、今度は"正当な"投資。あなたの実力を認めた上での、対等な契約」
「……分かった。受ける」
彼女は顎を上げ、窓の外を見た。
「私が、自分の力で両親を救う。それが、メンデルスゾーン家のやり方」
太陽は、その横顔を見て、胸の中で何かが温まるのを感じた。
「それで――」
レオンが再び身を乗り出した。
「ヴォイドで"零度の炎"だって? どういう理屈だ?」
「理屈は翼に頼む」
「理屈は後で資料にする。今日は"武勇伝"だけでいい」
翼が肩をすくめる。太陽は、皆の視線にちょっと居心地悪そうに頭をかいて、それでも話し始めた。
フロストの白、やたのかがみの鳴り、くさなぎの冷たい火。落ちる感覚、支える掌、通じ合う呼吸。
話は何度も途切れ、笑いと溜息と労りの声で繋がれた。
「やたのかがみ、ね」
レオンが顎に手を当てる。
「熱転換装甲の"受ける"から"返す"への進化――理論的には分かるけど、実装が難しい。よく間に合ったな」
「間に合ってない。試作段階で、ぶっつけ本番」
翼が苦笑する。
「でも、よーちゃんの"熱"と噛み合った。それが、奇跡」
「奇跡、か」
太陽が呟く。
「俺たちは、奇跡を使ってる。AZ技術も、うずめも、やたのかがみも――全部、氷の下から拾った"奇跡"の延長だ」
「それを忘れちゃいけない、ってことね」
サヤが静かに言った。
「ディートハルトは、それを恐れた。奇跡に依存して、人の力を忘れることを」
「でも、俺たちは忘れない」
太陽が拳を握る。
「奇跡を使うのは、人だ。技術を動かすのは、人だ。――俺たちが、ちゃんと使う」
「そのための勉強、ね」
レナがため息をつく。
「フェスが終わって、事件が終わって――また、日常」
「ブエノ! 日常、最高だね!」
ルカが笑う。
「死にかけた後の日常は、特に美味い!」
ディートハルトのことを問う声もあった。太陽は正直に答える。
「拘束した。上に引き渡す。――終わりじゃない。始まりだ」
「始まり、か」
レオンが天井を見上げ、サヤが「次の祭りは、フェスじゃなくて"裁き"ね」とつぶやいた。
カタリーナはそれには何も返さず、ただ太陽の横顔を見ていた。翼は二人を見比べて、小さく息を吐き、笑った。
危機感は消えない。けれど、それも含めて"今"だ。
窓の外、氷の輪はいつも通り。極光は薄く、A.Z.の外郭は寡黙だ。だが、ガーデンの内側だけは少し"温かい"。
やたのかがみの余熱がまだ見えない形で残っているみたいに、笑い声の端に火が灯っている。
「ねぇねぇ、ソル!」
ルカがわざとらしく唐突に言った。
「"零度の炎"の名前、考えようよ! ロマンは必要だ!」
「こら、茶化すな」
丈が即座に止め、みんなが笑い、翼が「資料名は"技術的現象ZEF"で確定」と真顔で追い打ちを掛けた。
太陽は肩をすくめ、やっぱり笑った。




