11:やたのかがみ
音のない極低温破壊光線。空間が薄く歪み、結晶の軌跡が直線に生える。
太陽は左足のうずめを強踏みして熱路を逆相にし、肩から肘へ"冷え"を走らせて斜め前へ滑り込む。くさなぎの無刃の冷光が光線の余波を"食い"、生まれた霧が一瞬で凍り、粉になって散った。
上段、カタリーナが飛ぶ。
アシェンプテルのスラスターはこの空気の薄さに不機嫌だが、それでも彼女の体幹は揺れない。ヒールの爪先が氷の柱を掴み、反転、落下の勢いを乗せてフロストの肩関節に"踵"を入れる。
鈍い音。結晶の蔓が縮んでバネのように反発し、フロストはわずかに体勢を崩す。
「トリィ! 視界、取れるか!」
「右三十度、弱点"模様"の乱れ――そこ!」
太陽は指示へ身を投げ、くさなぎを水平に払う。フロストの胸の雪華紋様が一瞬"逆目"になって光り、そこへ冷刃が触れる。
凍る。結晶は低温でこそ硬いが、均一性を奪われると脆い。ひびが走る。
だが、走ったひびの奥から新しい雪が生え、無表情に"修復"が始まる。
「しぶとい……!」
「しぶといのは、私たちも」
カタリーナが笑わずに言い、側頭部を掠める冷線を首の角度一つで躱す。反撃のダス・シルバー二連射。白線は結晶の縫い目を狙って潜り、内側のTeCの残骸に音のない火花を散らす。
フロストは無反応。次の瞬間、足元のプラットフォームが"鳴った"。フロストの"息"が床を這い、古い鋼板の分子振動を奪っていく。
「床、持たない――!」
翼の警告とほぼ同時、フロストが両腕を交差させて叩き落とす。白い衝撃。
太陽の視界が一瞬白飛びし、次に戻った時には、左腕の外骨格に細かいひびが入っていた。うずめの循環計がカチリと色を変え、警告を赤で点滅させる。
「よーちゃん! 限界域! 深部温度、下げが止まらない! もう逃がせる熱がない!」
「大丈夫……まだいける」
言葉は強がりではない。太陽は前に出る。出ながら己の動きが"軽すぎる"ことに気付く。軽いのは良い兆候ではない。体温を支える重さが抜けている。視界の縁が細る。
そこへ、フロストが"学習"した照準で破壊光線を再出力した。一本が太陽、一本が上段のカタリーナ、残る散弾が翼の端末を狙う三点同時。最短で潰す手筋だ。
「させない」
カタリーナが体を入れた。アシェンプテルの翼を盾にして太陽の前へ落ち、躊躇なく自身の装甲と肩を光線の前に差し出す。
白い閃光。金属の焼ける匂い。アシェンプテルの装甲が悲鳴を上げ、カタリーナの肩口から鮮やかな赤が滲む。
「リーナ!」
「行って!」
短い。切断のように短い声。彼女は太陽の胸を掌で押した。押し出す。逃がすためではない。前へ。
翼はその一瞬に賭けていた。端末が太陽の胸当てに再び打ち当てられる。
「よーちゃん、"これ"を渡す。ひるめの完全体――『おおひるめ』の試作、"零"。設計は間に合わない。だけど"核"は同じ。あなたのうずめと"噛む"」
視界に、複雑な幾何学が流れ込む。設計ではない。呼吸だ。熱の吸い方、返し方、貯め方――人が見てきた炎と氷のあいだの"段取り"。それが図形と言語で太陽の身体に差し込まれる。
「展開、可能域! ただし、起動には大きい"声"が要る!」
翼の叫びに、太陽は頷いた。声なら、持っている。燃え余り、冷え過ぎて、形だけ残った芯がまだある。
「――『おおひるめ零』、起きろぉおッ!!」
手を前に。うずめの循環へ新しい"路"が接続され、背面のユニットが一瞬だけ無音になり――次の瞬間、鳴った。
低く、深く、氷の底から湧くような音。
太陽の前腕に、古い鏡のような円盤が稲妻めいて編まれ、幾層もの薄い"膜"が重なって一枚の盾になる。
熱転換装甲盾――『やたのかがみ』。
フロストの破壊光が、そこへ至る。普通の盾なら貫かれる。普通の冷却なら凍り付く。
やたのかがみは違う。
奪う。来た熱をその場で相転移の"淵"に引き込み、太陽の内側へ"栄養"として押し返す。
衝突。視界が白で満たされる。だが、刹那の後、白は太陽の中に沈む。頬に戻る色。胸の奥がひとつ、ふたつと温まっていく。細くなっていた視界が開く。指先の感覚が戻る。冷えた筋肉へ、熱が帰る。
「……これが、"鏡"……!」
太陽の声に驚きが混じる。やたのかがみの表層で、雪華の紋様が"逆回転"し、フロストの光線が力を失って白い霧に変わる。霧は太陽の皮膚のすぐ外で薄くなり、やがて消える。
代わりに、彼の胸の"炉"が静かに立ち上がっていく。
「よーちゃん、体温戻ってる! 深部三四! コールドアウト、回避!」
太陽は短く笑い、くさなぎを握り直した。カタリーナが肩で息をしながら、血に濡れた口元で強情に笑う。
「これで貸しは……チャラよ……」
「……もう一回『貸す』からな、死ぬなよ」
目線が交わり、次の瞬間には二人とも前を向いていた。
上方でフロストが姿勢を変える。学習が速い。やたのかがみの応答を見て、光線のスペクトルを変えるつもりだ。胸腔の渦が異なる周波で鳴り、雪華の瞳が一斉に細くなる。
「来る。今度は広域、拡散型」
「翼、やたのかがみは"面"で受けても"腹"が足りない。出力をどうにか盛れるか」
「できる。うずめの余剰熱を"鏡"の縁に循環させる。副反応で発生する低温域は、私が"食べる"。――アシェンプテル、貸して。冷却路を私の端末に繋ぐ」
「分かったわ」
カタリーナが自分の傷口に応急のジェルを叩き込みながら答え、背のアシェンプテルの冷却系を翼のデバイスへ解放する。
三者の"路"がつながった。熱は太陽へ、冷えは翼へ、制御はリーナへ。
「隊形、三角。よーちゃん先頭。私が右で押さえる。リーナ、左から抉る」
「了解!」
フロストが"息"を吸う。白い世界の奥で、黒い核が微かに笑った気がした。ディートハルトの声の残滓が、氷砂のように渦に混じる。
「罪は昇華し、形を得る――」
「形があるなら、斬れる!」
太陽が低く言い、踏み出す。やたのかがみが前面で鳴り、くさなぎがその影から覗く。
フロストの拡散光が空間を白く満たし、鏡に吸い込まれて太陽の芯を温める。温まるたび、刃は深く、視界は静かになる。
カタリーナの二重の影が左から差し込み、雪華の"縫い目"を鋭く裂く。翼の端末が右から冷えの歪みを誘導し、フロストの自己修復の"段取り"を崩す。
反撃。床が再び鳴り、壁面の氷層がうねる。だがもう、太陽の身体から震えが消えている。熱は敵ではなく、糧だ。やたのかがみが呼吸し、うずめが巡り、くさなぎが歌う。
フロストが初めて"後退"した。雪華の瞳が一つ、また一つと暗くなり、胸腔の渦が乱れる。TeCから借りた命令列が飽和し、人の声の残滓がざわめく。
「押せる!」
「押す!」
「行っけぇええええ!!」
三人の声が重なり、ヴォイドの寒い空気に熱い"筋"が一本走った。上も下もない巨大な空洞で、若い三つの息が同期する。
技術は刃であり、盾であり、橋である――今は、彼ら自身の"線"だ。
ショーカの白が、わずかに退いた。大空洞の闇が、その隙間から深く覗く。
決戦の幕は、もう上がっている。




