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A.Z.〈アブソリュート・ゼロ〉  作者: 軟膏
第2章『叛罪教戒(ヌリファイ・シンズ)』
19/25

08:若さの刃

 天井から、三眼ドローンが五機。

 それぞれ人間の頭ほどの大きさ。球形の本体に三つのカメラアイ、そして下部に小型のレーザー発振器。機体は黒く、継ぎ目から青白いプラズマの光が漏れている。

 翼が即座に分類する。


「TeC……熱技兵。コールドⅡ非依存のプラズマバッテリー駆動。AI制御。――ARKを落とす力はないけど、生身には十分な殺傷力」

「ここ、生身しかないのよね」


 カタリーナが素っ気なく言い、銃口を僅かに上げる。ディートハルトが指を鳴らす。ドローン群の視線が一斉にこちらへ向き、"瞳孔"が絞られた。


「ARK『ひるめ』展開!」


 太陽は躊躇わない。背の携行ユニットから骨組みが跳ね起き、肩と腰に冷たく噛みつく。簡易装架――緊急用の"薄い"ハーネスだ。ひるめ本体の外殻は戻っていない。だが、うずめの"核"は生きている。反転熱路が低く唸り、青いパターンが皮膚の下で走った。


「くさなぎ、通電良好」


 腰のホルスターから、透明に近い青白い刃が抜かれる。コールドブレード"くさなぎ"――祖父が打った刀を元にした冷却刃だ。


「翼!」

「セキュリティは落とされた。館内ガード呼べない。地下内で孤立してる」

「十分」


 太陽は顎で合図し、床を蹴った。

 三眼ドローンが先に吐く。赤い光線――直径二センチほどの熱線が空間を歪ませながら迫る。

 太陽は正面から受けない。半歩外して、うずめの熱路へ"噛ませる"。相手の吐いた熱が、太陽の背中に吸われて冷える。その瞬間にくさなぎの薄刃を発振器に"撫でる"。

 ドローンの発振器が脆く鳴り、破片は火を出さず、静かに床へ落ちる。

 一機撃破。


「任せていられない」


 カタリーナはアシェンプテルのトリガを引いた――が、背中の展開機構が途中で止まる。警告灯が連続して赤に変わる。


「……停止コード」


 翼の声には怒りが滲む。


「ディートハルト、あなた――」

「当然だ。指先ひとつで止まる"誇り"ほど管理しやすいものはない」


 ディートハルトが鼓膜の裏を撫でる声で嗤う。カタリーナは唇を噛み、機構を蹴り飛ばす。どこも動かない。

 それでも銃は動く。

 彼女は前に出る。太陽の斜め後方、同じ前線に立つ位置まで。


「太陽。正面は任せる。私は右の砲台を黙らせる」

「了解。……リーナ、無茶すんな」

「無茶はあなたの担当」


 部屋の奥から、四脚砲台が二機、現れた。

 それぞれ大型犬ほどの大きさ。四本の脚で床を掴み、背中に砲塔を載せている。

 四脚砲台が脚を低くし、弾帯が走る。金属の悪い爪の音。カタリーナは床で滑り、柱を盾に二発で"眼"を潰す。

 返す刃に火炎の舌が迫り、彼女は頬を掠めさせたまま体重を切る。


「よーちゃん、左のローダー注意!」


 パワーローダー型のTeCが、溶断用の腕を掲げて突進する。人間大のサイズ。

 太陽は正面から受けない。半歩外して肩で抜け、うずめの熱路へ"噛ませる"。相手の吐いた熱が吸われて冷える。その瞬間にくさなぎの薄刃を関節に"撫でる"。

 溶断アームは自分の熱を失い、鈍い音で折れた。

 ドローン群が再配置し、粒子加速の細針を束ね撃ちしてくる。


「散弾回避、五時方向に抜け!」


 太陽は左足のうずめを解放し、床に熱を捨てて一気に滑る。摩擦が消え、身体が氷上のように走る。くさなぎの軌跡が光の薄線となって三眼を順に狩る。

 三機目、四機目撃破。


「カタリーナ、背後!」


 翼の警告と同時、四脚砲台の一台が脚を跳ねて側面から弾幕を浴びせた。カタリーナは床に膝をつき、銃を投げるみたいに二連射。

 一発は外れ、もう一発が回転軸を割る。砲台が"座った"。

 彼女は転がるように接近し、素手で蓋をもぎ取って制御基板に"爪"を立てる。冷たい火花。


「よーちゃん!」

「まだいける!」


 ローダーの二機目が腕を振り下ろす。太陽は避けない。避ける余地が、ない。

 正面から入る。くさなぎを縦に構え、うずめの熱路を胸へ集中。プラズマの"熱"を奪いつつ、その冷却エッジをコア近傍のシールドに滑り込ませる。

 刃は刺さらない。凍らせる。素材の固有振動が止まり、亀裂が走る。

 太陽は膝で床を蹴り、肩で押し切って"割る"。ローダーが崩れ、内部のバッテリーが不格好な音と共に冷えた。


「やるじゃないか」


 ディートハルトはまだ余裕を装う。


「だが、若さだけではほどけない"誓い"がある」

「誓い、ね。戒律エディクトってやつかい!」


 太陽は汗を拭わず、視線だけを向ける。ディートハルトの背後の壁が微かに脈打っている。退路の扉。翼も見ている。

 端末の裏で、翼が用意していた冷却障害のトロイが目覚め、地下網のノードに走る。ディートハルトの背後で、扉の封鎖ランプが一度だけ緑に揺れ――死んだ。


「退路、切断。外部回線、二十七秒で遮断完了」


 翼が静かに告げる。ディートハルトの眉間に短い皺。すぐに消える。

 天井でまだ"雨"が続く。ドローンは減ったが、ゼロではない。四脚はあと一台。ローダー系は一。

 太陽の呼吸はまだ破れていない。うずめの"冷え"は、限界をまだ示していない。


「カタリーナ!」


 太陽が呼ぶ。彼女は応えない代わりに、一歩、隣へ出た。停止したアシェンプテルの残骸が背で軋む。目は前を見ている。


「アシェンプテルの停止コード、解除する」


 翼が端末を構え直す。


「でも、今は間に合わない。――だから、あと三分。耐えて」

「言われなくても!」


 火炎の舌が再び走った。太陽は前。くさなぎが斜めに落ちる。火の線が切断され、白い霧が生まれる。

 視界が薄く曇った瞬間、四脚の"最後"が伏せから跳躍に転じた。機械の脚が空を掴む。

 太陽は横目で見て、身体だけを左へ捻る。刹那、カタリーナが"踏んだ"。

 ヒールの先端が砲台の脚の関節に"入る"。その一指が、まるでナイフのように正確に。砲台は着地で足を折り、床に頸を晒す。

 太陽のくさなぎがそこを撫で、システムは静かになった。


「……合わせるの、上手くなった」

「あなたが"遅れる"から、合わせるしかないの」


 わずかな笑いが、すぐに消える。

 ローダーが最後の突進を始める。肩の壊れた獣の突撃。太陽は正面に立ち、吸い込み、冷やし、そして"押す"。

 筋肉が軋み、関節が焼けるように重くなる。うずめはそれを飲み、さらに飲む。限界の縁で、彼は片膝を落として下から支柱を切った。

 ローダーは前のめりに崩れ、肩口から床へ叩きつけられる。バッテリーが露出し、弱々しい光を漏らした。


「終わり」


 翼の指が空へ描いた記号に従い、残りのドローン群の"目"が順に消えていく。干渉。偽の座標。騙されたAIは互いを敵と誤認し、二機が空中で衝突、残りは壁面に自発的に激突した。

 静寂。金属が冷える小さな音が、いくつも重なる。


「退路は?」

「切った。上階へ逃げるエレベータも停止。――あなた、もう逃げ場はない」


 翼がディートハルトに向き直る。太陽はくさなぎを下ろし、呼吸を整える。カタリーナは銃を下げぬまま、半歩前。


「若いね」


 ディートハルトは、また笑顔を作った。失敗した笑顔だ。杖先が床を探すように彷徨い、それでも姿勢を崩さない。


「若いということは、世界を"善いもの"で満たせると信じていることだ。だが世界は、そう作られていない」

「だから作り直す」


 太陽の返事は短い。


「俺たちの"戒律"に従ってな」

「戒律は、技術を縛るための網だ。人を守るためではない。――技術は、人を背く。だから私たちは"罪"を無効化する(ヌリファイ・シンズ)」

「……言い訳に宗教の皮を被せてるだけ」


 翼の声が珍しく鋭い。


「盗みと破壊の合理化。それを戒律と呼ぶなら、私たちは反戒律で応じる。――アクセス、最終段」


 端末の画面に、地下区画の配線図が花弁のように展開し、中央の幹線が青から黒へ落ちる。

 同時に、ディートハルトの背後の扉が開いた。逃げ道ではない。袋小路の扉。その先にあるのは、はしご状の狭い保守坑だ。


「逃がさねえよ」


 太陽が一歩踏み出す。ディートハルトは杖を胸の前に立てた。防御の姿勢ではない。別れの儀式のようでもあった。


「君たちは、ここでひとつ"線"を引いた。技術と倫理の間に。――それを守り切れるのか?」

「守るさ。壊しにきた奴らより、ずっとね」


 太陽の足音が近づく。くさなぎは下段。カタリーナの銃口は揺れない。翼の端末は静かな光で三人の影を縁取る。


「ディートハルト・バックハウス。逮捕権限はないけど、拘束はできる。抵抗するなら、徹底的に冷やす」


 翼の言い切りに、ディートハルトは僅かに肩を竦める。


「――やれやれ。若いというのは、やはり恐ろしい」


 彼は杖をゆっくりと床に伏せ、両手を広げた。降参の姿勢。それでも瞳は笑わない。室内の空気がわずかに変わる。翼が眉を寄せる。


「待って、よーちゃん、後ろ――」


 言い終えるより早く、ディートハルトの背後の保守坑から、細い二本の影が跳ねた。蛇のようなメンテ用マニピュレータ。先端のコイルが青白く脈打つ。

 太陽は反射でくさなぎを横に払い、一本を切り落とす。もう一本が短くはじけ、電磁の舌が床で踊った。

 ディートハルトは踵を返し、袋小路へ飛び込む――はずだった。足元のプレートが拘束磁場で凍り、膝が止まる。翼が先んじて敷いていた罠だ。


「――退路、断。ほんとに、終わり」


 翼が静かに告げる。太陽は前へ、カタリーナも並ぶ。アシェンプテルの停止灯が、ようやく一段、黄へ戻りかけていた。

 ディートハルトは初めて、笑顔をやめた。年齢相応の、疲労の影が顔に落ちる。唇が、何かを言いかけて閉じた。


「ここで"線"を引く――技術戒律テクノロジー・エディクトは、私たちが決める」


 翼の声は低く、確かだった。うずめの冷たい脈が、拳から肩へと移る。くさなぎはまだ光を失わない。カタリーナの視線は、ディートハルトの瞳を外さない。翼の端末は、地下網のすべての"出口"に鍵をかけていた。

 地下深く。セキュリティはダウンし、呼べる助けはない。その代わり、ここには三人の"決めた線"だけがある。

 若さの爆発力が、いちど冷たく凝固して、刃になった。

 ディートハルトの足元から、磁場の音が消える。彼は動けない。太陽たちは動く。袋小路の闇にはもう何も潜んでいない。上からの援軍も、下からの罠も、翼の"鍵"が塞いだ。


「詰みだぜ、オッサン」


 太陽が言う。ディートハルトは目を細め、短く鼻で笑った。それは諦めでも、屈服でもない、記録のような笑いだった。


「――ふむ、認めよう。君達の勝ちだ」


 言葉は空気に落ち、冷えて、割れた。

 太陽は踏み出し、カタリーナは銃を下げ、翼は拘束プロトコルを起動する。

 だが――その時。

 ディートハルトの足元で、床が鳴った。

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