03:叛罪教戒
その夜、教員会議は長引いた。
居住リング上層の会議室。長方形のテーブルを囲んで、十数名の教官と管理職が集まっている。ホロには事件の報告書、監視カメラの映像、そして――「犯人不明」の文字。
「手口から見て、学生の悪戯とは考えにくい」
安全管理担当の教官が眉を寄せる。
「レーザー兵器の使用痕、冷却剤の悪用、死角を突いた犯行……組織的な可能性も視野に入れるべきです」
「組織的……まさか」
別の教官が息を呑む。
「ヌリファイ・シンズ(叛罪教戒)の可能性、ということですか」
その名が出た瞬間、室内の空気が一段冷えた。
叛罪教戒――ヌリファイ・シンズ。22世紀までの『人間だけの力で生み出した技術』を至上とし、A.Z.から生まれた技術を『悪魔の技術』として攻撃する反AZ技術主義宗教思想団体。
『ヘリオシウス』を名乗る教皇が代替わりしながら組織を維持し、現在は四世。AZ技術からリバースエンジニアリングされた独自技術『熱量技術』で生み出したAI制御無人ロボット『TeC(Technology Commandmenter/技術機戒)』によるテロや破壊工作を世界各地で繰り返している。
本拠地はバチカンの地下に存在すると噂されるが、まだ発見されていない。末端となる『教会』は世界各地に点在し、セルシウスガーデンのような最先端AZ技術施設は常に標的となってきた。
「あの団体なら、学内に内通者を潜り込ませることも……」
「だが、彼らの目的は施設破壊です。学生への個別攻撃は手口が違う」
「手口を変えてきた、とは考えられませんか?」
議論は堂々巡りになり、結論は出ない。
最終的に決まったのは、巡回の増員、監視の強化、武装持込の再点検――
アナウンスは翌朝には全校に回る。
だが、呼吸の速さは変わらない。極夜の窓越しに見えるオーロラはいつも通り薄く、A.Z.の黒い外郭はいつも通り黙しているのに、内側の空気だけが少し硬い。
翌朝の一時限目。ARK技術史の講義。
階段教室に百人ほどの学生が集まり、教壇には白髪の教授が立っている。いつもは穏やかな口調の教授だが、今日の表情は硬かった。
「――皆さんもご存知の通り、学内で不審な事件が続いています」
教授が黒板の横のホロパネルを操作すると、『叛罪教戒』の文字が浮かび上がった。
「この機会に、改めて確認しておきましょう。A.Z.技術に敵対する組織は複数存在しますが、最も危険なのがこの叛罪教戒です」
画面に、過去のテロ事件の映像が流れる。破壊された研究施設、炎上するARK格納庫。
「彼らは単なる思想団体ではありません。実行力を持つ、極めて危険な組織です。過去十年間で、世界中のAZ関連施設に対し、少なくとも三十七件のテロ攻撃を実行しています」
太陽は教室の中段に座り、画面を見つめていた。隣の翼が小さくメモを取っている。
「彼らの特徴は、『TeC』と呼ばれる無人兵器の使用です。AI制御のため、実行犯の特定が困難。しかし今回の事件では、TeCは使われていない……」
教授は一拍置き、眼鏡の奥の目を細めた。
「つまり、彼らの犯行ではない可能性もあります。ですが――彼らの思想に共鳴する者、あるいは内通者が学内にいる可能性は、ゼロではありません」
ざわめきが教室を走る。
「皆さんには、不審な人物や行動を見かけたら、すぐに教官に報告するよう、改めてお願いします。そして――」
教授は黒板を指さした。
「A.Z.技術は、人類を救いました。温暖化、エネルギー危機、食糧問題――これらを解決したのは、南極の氷の下から見つかった『奇跡』です。しかし、奇跡を恐れる者もいる。理解できないものを、悪魔と呼ぶ者もいる」
静寂。
「皆さんは、この技術の担い手です。それを忘れないでください」
講義が終わり、学生たちがぞろぞろと教室を出ていく。太陽と翼も席を立った。
「ヌリファイ・シンズ……」
太陽が呟く。
「よーちゃん、覚えてる? 入学時のオリエンテーションでも、同じ話があった」
「ああ……でも、まさか本当に関係してるとは思わなかった」
廊下を歩きながら、二人は視線を交わす。翼の目には、何かを計算する光が宿っていた。




