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ある冒険者の話  作者: 整腸剤神
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港湾荷役 一

「港で荷物運びぃ?」


 ギルドの受付台で告げられた緊急依頼の正体に、思わず声が裏返った。

 嵐を使役する邪竜の討伐とか、風に紛れて現れた黒衣の教団を退けるとか、そんな贅沢はもちろん望んでいない。けれど緊急依頼というからには、ほんの少しは英雄譚の香りがするはずだった。

 だというのに、返ってきたのは石畳に転がる麦殻のように素っ気ない一言だった。

 

「はい、荷物運びです」


 受付台の向こう側で、ギルド職員のセリカが顔色ひとつ変えず乾いた声で言った。

 机に積まれた紙の山──彼女の机は常に書類に埋もれていた──に視線を落としたまま、さらさらと筆先を走らせ続けている。その無関心っぷりは、彼女が本当に自分を認識しているのか不安になるくらいだった。


「あの……その、緊急依頼って言葉の響きからして、もっとこう……嵐を呼び出している邪悪な魔法陣打ち破るとか、そういうのを想像してたんだけど」


「そういうのはありませんね」


 とセリカ。山の上から新しい書類を一枚とって、また何事かを書き込み始める。


「嵐は自然現象ですので」


「じゃあ何がどうなったら嵐が港の荷物運びに繋がるのさ!」


「港に荷が溢れてるんです」


 さらりとした答え。紙に筆が走る小気味いい音だけが響き、こちらの狼狽など取るに足らないとでも言いたげだった。

 彼女の説明はこうだった。

 ここ数週間に渡り、王都近海は海棲の大型の魔物、クラーケンの脅威に晒され船便は減りに減っていた。けれど陸からの物の流れは止まらず、荷が絶え間なく押し寄せ続け、結果として港の倉庫はその限界を超えた。今や、行き場のない樽と木箱とその他諸々が波止場の端までびっしりと並べられ、嵐を前に無防備な姿を晒しているという。

 クラーケン自体は数日前にギルドの精鋭らが討伐に成功したが、荷の滞留は今日までまったく解消されていない。嵐が迫り、海運ギルドはあちこちから船をかき集めとにかく港から荷を運び出そうしているが、積み込みのための人手が全く足りない。

 ことここに至り海運ギルドが我ら冒険者ギルドにようやく発した緊急依頼の内容は至って単純。

 嵐が王都に至る前に、波止場に晒された荷をひとつでも多く船に運び込むこと。

 精鋭冒険者たちが成し遂げた大物退治、その後始末のひとつ。


「だから、荷を船に積み込むんです。嵐が来る前に。緊急でしょう?」


「…………」


 正論だった。

 王都は大陸物流の要衝だ。大陸中からかき集められた物が王都に集約され、大小様々な船に積み込まれて海の向こうへと運ばれていく。逆もまたしかり。

 そんな王都で物流の滞留が生じ、嵐が野晒しの荷を襲えばどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。確かに一大事だった。

 胸の内に組み立てていた英雄的活躍の妄想が、書類を捲る音に打ち砕かれる。

 肩を落としている自分の横を、同じ緊急依頼の説明を受けたと思しき冒険者の男が、あほらし、とつぶやきながら通り過ぎた。彼は依頼を受けずに帰るようだった。

 セリカが事務的に説明を続ける。


「報酬は依頼票に記載された通りの日当です。悪天候手当込みで少し割増。危険手当は……まあ、荷物が落ちてきたら気をつけてください。もちろん強制ではありませんが、当ギルドとしては、他職種との良好な関係を維持するためにも、ぜひ受任していただきたく」


 差し出された依頼票に目を通す。緊急依頼という名前から想像できるほどには、条件がいいわけでもない。


「くっ、あの伝令め。だからさっき依頼内容聞いても説明しなかったんだな……!?」


 拳を握って伝令に文句を言うと、セリカがぴたりと筆を止めて、初めてこちらを見た。


「レイチェル。私は貴方を少しだけ──いえ、ほんの少しだけ評価しています」


「……え、今言い直す必要あった?」


「ですので助言を。依頼の背景や理由を問うのは三流です。一流はまず自らが何をなすべきか、すなわち依頼の具体的な内容を確認するものです」


 淡々とした声色はまるで講義の一節のようで、そこに感情の揺らぎはひとかけらもない。涼しい顔で言い切られ、胸をぐさりと刺された気分だった。


「……じゃあ荷物運びって具体的には何をどうしたらいいのさ」


 必死に体勢を立て直して問い返す。しかし答えは無情だった。


「さあ」


「さあ!?」


 思わず身を乗り出して声が裏返った。台に肘をぶつけ、痛みに涙目になりながらも抗議の視線を送るが、セリカはまた視線を紙に落として、一瞥も寄越さない。まるで勝負になっていなかった。


「海運ギルドからはとにかく人を集めて荷を積み込ませろとしか。詳しくは現地で聞いてください」


 セリカはただ書類に筆を走らせている。その素っ気なさは、まるで「説明はこれで充分」と言わんばかりだった。


「うおい! さっきの助言なんだったんだよ! 内容全然わかんないじゃん!」


「そういうこともあります」


 思わず受付台に突っ伏しそうになる。

 けれどそれでは負けを認めるようで悔しくて、無理やり背筋を伸ばし、胸を張る。心の中では人目をはばからず地団駄を踏んでやりたい気分だった。


「あーもー! わかった! わかりましたよ! 荷物くらい、このボクが全部運んでやりますとも!」


 勢いよく言い切ったが、セリカは顔を上げもしない。返ってきたのは冷たい声だけだった。


「全部は無理でしょう。優先順位も現地の担当者に確認してください」


 抑揚がなく、まるで書類を読み上げるだけのような声。その冷淡さが、「依頼に関する説明はこれで終わりです」と言外に突きつけてくる。

 故郷で見た巡回裁判官の判決読み上げだって、彼女に比べればよほど感情が籠っていた気がする。

 無言で差し出された依頼票を引ったくるように受け取り、署名を走らせる。控えを乱暴に折り畳んで背を向けた。


「レイチェル」


 静かな声に呼び止められ、思わず足を止める。振り返ったのは首だけ。セリカの視線は依然として書類に落ちている。


「なにさ」

 

「気をつけてください。嵐の港は危険です」


 意外な言葉に少し驚く。言葉の調子はなお平坦で、相変わらずこちらを見ることもなかったが、その響きには不思議と胸にひっかかるものがあった。

 

「もしかして心配してくれてるの?」


 一歩戻って問い返すと、セリカは筆の速度を緩めずに淡々と告げた。


「いえ、未決の報告書が溜まっているので。無事に戻ってきてくれないと私が困ります」


「はいはい、そんなことだろうと思ったよ!!」


 気恥ずかしさを紛らわせるように声を張り上げ、勢いよく分厚い扉を押し開く。

 肌を叩く風は荒れ狂う気配を増していて、嵐の到来が迫っているのを嫌でも感じさせる。

 港に急がなければならなかった。


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