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ある冒険者の話  作者: 整腸剤神
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迷子案内 五

 日が沈んだ噴水広場は人で満ちていた。

 瑞炎の赤装束に身を包んだ典礼火術師が噴水の縁に沿って等間隔に八人、足元には儀装銅杓の先が沈められた火壺が置かれている。少し距離をとって囲むように色とりどりの角灯を手にした無数の人だかり。手鈴が三回鳴るとざわめきが波を引いた。

 火術師のひとりが灰を風に撒いたのを合図に、赤装束たちが一斉に壺から杓を引き抜いた。指に魔術の煌めきが奔り、杓先に白い火が灯る。火術師たちが一糸乱れぬ動きで舞うように大きく火杓を振るい、金糸で縁取られた焔礼衣が翻る。

 炎の筆先で中空に綴られるのは、はじまりの火がこの大地に灯るよりも昔、火が未だ空の星々と共にあった時代の星図だった。

 赤装束たちが天地を縫うように軽やかに影を踏んで石畳を鳴らし、噴水の水面にいくつもの火紋が映り込む。

 火は降りまし、我らは灯を受く──。

 古火の業を前に熱に浮かされたような祈りを口にする群衆たちの合間を、小さな手を引いて進む。

 遥か昔の星々の姿があれほどはっきりしているのに、今地上ではたった一人の母親の姿が見つけられない。古代の星図に照らされた火色の髪紐はそこかしこで無数に揺れていて、そのどれもが探し人のものではなかった。

 そして空は地上の輝きに見向きもせず、冷ややかに色を深めていく。


「おかあさんどこいっちゃったんだろう」


 不安そうな言葉に答える代わりに手を強く握る。何かを口にすれば焦りが伝わるかも知れなくて怖かった。

 衛兵の詰所まで辿り着けば、この子は保護されるだろう。それで自分の任務は完了だ。たとえ今日は無理でも、この子は明日には母親に会うことができるはず。

 でも、なんとしても今日、この子の母親を探し出してあげたかった。つまらない意地と言えばそれまでだった。この子の祭りの日を、迷子だけで終わらせたくない。その思いはこの時、誇りに似たもののように思えた。


 宵闇を切り裂く一段と強い火術の輝きとともに大きな歓声が響く。

 火花がまだ漂っている間に耳の端で小さく名前を呼ぶ声がした。風に削られた細い声。 振り向くよりも早く迷子が叫んだ。


「おかあさん!」


 繋いだ手がするりと解け、迷子の声にざわめきが僅かに裂けた。

 膝をついた若い女の胸に迷子が駆け寄り飛び込んだ。女の髪に火色の結び目があるのを一応確かめる。髪紐は随分緩み、ところどころに白い汗の塩が浮かんでいる。──確かに、彼女が母親のようだった。

 迷子が涙を溢れさせて抱きついている──お母さんにはかなわないな。

 しばらくして母親が立ち上がった。


「お母さんですか」


「はい、そうです。ありがとうございました。いつの間にか手が離れてしまって……。本当に、なんてお礼を言えば」


「会えてよかったです。立派でしたよ。ずっと泣かなかったんです。褒めてあげてください」


 迷子が服の袖で涙を拭う。母親はその手をしっかりと握りながら、火の導きと新人冒険者の尽力に等しく何度も感謝を捧げた。


「すみません、持ち合わせは多くはありませんが……」


「いえ、任務ですから」


 母親が謝礼を渡そうと懐に手を入れたのを制止する。今日は財布に十分な釣銭があったから断り方はこれでいいはずだった。

 しゃがみ込んで迷子と目を合わせる。


「今日はたくさん歩いたねぇ」


 頭を撫でると、迷子は満面の笑みを浮かべた。


「うん、たのしかった! またあそぼ!」


 涙はもう頬の跡にしか残っていない。そのたくましさにつられて頬が綻ぶ。


「……貴方たちの家に、炭火の灯りが絶えませんように」


 別れの祈りを口にすると、カンと火杓を打ち鳴らす音がして、親子が手を繋いで人混みの中に消えていく。

 最後に親子が振り返り、母親が頭を下げ、迷子は大きく手を振った。体温がまだ残っている手を小さく振り返して見送る。辺りに浮かぶ角灯のおかげで思っていたより見失わずにいられた。


 大きく伸びをしてから歩き出す。持ち場に戻り報告する必要があった。

 迷子一名、母親に引渡し済み、特記事項なし。

 それだけ。

 遠くで火術の火花がまだ宙に漂っていた。

 空がすっかり夜に染まっても祭は終わらない。自分の任務も。そろそろ酔っ払いたちがあちこちで大人げない喧嘩を始める頃だ。

 祈りと熱を乗せて風が吹き、ざわめきが灯火を揺らして夜を越える。


 灯りの川がまた流れ始めた。

 迷いは消えはしない。多分、これからもきっと。

 けれど今手のひらに残るこの温かさは、進みたい道を知っていた。

 迷子でも、進むことはできる。道を選ぶことも。

 今は、それで十分だった。

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