迷子案内 三
あてもなく歩いた先の通りの角で、流しの有角人の小楽団が革太鼓と風笛を奏でていた。
故郷では亜人を見ることはほとんどなかったけれど、この頃にはもう見慣れたものだった。
楽団の周囲ではほろ酔いの祭り客が酒杯片手に足並みも取らずにてんででたらめに踊っていて、皆楽しげだった。
「……ん」
迷子が立ち止まり、身体を揺らしながらこちらを見上げてきた。どうやら彼も踊りたいらしい。そう思えるくらい気持ちに余裕ができたのはいいことだ。今日はせっかくのお祭なのだから。
「じゃあ少しだけね」
と手を解く。迷子は顔を輝かせて駆けて行った。
祭り客たちに混ざって、思っていたよりもずいぶん軽やかな足取りで迷子が影を踏んだ。周囲の大人が指笛を鳴らし、思わず自分も控えめに手を叩く。
演奏にも心なしか熱がこもったように思えた。風笛の音色に併せて迷子の身体がくるりと回る。
革太鼓が一段と高く大きく鳴って演奏が終わる。
あちこちの観客たちから惜しみない拍手が楽団と小さな踊り手に送られた。
楽団の長らしい有角人の男が、角飾りを揺らしながら目を細め、迷子の頭を優しく撫でた。
「いい踏み足だ、おちびさん。火はお前の足もとにいる」
聞き慣れない火の言葉からは彼らの旅路の匂いがする。いい言葉だと思った。
「楽しかった!」
「見てたよ、上手だったね」
笑いながら迷子が戻って来てまた手を繋ぐ。
「おちびさんは迷い子のようだ」
有角人の長が顎をさすりながら言った。
「うん、そうなんだ。あー、えっとその。この子のお母さんを探しているんだけど、見当たらなくて。火色の髪紐をしているらしいんだけど、どこかで見たりとかは……」
有角人の長は肩をすくめて「そこかしこで」と少し訛りを含ませて笑った。それはもうごもっとも。
「我々はしばらくここにいる。子を探す母親を見かけたら、冒険者が保護していたと伝えよう。祭りを楽しみなさい、おちびさん。火がお前を導くだろう」
楽団と別れた先の大通りでは古竜を模した木造の祭車に人々が星灰を浴びせていた。子どもたちが面白がって聖灰を掴んでは投げ、その傍で老人たちは静かに指先で炎を象っている。
それはもう誰も由来を知らない催事だった。古い祭にはそういうものが息づいている。聖灰の粒が風に乗って漂ってきて、迷子が小さなくしゃみをした。
「ようお嬢ちゃん。弟の子守りかい」
通りがかった店の主人が、店先の陳列台から身を乗り出して尋ねてきた。陳列台には麺麭の類が雑然と並べられている。
「迷子なんだよ。お母さんを探しているんだ」
「そりゃ難儀だな。よし少し待ってろ」
警邏腕章を見せて答えると、主人は一旦奥に引っ込んでから、紙に包んだ羊肉の包み揚げを二つ差し出してきた。
断ろうとしたところで漂ってきた香ばしい匂いに迷子のお腹が元気よく鳴った。笑いながらすみませんと受け取る。財布を取り出すのを心外とばかりに止められた。
「おいおい、よせよ。はぐれ火に薪さ。今日は祭だぜ」
礼を言って店の名前を覚えておく。燻角亭。酒場で軽口を叩き合う赤髪の魔術師の顔が思い浮かぶ。今度彼女を誘ってご飯でも食べに来ようか。
任務中の軽食は品位と節度を守る限りにおいて黙認されている。酒肆の店先の石段に座り、炎祝祭の縁起物でおなじみ赤灰色の星燼胡椒──何が普通のと違うのかはよく知らないけどぴり辛でとても美味しい──がたっぷりかかった包み揚げをふたり並んで頬張り、揃って唇を脂で光らせる。
迷子は時折からい!と舌を出しそれでも口を止めない。
口をもごもごと動かしながら迷子が通りゆく親子連れを目で追った。そっと座り直し、肩が触れないくらいに距離を縮める。
人の流れは噴水広場に向かっていて、確か日没後に広場で典礼火術師が星綴りをするんだったなと思い出す。広場の近くには衛兵の詰所もあったはず……この子のお母さんもそっちに行っているかも。食べ終えて唇を指で拭き立ち上がる。
「よし、噴水広場に行ってみよう。きっとお母さんがいるはずだ。ふっふっふっ、《炎の娘》の勘はよく当たるんだぞ」




