迷子案内 二
露店の店先に下げられた灯りが揺れ、蜜焼きの甘い香りと肉を焼く香ばしい油の匂い、見習い聖職者たちが手鈴を鳴らしながら運ぶ灼香の香気が入り混じる。
夕暮れは空を朱に染めて、石畳に落ちる影も長い。通りを行く人の波は絶え間なく続き、軽やかな星弦の音色が通りのざわめきに交じり合って陽気に響く。子どもたちが串に飾られた炎象の飴細工を高らかに掲げて駆け回り、それを見た燈守たちが微笑みながら火燈に一つ一つ火を灯していく。
秋のはじまり、王都は祝炎祭のただ中にあった。今日から八日間に渡り、王都総出で、遠い昔に火が星々の世界を離れてこの大地に降り立った奇跡を祝う。故郷から出てきたばかりの頃、王都の人の多さにはつくづく驚かされたものだけれど、この祝祭はその衝撃をさらに越えるものだった。まるで世界中の人々がこの王都に集まってきたかのような騒ぎ。
「せーので行くよ! せーのぉー!!」
車輪が石畳の隙間にはまってしまった荷車を、運搬人の男と一緒に押す。んぎぎぎぎぎと、噛み合わせた歯の奥から声を漏らしながら顔を真っ赤にして押し続けると、荷車がようやく動き出し車輪が外れた。
礼を言う運搬人に肩で息をしながら手を挙げて応えると、汗が額を伝う。
今日の仕事は祝祭の巡回警備だった。範囲は西市門から噴水広場まで、異常があれば適宜対応とのこと。とはいえ枢要部は精強と名高い騎士団が何日も前から目を光らせていたし、重要人物の警備には精鋭冒険者らが当てられているはずで、新米の自分に期待されているのは喧嘩仲裁、すりの見張り、ちょうど今したような立往生をした荷車の救済、その他雑用全般といったところ。
──火神の恵みに祝福あれ、胸踊る冒険は今日もここに。
人の波の中に迷い込んでしまった馬車のために、群衆に手を振り道を開けさせる。
浅黒い肌をした異国の旅人もいた。片言の言葉に困惑しながら身振り手振りで意思疎通を図っていると、見かねた商人風の男が通訳を買って出てくれて、旅人が目指す大火院までの道順を教える。
路地裏には影石投げに興じる子どもたち。故郷でも同じ遊びがあったけれど、よく見るとやり方が少し違う。男の子が勢いよく投げた丸石がすっぽ抜けて額に当たった。子どもたちが周りに寄ってきてごめんなさいと謝ってくる。大丈夫大丈夫、次から気を付けてねとだけ言って手を振った。
概ね滞りなく任務をこなしているとふと喧騒の隙間から漏れ出すような子どもの声がした。辺りを見回しながら声を辿ると、串飴の屋台の脚の陰で小さな男の子が賑やかさに取り残されて膝を抱えている。
「こんにちは。お母さんは一緒じゃないの?」
しゃがみ込み視線の高さを合わせて声をかける。迷子だった。迷子は膝を抱えたまま首を左右に振った。
「おかあさん、いなくなっちゃった」
「そっか。お母さん迷子になっちゃったのかな」
泣くのを必死に我慢するか細い声に笑いかける。
「じゃあお姉さんと一緒にお母さんを探そう」
手を差し出すと迷子も少し躊躇ってから手を伸ばした。繋ぐと子どもの高い体温が伝わる。迷子の手に巻かれた小さな鈴が、ちりんと音を立てた。
「ほんと?」
「本当だとも。大丈夫、お姉さんは冒険者なんだ。魔物退治の次くらいに、人を探すのが得意なんだよ」
嘘ではなかった。この頃は魔物退治も人探しもろくにしたことはなかったから、得意さは同じくらいだったはず。
「……うん、わかった」
迷子はまだ5歳か6歳ほどで、母親の手がかりを求めてあれこれ尋ねても返ってくるのは曖昧な言葉ばかりだった。
お母さんは今日どんな格好をしているのと尋ねると、火色の髪紐を着けているとのこと。ちらりと通りを見ると恋人に腕を絡めた若い娘、待ち合わせの老婆、日陰の娼婦、香具屋の店番をする女の子……一瞥しただけでも火色の結び目が四つは見えて天を仰ぐ。
祝炎祭の王都に髪を火色に飾った女なんて星の数より多いのではないだろうか。
とにかく辺りを探してみるしかなかった。誇り高き初心者冒険者のための教訓その四くらい、誇りとは即ち歩いた距離と知るべし。
迷子に歩調を合わせて歩き出す。繋がれた手に少し落ち着いたようで、迷子は祭日の人が溢れる王都の営みを不思議そうに見回して、みんないつもはどこにいるのかなあと呟いた。




