祭りの夜
故郷の祭では、夜に火神の灯を運ぶ炎列が村々を回る。
秋の空気は乾いて、遠くの山の稜線まで澄んで見える。冬の訪れを前に山の空気は冷え込み、窓枠は井戸の底に沈む石のように冷たく、指先でなぞると木目がざらりと音を立てた。
暮れかかった空に最初の灯がともる。赤い紐を巻いた小さな手持ち灯がひとつ、またひとつと道に集まり、やがて川のように流れ始める。村人たちの歩みに合わせて、火守女役の少女が鈴を鳴らす。
火司の叩く火太鼓がぼおんと鳴って、子どもたちの歓声がそれにからんだ。焼いた栗の甘い匂い、薪のはぜる音、湿った土の香り。
母が火鉢に炭を足し、寝台で半身だけを起こした私の肩に薄い毛布をそっとかけながら尋ねる。少しだけ外に出て見てみる? 私は首を横に振る。玄関の手前までの十歩が、時々とても遠かった。肺の裏で小石が転がるような痛みがする。
私がごめんなさいと言うと、母はいつもと同じように首を振る。何も謝ることはないのよ、と。灯りが母の瞳にひと筋の影を滲ませる。
せめていつでも外を見られるようにと、父が方々から借金をしてまで設えた窓硝子は、頬を寄せると吐息の熱にすぐに曇った。
ほら、ここからも炎列がよく見える。そう言う父の声は嬉しそうで、母はそっと私の手を包んだ。病がほんの少しだけ影を潜めた時の、ひとときの穏やかさ。
外では、もしかしたら友だちだったかもしれない子どもたちが、両手を広げて走っていた。子ども用の、灯火を模した赤い紐のついた松の枝を振り回して叱られ、笑って、また走る。
先導する火司の祈りの声が、切れぎれになって飛んでくる。
窓越しに手を振ってみる。でも灯の行列が乱れることは少しもなくて、私の手は、誰にも見えないところで空を切るだけ。
母が火司から分けてもらった竈餅を小皿にのせてくれた。端っこの焦げの苦味と蜂蜜の甘さが舌に残る。母は私が何かを口にするだけでも安心した。でも祭りで配られるそれはあまりおいしくなくて、たくさんは食べられなかった。
父が私の寝台の側に立って、窓枠に小ぶりな蝋燭を並べて小さな炎列をつくる。窓硝子に赤い灯りがいくつも重なって、室内の薄闇に小さな灯りの群れができた。
来年は外で見られるさ。父はそう言って笑う。私はうんと頷いて、胸の奥で「来年」をそっと折りたたむ。来年。それは私の心を宝石のように照らし、そしてやすりのように削る言葉だった。
炎列が家の前まで来て、火司の祈りに女と子どもが歌う賑やかな歌が続いた。母が歌ってくれる子守歌に似ているけれど、どこか早足で追いつけない、私が知らない歌。
やがて太鼓と鈴の音が遠のき、灯の群れは角を曲がって、家々の隙間に赤い影を揺らめかせるだけになる。窓際の蝋燭たちだけが取り残された。
炎の列は行き先に迷わない。みんな道を知っているから。どの道がどこに続いているのか。どの道を行けばいいのか。
彼らの行く先を思い描く。広場、井戸、粉挽き小屋。歩いたことのない小道。知らない曲がり角。訪れたことのない家々。
頭の中には物語の世界へと続く街道がある。現実の私は生まれた村の道さえ知らない。
祭りの夜は音と光に満ちていた。
鈴を鳴らし、太鼓を叩き、灯を掲げる。
誰もがそのどれかを手に持って歩いている。道を示し、照らし、導き、導かれるもの。
私の手にはどれもない。
乾いた咳が胸を叩き、世界がふっと遠のく。
毛布の縁をつかみ、父と母に背を撫でられながら、細い呼吸が戻るのを待つ。
遠くで鈴がからんと鳴った。
祭りの日はいつも、私だけが迷子だった。




