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ディマイズ

作者: Gogo T

深夜二時、薄暗いホテルの一室で赤髪の青年がソファに腰掛けて夜景を眺めていた。

 ぽつぽつと雨が降り始め、窓ガラスに水滴が滴る。

 「そろそろか」

男が呟くと同時にベッドに置いてあるスマホの着信音が鳴った。

 電話の相手から男は何かの指示を受けたようだ。

 スマホをポケットにしまうと、黒いリュックを右肩に掛けて部屋を出た。

 男の名は、サクラ・ルミエール

 上司からの指示を受け、彼はこれから仕事に向かう。


 〜廃ビル前〜


 目的地に到着し、車を降りて廃ビルの入口付近に目をやると奥の方に蠢く影が見える。

 水溜まりから黒い影が三つ立ち上り、俺を見つけるとゆっくりとこちらに向かってくる。

 この黒い影を倒すことが俺の仕事だ。

 リュックを地面に降ろし、中から武器を取り出した。

 右手に剣、左手に銃を握り締めて黒い影に走り込んで行く。


 この影の化け物の名は終焉者、通称ディマイズだ。死後まともに弔ってもらえなかったり、寿命を迎える前に死んでしまったり、この世に未練を残した死者の成れの果てなのだそう。

 元は生きた人間だが、攻撃する事を躊躇ってはならない。さもなくばこちらが殺されてしまう。

 知能はほぼ無いに等しいが、こいつらは生者に対する異常な執着心を持っている。


 基本的にこいつらは、一切の攻撃を受け付けない。倒すには、唯一の弱点である胸にあるピンクのコアを破壊するしかない。そうやって成仏させ、新たな命を授かる手助けをする。それがせめてもの手向けだ。


 水溜まりから這い出たディマイズ達はドブのような異臭を放ち、不気味な黄色い目で俺を睨みつけてくる。

 まずは右手の剣でコアを切り刻み、あっという間に一体のディマイズを葬った。

 残るは二体。

 次は左手の銃で二体目のコアを撃ち抜くと、不快な呻き声を上げて消滅した。

 その瞬間、背後から三体目が俺の頭部目掛けて右手を振り被る。

 無論、二体目を仕留める際に三体目を目の端で追っていたため、避けるのは容易だった。

 そいつのコアにテコンドーのような後ろ蹴りを見舞ってやると、黒い水しぶきを散らして消滅した。

 

 我ながら無駄のない立ち回りだったと思う。一分もかからずに三体のディマイズを消滅させた。

 しばらくすると、少し頭がぼーっとしてきた。本来なら勝利の美酒に酔いしれる所だが、こいつらとの戦いとなるとそうは行かない。

 理屈は分からないが、ディマイズを倒すと脳にストレスがかかってしまう。数体ならこの程度で済むが、数十体ともなると話が変わってくる。軽い鬱状態に犯されてしまうのだ。倒した数に比例して進行して行き、最終的には怒りと悲しみ以外の感情を失ってしまうようだ。

 こうして心が壊れてしまい、自ら命を絶ってしまう者も少なくない。

 そのため、ディマイズとの戦闘後は最低でも二、三時間は休息が必要だ。これだけ体を休めれば十分脳は回復する。


 今夜のノルマはこなせたので、武器をしまったリュックを右肩にかけ、雨に打たれながら車に戻る。

 後部座席に座ると、「お疲れ様でした。」と運転手の男から労いの言葉をかけられ、タオルを渡される。

 「あざっす」と一言だけ返し、雨に濡れた頭を拭きながらシートベルトを締める。

 「ではホテルに戻りましょうか」運転手の男がそう言った瞬間、車がまばゆい光に包まれて、その場から跡形もなく消え去った。


 〜ホテル前〜


 「明日の九時に出発しますので、それまでにロビーに来ていただければ」

 運転手が言い残すと、体が光に包まれて消えた。これが運転手の持つ能力、ワープだ。

 この世界では、誰しもギアという魔法のような能力を使用することができる。脳に刻まれた紋章が歯車のような形をしていることからそう名付けられたようだ。

 炎、電気、ワープ、能力は人によって様々だ。

 しかし俺には生まれつきギアが無い。胎児期に頭に強い衝撃でも加わったのだろう。先天的要因で俺のようにギアを持たない者は稀にいるが、それがきっかけでいじめの対象になったりもする。


 部屋に戻った俺は上司に連絡を入れ、枕元の目覚ましをセットした。仰向けにベッドに寝転ぶと、「明日は朝イチでラーメン食ってから帰ろう」そんな事を呟きながら俺は眠りに落ちて行く。


 ここはどこだ…?見覚えるのある住宅街だ。

 そうだ思い出した。ここは俺の住む街だ。

 辺り一面が火で囲まれ、数百体ものディマイズが蔓延っている。逃げ場はどこにもない。

 両親は俺と弟を守る為、ギアを全開まで解放して必死に戦っている。

 「父さん!母さん!もう良いから早く逃げよう!」

 何十体ものディマイズを倒した代償により、両親の心が少しずつ壊れていくのを感じた。俺は思わず叫び声を上げる。

 しかし、その声は遠く離れた二人の耳には届かなかった。

 これほど自身の力の無さを恨んだ日は無い。

 両親を助けに行きたかったが、何も出来ず、指を咥えて見ていることしか出来ない。それが辛くて堪らなかった。

 俺は泣き叫ぶ弟のスカーを強く抱きしめながら、両親の戦いを見守った。

 


 最後のディマイズを消滅させた頃には、両親の心と体はボロボロに見えた。すぐに二人を休ませてあげなければ。

 何はともあれ助かったのだ。俺が安心し切きっていると、目の前に黒いコートに身を包んだ怪しげな男が立っていた。

 (誰…… ?)

 顔はよく見えないが、透き通るような青い瞳がちらりと見えた。

 両親がその男と何か言葉を交わすと、こちらに向かって歩いてくる。

 両親が何か言葉をかけているが、ノイズがかかって上手く聞き取れない。

「ねぇ母さん、今何て……」

 俺が聞き返そうとした次の瞬間、二人の姿は消滅した。あの男に消されたのだ。

 俺は、絶望のどん底に叩き落とされた。もう全てがどうでもいい。

 男の青い瞳と目が合った瞬間、耳障りな電子音が頭に響き、視界に眩しいくらいの光が入り込んで来た。


 電子音の正体は、昨夜セットした目覚ましの音だった。ズキズキとした痛みを頭に感じながら、ベッドからゆっくり体を起こす。

 またあの夢か。十年前のあの日から時折、悪夢として蘇る。

 夢の中では鮮明だが、いざあの日の事を思い出そうとしても、記憶から至る所が抜け落ちているのだ。トラウマを避ける為の一種の防衛本能だろうか。

 しかし、たった一つだけはっきりと覚えているものがある。それは、あの男の透き通るような青い瞳だ。

 あの時、両親がどんな顔をしてどんな言葉を残したのか、あの男の口から直接聞くことが俺の目的だ。

 残された俺とスカーは、あの男への復讐心を糧に生きているのである。

 今はまだ何も掴めていないが、必ず見つけ出してやる。

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