不思議な文字
大きな講堂の中、俺はずっと、とあることについて考えていた。
「5限目が終わったら、今度は何作ろう」
自炊するということは、献立に迷うということである。金がかからない、かつ簡単なものを作るために、本でも買うべきだろうか。
「あ、そういえば、時短で、おいしいうえに、お金もあまりかからない本が今夏発売されるらしいぜ。ちなみに著者は僕のお母さん。一家で誰が一番出した本が売れるかっていう勝負しているのだぜ」
なんじゃそりゃ。って、思ったけど、いいな。面白そうだ。
「あ~、お前、今『なんじゃそりゃ』って思ったな~、このこの~」
ルイスが軽く肘で俺を小突いてくる。どうやら、彼は先ほど、カリーナと遊んだことで、かなり気分が明るくなったみたいだ。
「そりゃそう思うよ」
「ヒドイッ、ヴァナールはそんなこと言わないと思ってたのに!」
そんな茶番をしていたら、講師が来た。
黒髪に、分厚い眼鏡をかけている。その眼鏡の奥には、青みがかった緑の目があった。
「ええ、では、私がこの授業を担当させていただく、コーサ・イムパレライだ。この大学の学長でもあるな。気軽にイムパレライ先生と呼んでくれ。この授業では主に、闇属性の魔法について教えさせてもらう。まず、今日は、闇魔法の生い立ちについて、話をする」
この人が学長か。入学式の時は、前の人と、潤んだ視界で見えなかったから、自己紹介の時に、そういってもらえてありがたい。あとで、職員扉について、聞いておこう。
それはともかく、今日の朝、昨日買ってきた参考書で予習した部分だ。故に、我に敵なし、、、とは言えないか。なんせ、俺は平均点以外とったことがない男だ。なぜか、得意であるはずの魔法の分野も小数点単位で平均点だった。なぜ?
「では、これで、今日の授業を終わりとする。みんな、お疲れ様」
その言葉で、講堂の中にいた生徒たちが出て行った。走って外に出るもの、よろよろと外にはい出ていくもの、歩いて外に出ていくもの、様々な人がいるなか、俺たちも講堂を出て行った。
「学長の授業をとった人の大半は、『闇魔法』っていう言葉にひかれて、この授業をとった人だったみたいだな」
確かに、顔が疲弊している人がかなり多かった。確かに、「闇魔法」という言葉に惹かれる気持ちはわかるのだが、惹かれたのならば、最低限の知識を持って授業に挑むのは、常識だと思う。
「まぁ、あれだな。人類いつでも中二病ってやつさ」
「それは、『男はいつでも中二病』ってやつだったと思うぞ」
「ああ、そういえば、そうだったな。だが、この講義に出ていた男女比は、同じくらいだったし、疲弊してた男女比も同じくらいだったから、この場合は、『人類いつでも中二病』が当てはまるわけだ」
ルイスの苦し紛れの言い訳、、、か?これ。案外筋通ってないか?これ。まぁ、「苦し紛れの言い訳」から、「言い訳」に昇格しておこう。そんなルイスの言い訳を、俺は聞き流し、、、てもいないな。うーん。
後ろでどすっと、音がした。振り返ると、イムパレライ先生が倒れていた。
「大丈夫ですか、イムパレライ先生」
急いで駆け寄ると、イムパレライ先生は散らばった資料を苦い顔で見た後、こちらを向いた。
「ああ、私は大丈夫だ。それより、この散らばった資料のほうが、悲惨な状況にある。私がつまずいた拍子に、破けてしまったものもあるからな」
なんてことを言っているが、眼鏡にひびが入っているうえに、頭から血が出ている。
ルイスが、若干、ひいたような顔でそんなイムパレライ先生を見ている。
「いや、イムパレライ先生、全く大丈夫ではないです。頭から血が出ているうえに、眼鏡にひびが入っていますよ」
よくぞ言ってくれた。ルイスよ。「名誉・言いたいこと言ってくれたで賞」をあげたい。
「本当だ。これは、心配されるわけだ。教えてくれてありがとう」
少し申し訳なさそうに、自分に治癒魔法をイムパレライ先生はかけた。
「いや、少し、ぼーっとしてしまったものでね。ほんとうにすまない。」
「いえ、イムパレライ先生が謝ることではありません。とりあえず、安静にしといてください。資料は俺たちが拾いますから」
「先生、どうかここは、私たちに任せてくれないでしょうか」
イムパレライ先生は、少し申し訳なさそうにしていたが、俺たちの言葉を素直に聞き入れ、講堂の椅子に座っていた。
ルイスと一緒に資料を集めていると、一つの資料が目にとまった。
「イムパレライ先生、これ、あの」
イムパレライ先生にその資料を渡すと、少し先生は驚いたような顔をした。
「いや、はは、まだこんな、初歩的なミスをしてしまうとはね」
「今日は本当にありがとう。ぜひ、ゼミにも来てみてくれ。かなり来てくれる人が少ないから、少人数体制で、きめ細かい指導ができるから、もし、よければ」
そういって、イムパレライ先生は去って行った。
イムパレライ先生は、大変だな。毎年、「闇属性の魔法」だからという理由で大勢の生徒が集まるが、結局ゼミに来てくれるのは少人数だけとは。一応、学長やっているだけあって、そこらへんの分野に関しては、この上なくいい教師だろうに。やはり、ギャップが問題なのだろうか。いや、少数精鋭という言葉があるから、こうやって、難しい授業を最初にすることで、イムパレライ先生は、生徒たちをふるいにかけているのかもしれない。
「そういえば、ヴァナール」
物思いにふけっていると、ルイスから声がかかった。
「お前が、イムパレライ先生に一枚だけ個別に渡した資料、何が書いてあったのだ?」
「ああ、あれね、見たことがない言語で、名前欄に名前が書かれていたからさ。わからないけれど、生徒の俺たちが見たらいけないものだったんじゃない?」
そういえば、それ以外にも、見たことがない言語で書かれた資料は多々、存在した。もう、そういうものだと割り切って、作業していたが、あれは、何かの機密文章なのだろうか。
「いや、そうだったとしたら、僕たちにまかせないだろ、あの先生。性格的に、自分が倒れても、自分で拾いそうだぜ?」
文章に少し矛盾が見られるが、たしかにそれはあっていると思う。
「たしかに。あの人、ぶっ倒れても資料拾いそうだ」
俺がそう返すと、「おまえもそう思う!?」と嬉しそうな声をルイスは出した。
夜空に星が瞬いている。天文学は、魔法ともつながりがある部分があるため、この大学を卒業するころには、どれが何座で、どれが何という星かわかるようになっていると思う。星と星との距離は、とても開いているらしいが、転移魔法が、一回その場所に行かなくとも使えるようになれば、距離などは気にせず、人類は宇宙旅行をできるようになるだろう。いや、座標を指定すれば、一回もそこに行かなくとも、そこに行ける装置がどこかの国にあるのだっけか。
「あ、そういえば」
「ん?なにかあったのか、ヴァナール」
「イムパレライ先生に、職員扉の詳細について聞くの忘れた」
「ああ、確かにな。それより、今日の夕ご飯は何にする?」
そうだった。朝からそれについて考えていたのに、全く俺の頭の中にいい献立は浮かんでこなかった。
「今日も、僕のうちくる?」
「いや、今日はさすがに」
「じゃあ、僕が思いついたレシピを作るか」
そういうことにした。
ブックマーク、いいねや感想などをつけてくださると嬉しいです。執筆活動のさらなる励みになります。誤字脱字報告などもお待ちしております。