魅了少女事変について
「現時点で分かっていることの確認から進めていこう」
ルイスは、紙と鉛筆を出し、さらさらと大学構内の地図を書いてゆく。
「カリーナ・イタリガと会ったのは、魔法製作室の前でいいね?」
「そう。魔法製作室前だった」
魔法製作室前に三つ丸を書くと、ルイスは鉛筆を回しながら、つらつらと話し始めた。
「そこで、僕は7人の人間の気配を察知し、バリアをはってカリーナちゃんと話す時間を確保。そして、カリーナちゃんをきみに預けた後、さらに近づいてきた7人を土属性魔法のクリスタル・コルムナで気絶させた。その後、闇そのもののような男の人、ここではシャドウマンとさせてもらうよ。シャドウマンに、エンカウント。そこで、カリーナちゃんに関しての情報を得たとともに、カリーナちゃんと一緒に遊んでくれないかと打診され、それを僕たちは受理、というのが今日あった大雑把なことだね。あってる?」
俺がうなずくと、ルイスは少し真剣そうな顔をしてこう言った。
「ここからは、僕視点でそのときの出来事をたどっていくよ。いいね?」
「わかった」
「まず、どこで7人がこちらに来ているのかがわかったのかというと、カリーナちゃんに会う前なんだ。そこからバリアをはって、瞬間移動をしようと思ったのだけれど、カリーナちゃんがこちらに向かってきていることに気づいて、やめた。一目見た瞬間にわかったよ。彼女が呪いをかけられていることも、その呪いをかけたのが誰であるのかも。そこで、事情を聞こうと思って、カリーナちゃんを確保してからバリアをはったというわけなんだよ」
話が後半になるにつれ、ルイスの声が小さくなっていく。
「なるほど、そこで俺に何も言わなかったのは、カリーナちゃんが害のない存在だったことと、自然体で話を聞ける人材を確保したかったから、ということか」
ルイスはうなだれた。
「その通りだよ、ごめん」
「いや、大丈夫だよ」
「そっか、ありがとう」
こういったとき、ルイスは決まって居心地悪そうにこうやって報告するのだ。ルイスは自分の選択があっているとうことはわかっているのだとは思うが、それとは別にルイスの中にある善悪の指針が罪悪感を生じさせているのだろう。
「それより、早く話の続きを」
ルイスはしばらく黙っていたが、意を決して話し出した。
「そこで、一応言っておくけれど、わざと臭いを嗅いだわけじゃないよ。海の臭いがカリーナちゃんから漂ってきたんだ。そこで、海辺の町のことを僕は思い出した。『そういえば、リルアノスっていう海辺の町が魔王軍によって襲撃されたな』って、それで、あとはきみの知っている通り、思っていることをシャドウマンに全部言ったら、全問正解だった、ていうね」
そこまで言うと、ルイスはため息を吐いた。
「いや、やっぱりさ、僕は思うんだよ」
少し暗そうな表情をしてルイスは口を開いた。
「合言葉言うだけでシャドウマンがやってくるのはちょっと、なんというか、言葉狩りっていうかさ」
しょうもないことを言って、ルイスは肩を震わせて笑った。笑いをこらえているようだ。
「たしかに、言葉狩りだね」
こちらもルイスにならって、肩を震わせて笑った。静かな幸せがそこに満ちていた。
「そういえば、ヴァナールの話を聞いていなかったね。聞かせて」
そのあと、俺はルイスに自分が見聞きしたことや、気づいたことを伝えた。そして、実はカリーナちゃんの夢を盗み見しようと魔法をかけていたことも話した。それについて、ルイスは僕がカリーナちゃんの疑いを晴らしたから、その夢を見る必要は無くなったね、と誇らしげにしていた。以前、ルイスの家で新しく国交を開いた国から送られてきたゲームテキストのような感じでカリーナとルイスのやりとりを脳内で勝手にナビゲーションしていたことを伝えると、ルイスはまた肩を震わせていた。
「よし、これで情報共有は終わったね。これからも、何があるかわからないから、情報の整理と共有は怠らないようにしよう。また、寮生時代のようなことにはなりたくないからね」
その通りだ。寮にいたころは、毎日こうやって情報の整理と共有をしていたのを思い出す。思い出すといっても、つい最近の出来事だが。とにかく、あの寮学校には危険がいっぱいだった。もう二度とあの学校に戻りたくない。本当に。父親と会うのと次くらいに嫌だ。
「さて、もう寝ないと」
ルイスは時計を見た瞬間に固まった。
「え、うそ、もう12時」
その後、俺たちは幽霊のように静かに部屋を出て、幽霊のように静かに風呂に入り、幽霊のように静かに風呂から出て、幽霊のように静かに部屋へと戻った。この家は夜更かしを禁じられているわけではないのだが、両親を起こしたら申し訳ないという気持ちのためだ。いや、そもそも友達の家に来た時は夜更かしをしたらだめなのではないか?どうしよう、俺は相方が一人しかいないからよくわからないぞ。でも、今日一つわかったことがある。相方と過ごす誰かに監視されていない夜は、自然と夜更かしをしてしまうということだ。
「そういえば、最後にきみの家にきたのっていつだったっけ?」
「今」
「そういうんじゃなくてさ。前回きたときのやつ。さてはきみ、今、すごく眠いな?」
「うん。だめみたいだ。布団に入ると睡魔にあらがえない。けれど、朝はちゃんとおこしてやるから、あんしんしちぇ」
ルイスは舌をかんだようだ。本当に眠いらしい。
ルイスの自室のベッドは大きいため、男二人で寝てもまだスペースに余りがある。ベッドが大きい理由は、先ほど彼がやっていた寝返りトルネードにあるのだろう。幼いルイスがうまく寝返りトルネードができずにベッドから落ち、泣いているのをみた両親の、優しい気遣いを想像して、涙が出てきそうになった。
「きみのベッドが大きかったのは、寝返りトルネードのせいだったんだね」
ルイスはベッドの中でもぞもぞ動きながら返答をする。おそらく、眠るときのベストポジションを探しているのだろう。結局、胎児のような形になることで落ち着いたようだ。
「さすが、あいかた、ぼくのこと、よくわかってる、、、ごめん、ねむい。あと、きみがまえ、きたのは、ちゅうとうぶの、にがくねんのころ、ぼくたち、が、14さいだった、とき、、、」
ルイスは寝てしまった。そうか、やっぱり寝返りトルネードが原因だったか。だめだ。俺も眠いみたいだ。まともな思考ができない。寝よう。
ブックマーク、いいねや感想などをつけてくださると執筆活動のさらなる励みになります。誤字脱字報告などもお待ちしております。