ルイスの実家
町が夕日でオレンジ色に染まっている。家々から、漂う夕飯のいい匂いと、愛想のいい店番たちが、なんともいえない良い雰囲気を作り出している中、俺たちは家路についていた。
「なんだか、今日はすごく疲れたよ」
「そりゃそうだろ。入学式だけでも疲れるのに、あのようなトラブルまで起きたのだぜ?」
ルイスも少し疲れているようだった。魔法を使ったことに対する疲れではなく、学校に行ったから疲労している、といった感じなのだろう。彼は以前、「病院と学校に行くことが一番疲労する」と語っていたから、恐らく。
「あ、そうだ。うちに寄ってかないか?今日あった出来事の整理と、情報共有をしておきたい。それと、僕の両親がヴァナールにまた会いたいって言ってたぜ」
この後、帰っても特に予定はなく、自炊が面倒だな、とぼんやり考えていたため、その言葉は渡りに船だった。
もちろん、片手で数えられるほどしかあっていないにも関わらず、俺のことを気にかけてくれているルイスの両親に会えるということが、大きな理由だが。
「うん、俺もちょうどルイスの両親に会いたかったところだよ。渡りに船ってやつだね」
そう俺が言い終わった瞬間、俺の腹が大きな音を立ててなった。
「おまえ~、本当にそれだけが理由か~?」
ルイスに肘でちょんちょんと優しくつっつかれた。俺はなるべくルイスの顔を見ないように努めた。
「そういえば、新しい魔法をおぼえたのだぜ。早速使ってみるから、もうちょっと近くに来てくれるか?」
言われた通りにルイスの近くによると、空間がぐにゃりと歪んだような感覚がした。
「よし、たくさん練習した甲斐があったぜ。成功だ」
俺の目の前にはルイスの家があった。
「なるほど、ルイスが新しく覚えたのは瞬間移動か。先ほどの妙な感覚は、空間をつなげた時に生じた少しの空間のゆがみが原因だな。ということは、自分たちを粒子にすることで移動する粒子型の瞬間移動ではなく、空間を歪めることで別の場所へ自分たちを移動させる、空間型瞬間移動をお前は使ったわけだ。粒子型は魔力の消費が少ないが、その分、かなり高度な技術が必要とされる上、リスクが大きい。空間型は、魔力の消費量は大きいが、技術とリスクはあまり心配しなくてもよいものだ。これから導き出される結論は、ルイスはとても友達思いのいい奴だということだね」
ルイスは少し顔を伏せながら笑った。
「『友達思いのいい奴』か。そうか、ありがとう。おっ、それより、お父さんとお母さんがこっちに来るぞ。質問攻めにされる覚悟はできているか?」
なんということだ!親とは息子とともに帰ってきた相方を質問攻めにする習性があるらしい!
結局、質問攻めにはされなかった。ルイスの部屋で「まぁ、普段から手紙でやりとりをとっているからね」とぼやいたら「僕がここに来る前に両親にあまりきみを質問攻めにしないでおいてくれと言っておいたからだぜ」と言われた。親とは、やはり本人の口から近況を聞きたい生き物らしい。少しあたたかい気持ちになりながら、俺は夕食が用意されている部屋へとルイスとともに向かった。
「ヴァナールくん、こんなに大きくなって」
ルイス母は、金髪碧眼と、サラサラとした髪型がルイスとよく似ている、ふわふわとした雰囲気が素敵な美しい女性だ。
俺に会うたびに「こんなに大きくなって」と言うのは会う回数が少なかったからだと思う。これからは、頻繁にこの家に訪れることになる予感がなんとなくするため、そのうち言われなくなると考察する。
「ヴァナールくん、もうルイスとは違う部屋になってしまうのだし、ここはひとつ、今日はうちに泊まっていかないかい?」
ルイス父は、顔がルイスとよく似ているふわふわとした雰囲気の男性だ。
この人は、しょっちゅう俺に家に泊まっていかないかと聞いてくる人だ。おそらく、これもまた同じ理由で言われなくなると思う。
「それがいいわ、ヴァナールくん、明日の朝、おいしい朝食を用意するから、ここはひとつ」
ルイス母は、うふふ、と品のいい笑顔を浮かべながらそう言った。
相変わらず、ルイス両親は、ふわふわとした雰囲気をまとっているいい人たちだった。さすが、ルイスの両親なだけある。ルイスとは属性がだいぶ違う気がするが。
「お言葉に甘えさせていただきます」
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ」
と、いうことで、俺は泊まることになった。
ん?ルイスが俺のセーターをひっぱっている。どうかしたのだろうか。
「おい、まさか、お母さんの料理につられたわけじゃないだろうな」
こいつは、もう。俺は笑いをこらえるのに必死だった。
ルイスの自室は、3歳から寮生活が始まったにもかかわらず、部屋に全くほこりがおちていなかった。ルイス父母が交代で掃除しているのだろう。この家庭は、仕事と家事を二人でこなしていると以前、ルイスから聞いていたからだ。それにしてもこの国有数の金持ちの家なのにもかかわらず、使用人を一人も雇っていないこの環境は、かなり珍しいのではないか。
「珍しいぞ。実際」
「あ、そうなんだ」
ルイスは自室のベッドでとんでもない速度で寝返りをしながらそう言った。
「まぁ、今はそれはおいておくとして」
寝返りをうっていたルイスは華麗にベッドから降りると、椅子を二脚出してきた。
「ま、これに座って今日あったこと、うん、議題のタイトルを決めよう。『魅了少女事変』について情報の整理と共有を行おうではないか」
ルイスはテーブルに両肘をつき、少し俯いたポージングでそう言った。コイツは何しててもかっこよく映るな。いや、さっきの寝返りトルネードはかっこよくなかったかもしれない。いや、でもベッドから降りるときは、うーん。
「まず、あの少女、『カリーナ・イタリガ』の詳細について、話させてもらう」
そう、今、大切なことは寝返りトルネードではない。魅了少女事変についての情報の整理、そして共有をすることが今、一番大切なことなのだ。
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