ひとりぼっちの店主
「ヴァナール、朝だぜ」
ルイスに声をかけられ、意識が覚醒する。
時計を見てみると、出発三時間前だった。なぜ、こんなにも早く俺を起こしたのかと抗議する視線を向けると、ルイスは新聞を取り出し、見せてきた。
そこには、コロンナの水路が水位上昇と行方不明者が一人出たため、予定されていた見学が中止される旨が書かれていた。
「今日、水路の見学に行こうと思ってたのに。残念だね」
「そうだな。そういえば、昨日会った青年は、無事だろうか…心配だぜ」
ルイスは少し考えたあと、明るい表情になった。
「まあ、必ずしもそこに行ったとは限らないしな! 今日は昨日ヴァナールが気になっていたバザーについて調べてから、汽車に乗ってちょっと早めに次の町に行こうぜ」
「わかった。とりあえず、二度寝するね」
汽車が来るまでにはまだ時間があるのだ。寝よう。そう思ったが、ルイスがそれを許してくれなかったので、行くことになった。
「ギリギリの時間だとゆっくり見れないだろ」
「うん。そうだね」
まだ眠いが、百貨店への道を歩いている途中、ルイスがそう言った。眠いので、適当に返事を返した。眠い。
「そんなに眠いのなら、おぶっていくぜ。ほら、前のお返しだ」
「うん。そうして」
もう前のお返しならしてもらったが、なんて野暮な事は言わず、百貨店への道のりを俺はおぶられて行くことになった。
こうやって、人におぶわれていると母さんのことを思い出す。
フリーマーケットの出店情報をルイスと見つめていた。
「うーん、フリーマーケットはこの旅の終わりの方に来た方がよさそうだね」
「そうだな。ところでヴァナール」
ルイスは目を一つだけぽつねんと寂しげに立っている店のほうに向ける。
「あの屋台、見に行くか?」
「ルイス、海の音が聞こえる貝殻だって」
「うん、そうだな」
ルイスは耳に貝殻をあてながら、少し驚いたような声を出した。
「これは装備することで水魔法で水を出したときに塩水が出せるようになる魔道具だって」
「乾かしたら塩ができるな」
ぺろりと水をなめてみた。
「ヴァナール、凄い顔してるぞ。そんなにしょっぱいのか?」
ルイスは少し笑いを含んだ声でそう言った。店主の方をちらりと見ると、見ていた雑誌に顔を隠して笑っていた。
「あー、しょっぱかったか? 海には始めてきたクチかな、お前さんら」
雑誌を頭の上に置き、店主は俺たちに声をかけてきた。
「そうです。初めて来ました」
ルイスがそう答えると、店主はふーんと呟いた。
「まぁ、それなら仕方ないわな。あんまり海をなめてると痛い目みるから気を付けるこったな」
「わかりました。海水をなめるのはやめます」
「え、えーっとな、そういうわけじゃなくてだな、緑のお前さん」
店主がしどろもどろになってしまった。やはり表情をあまり変えずに冗談を言うと、面白いものが見れる。誰でもこうするわけではない。ちょっと腹が立った相手とか、親しい間柄の人にやるだけだ。
「冗談です」
「えっ」
驚いた表情をしたあとに、懐かしむような視線をむけられた。
こういったことをする人物が彼の周りにいたのだろうか。
「ま、そんなことより何か気になる商品とか見つけたか?」
店主は、作り笑いを浮かべながらそう言った。話をはぐらかしたいのだろうか。そんなに追及する気はないので、俺は彼が新しく始めた話題に乗っかることにした。
「すべて魅力的で決められないんですよ」
俺は目を細めてそう言った。
「じゃ、占いで決めてみないかい? 結構、得意なんだよ」
店主は立ち上がって俺たちの傍に来ようとした。頭の上にのせていた雑誌が落っこちた。
「なんてこったい」
「占いってそんなにフランクにやれるものなんですか?」
「こっちは実力がかなりあるし、副業以下のものだからな。ちょっと手を出してくれないか?」
俺が手を出すと、ぎゅっと手を握られた。
「よし、わかった」
いや、フランクすぎないか。フランクフルトでもここで食べてやろうか。と思いルイスの方を見ると、彼も同じことを考えていたようで眉を寄せていた。
「ああ、怪訝そうな顔してるな、お前さんら」
店主は笑いながら言った。
「占いの結果だがな、そのうち病を治せるって感じだな。ちなみにラッキーアイテムはこれだぜ」
緑色のガラスの破片だった。
光に透かして見ると、魔法陣のようなものが描かれている。
「なんですか、これ」
「ん? これはな、ちっちゃい頃に母ちゃんから、かっぱらったやつ」
「それは貴方の母親に返したほうがいいと思います」
店主はからからと笑った。笑いすぎて腹筋がつったようだった。
「ま、これは非売品なんだがな。何か買っていくものはあるか?」
涙を浮かべた店主は棚にある適当な魔道具を並べた。
「そうですね、じゃあこれでも」
その後、ルイスとどちらがお代を支払うかでもめた(彼は俺が魔術書やそれに関連するものを買おうとすると決まっておごりたがるのだ)が、以前もらったチケットを使うことで収まった。
「この魔道具はひゃっくりを100回すると死ぬと信じている人に101回ひゃっくりをさせることができるもので、これを使われたときは死を覚悟したぜ、、、っと、もう時間じゃないかい? お前さんら」
楽しい時間はあっという間に終わる。先ほどの商品を買い取ってから時間があるからと、店主による商品説明を聞いていたのだった。
時計を見ると(鳩時計のような形をしたそれは、時刻が変わるごとに鳩がその時刻の数だけ飛び出してくるという魔道具だった。飛び出た鳩は30分を時計がさすと消える)汽車の時間が迫っていた。
「そうですね。ありがとうございます」
紅茶を飲み干し、席を立つ。店主へ別れを告げる。
「ちょっとまて、緑のお前さん」
店主が、俺の服の裾をつかんだ。
正直言って、あまりいい気はしない。
「なんですか?」
「これ、やる」
店主は俺に先ほど見せたガラスの破片を渡してきた。
「貴方の母親に返してきた方がいいと思いますよ」
それを店主の方へおしつけようとした。
そのとき、無理に笑みを作って、泣き出しそうなのをこらえている店主の顔を見て、俺の手は行き場を失ってしまった。
「…ありがとうございます」
「おっ! そうか、お前さんならそう言ってくれると思っていたぜ!」
先ほどの表情が嘘のように店主はからからと笑った。
こうして彼は生きてきたのだろう。
俺たちは駅の方へと駆けだした。
「そんなに走らなくてもいいのじゃないか?」
「そうだけど、無性に走りたくなる時ってのがあるんだよ。昔そう言ってたじゃん」
ルイスは少し考えた後、ゆるりと笑った。
別に覚えていなくてもいい。大切な記憶はどちらかが覚えていれば、共有できるから。そのことを覚えていないということは、また別の宝物のような俺たちの思い出をルイスは知っているのだろう。
お久しぶりです。こちらの物語は趣味程度に更新していくことにします。
駄文ですがxにアカウントを持っておりますので、興味がある方はお越しください。




