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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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99/116

九十九

 その後、どういうやり取りを経て客室に戻ったのか、ヴィルへルミネは覚えていない。気付けば、ソファーに座っていた。

「てっきり色々あり過ぎて、お疲れなのかと思いました」

 ミルクをたっぷり入れたハーブティーを差し出したシュネーは、そう言ってヴォルフを振り返った。

「まさかの告白でしたからね⋯⋯さすがの殿下も、衝撃的だったのでしょう」

「そう、そうなの」

 ヴィルへルミネはため息を漏らした。

「レオーネが愛しいって自覚して間もなくだったから、余計に衝撃が大きかったわ⋯⋯わたくしもまだまだね」

「「え?」」

 シュネーとヴォルフが飛び上がりそうな顔になった。

「で、殿下⋯⋯とうとう自覚を⋯⋯」

「なぜ急に⋯⋯めでたいのだが、なぜ⋯⋯」

「聞こえていてよ」

 こそこそと囁き合うふたりにそう言って、ヴィルへルミネは熱を持った頬に触れた。

 レオーネの突然の告白に、ヴィルへルミネは完全に呆然自失だった。

 嬉しくなかったわけではない。むしろ嬉し過ぎて、あらゆる許容量を超えてしまったのだ。結果、返事をすることができずに今に至る。

「⋯⋯今からでも、返事をするべきかしら」

「駄目ですよー。今何時だと思ってらっしゃるんですか」

 あれからだいぶ経ち、現在夜も更けた頃である。夕食も入浴もとっくに済ませ、あとは寝るだけ。呆然とし過ぎだった。

「うぅ⋯⋯こんな気持ちのまま、一晩過ごさなければならないなんて」

「殿下、頑張ってください。それが恋愛のもどかしさなのです」

 シュネーが恋を語ると、ヴォルフが落ち着かない様子で肩を揺らした。そんなことには気付かず、乙女ふたりは会話を続ける。

「今から、手紙だけでも渡せないかしら」

「難しいですねぇ。ただ、やきもきしているのは王子殿下もでしょうから、耐えましょう!」

「明日会ったら、どうすればいいかしら? 抱き着けばいい?」

「それもいいですが、お返事は落ち着いて、ふたりっきりになってからにしましょうね、そうですね⋯⋯恥じらってみせるのがいいかもしれません」

「恥じらう⋯⋯どうすればいいの?」

「頬を赤くするとか、あえて視線をそらすとか」

「顔⋯⋯告白を思い出すと、自然と熱くなるから、そうして目をそらせばいいのね」

「はい! きっとはらはらされると思います。その分、お返事に喜ばれますよ!」

「解ったわ⋯⋯!」

 気合を入れるヴィルへルミネを現実に戻すため、ごほん、とヴォルフは咳払いした。

「あー⋯⋯殿下。そろそろ就寝の時間かと」

「あ、そうね。レオーネのこともあるけど⋯⋯あの商人のこともあるし」

 シャオシンは現在、地下牢──当然ながら、地下迷宮とは別にある──に収容されている。現状、まだ意識は戻っていないらしい。

「意識が戻ったとして、まともに会話できるんですかね?」

 シュネーが首を傾げるが、ヴィルヘルミネは、してもらわなければ困る、と言った。

「彼はマルダスの三王子だけでなく、ミミネア・トゥファの事件に関わっている可能性があるもの。それに、飛躍し過ぎかもしれないけれど、魔物の大量発生の件も⋯⋯」

「黒魔法によって魔物を操ったり、改造したりすることができる以上、可能性は否定できませんからね。尋問するだけするべきでしょう」

ヴォルフも同意する。

 ローディウムのふたつの魔物の大量発生、そしてマルダスでの走竜の発生。離れた地域とはいえ、時期が被っているのを偶然ではないとするなら、関わっている可能性が高いのがシャオシンだ。何しろ、どれも彼にとって都合のいい場所に発生している。

 公爵領の発生時期に、レオーネは領内にいた。二度目の発生場所はレオーネの婚約者であるヴィルヘルミネが治めている領。スルージュ領ではリエーフが毒矢を放つのに適した状況だった。

 もし、どれかひとつでもレオーネ、もしくはヴィルヘルミネが害されれば、シャオシンの目的のひとつは達成されていただろう。

「⋯⋯少し浮ついた気持ちが落ち着いたわ。そろそろ寝るわね」

 ヴィルヘルミネはハーブティーを飲み干すと、寝室に向かった。

「おやすみなさい、ふたり共」

「「おやすみなさいませ、殿下」」

 ふたりの従者は、頭を下げて見送る。

「⋯⋯シュネーは恋愛に詳しいんだな」

「⋯⋯⁉」

 様々な思いを含んで、夜は過ぎていった。


    ───


 ヴィルヘルミネは気合を入れて離宮を訪れていた。

 持ってきた中でお気に入りの緑色のドレスをまとい、同色のリボンと銀色の髪飾りで髪をまとめて、浮足立ってレオーネに会いに行ったのである。

「ヴィルヘルミネ⋯⋯まさか朝から来られるとは」

 レオーネはそわそわとヴィルヘルミネを迎えた。自室に通し、ラルクにコーヒーを用意させる。

「まあ、これがコーヒーですのね」

「はい。ただ、初めて飲まれるなら、ミルクと砂糖を多めに入れた方がいいかもしれません」

 香ばしい香りと真っ黒な表面を興味深く思っていたヴィルヘルミネは、忠告通りミルクと砂糖を入れた。ミルクティーによく似た色になったコーヒーをじっと見つめた後、恐る恐る口を付ける。

 ミルクと砂糖の甘味によって薄らいでいるものの、舌を麻痺させるような苦味に飛び上がった。

「こ、これは⋯⋯!」

「慣れれば美味しいんですが、そうでなければ人を選びますよね」

「で、でも、レオーネは好きなのですよね。わたくし、頑張って慣れますわ⋯⋯!」

「無理しなくていいんですよ」

 レオーネは苦笑を浮かべ、何も入れていないコーヒーを飲む。それを見て、ヴィルヘルミネは改めてレオーネが自分より歳上なのだと実感した。

「⋯⋯レオーネ」

「⋯⋯はい」

「わたくしを愛してるって、本当?」

 声は自然、震えていた。頬が燃えるように熱くなり、視線が下を向く。シュネーに言われた仕種だが、この時のヴィルヘルミネはそんなことを意識していなかった。ただ無意識に、そんな態度を取ったのである。

「本当です」

 レオーネはそんなヴィルヘルミネを、目を細めて見つめた。

「運命の番なんて関係無い。俺はヴィルヘルミネ・カルンシュタインという個人が愛しい。たとえ運命でなかったとしても、貴女を愛したと自信を持って言えます」

「⋯⋯あ」

 ヴィルヘルミネはちらりと顔を上げて、吐息を漏らした。

 レオーネは優しい微笑みを浮かべていた。だがその眼差しは昨日と同様焦げそうなほど熱い。ヴィルヘルミネはその熱に浮かされそうになりながら、胸の前で手を組んだ。

「⋯⋯わたくしも」

「え?」

「わたくしも、貴方が愛おしいのです。運命などは解りませんし、はっきり言ってどうでもいいです。ですが、貴方と共に生きたいと思うのです」

 ヴィルヘルミネはそう言って、黙り込む。本当はもっと色々言いたかったのだが、いざ本人を目の前にすると、それだけ言うのがせいいっぱいだった。

「ほ、本当に?」

 レオーネは腰を浮かし、身を乗り出すように問いかけた。ヴィルヘルミネはそんな彼を見ることができず、こくんと頷く。

 とたん、がたんと音を立てて立ち上がったレオーネは、ヴィルヘルミネの元に駆け寄った。目を瞬くヴィルヘルミネを、レオーネは抱き上げる。

「きゃっ」

「やった⋯⋯やった! ありがとう、ありがとうございますっ」

 そのままくるくると回るレオーネ。ヴィルヘルミネはされるがままぽかんとしていたが、次第に吹き出した。

「ふ、ふふっ。レオーネ、止めて、止めてったら」

「あはは、すみません。嬉しくて⋯⋯本当によかった」

 レオーネは回ることは止めたものの、ヴィルヘルミネを降ろすことはなかった。そのまま、ぎゅう、と抱き締める。

「はー⋯⋯正直、同じ気持ちを返されるとは思いませんでした」

「自信が無かった?」

「そうですね。勿論、愛してもらえるように頑張るつもりでしたけど」

 レオーネはヴィルヘルミネの首元に顔をうずめた。

「はー⋯⋯嬉しいのは嬉しいですけど、あと何年待てばいいんですかね」

「結婚までという意味なら、最短で三年かしら」

「三年かあ」

 情けない声が上がった。獣耳もへにょりと力無く垂れている。ヴィルヘルミネはそんな彼の頭を撫で、そっと抱き締めた。

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