九十八
シャオシンを連れて、三人は地上に戻った。
最初、シャオシンを抱えていこうとしたレオーネだったが、ヴィルヘルミネが断固として反対したため、しかたがなく引きずる形となった。さすがに階段のところではレーヴに手伝ってもらい、浮かせて運んだが。
謁見の間に戻ってみると、シャオシンが自失しても魔法の効果は残っていたようで、全員が未だ拘束されていた。なので、ヴィルヘルミネとレオーネは手分けして解除に当たった。レオーネの方は正直魔力が尽きかけていたのだが、そうも言っていられない。
「殿下がた、ご無事で、ご無事で何よりでした⋯⋯!」
解放されたヴォルフは、ヴィルヘルミネの足下にひざまずいて涙を流した。
彼からすれば、護衛対象であるヴィルヘルミネを二度も見失ったことになる。生きた心地がしなかったことだろう。
「ごめんなさいね、ヴォルフ。心配をかけたわね」
「いいえ、俺が、貴女様を守ることができなかった俺が悪いのです。無事で、本当によかった⋯⋯!」
泣き崩れるヴォルフを、大げさだとは思わない。護衛騎士として、護衛対象を見失うことは首を落とされてもしかたがないほどの失態である。そうでなくとも、心配でしょうがなかったに違いない。
「ごめんね。本当に、ごめん」
ヴィルヘルミネはそう言うしかなかった。
「今度こそ息の根を止めてくれる!」
何とかヴォルフをなだめたヴィルヘルミネは、怒鳴り声に驚いて振り向いた。
見れば、玉座から解放されたマルダス王が、動かないシャオシンの元に向かっている。その形相は憤怒そのもので、無手でもひとりやふたり、本当に殺してしまいそうだった。
「いけません、陛下」
だがそんなマルダス王を、レオーネは正面から止めた。
「どけ、第二王子! その男はわしに恥をかかせた。八つ裂きにせねば気が済まん!」
「奴には訊かなければならないことが多数あります。それらを確認せずに、自らの手で殺すつもりですか?」
「それがどうした。この男はわしを玉座に縛り付けたのだぞ! その場で斬り捨てられてもおかしくない所業だっ」
「かつて、彼にしたように、ですか?」
レオーネの静かな一言に、マルダス王は固まった。
「な、何⋯⋯?」
「彼はかつて、貴方に殺されたと言っていた。そして我が母ルゥリ妃の元婚約者だとも。それらが事実なら、貴方は不当に他者を害し、ひとりの女性を無理矢理召し上げたことになる」
「貴様⋯⋯この男の言い分を信じるつもりか! 全てその男の妄言だっ、妄想だ! 第一、証拠も」
「貴方の戦功として飾られている竜種の角と翼」
レオーネの言葉に、マルダス王は凍り付いた。
「あれは、あの商人のものなのでは? 調べる必要があるでしょうね」
「な⋯⋯は、はは⋯⋯そんなこと、調べられるはずが」
「できますわよ?」
レオーネとマルダス王に歩み寄ったヴィルヘルミネが、にっこり微笑んだ。
「生活魔法の応用なのですが⋯⋯鑑定という、それがどういったものなのか、どこのどの部分なのかを簡易的に特定する魔法がございますの。わたくしもレオーネも使えましてよ。少なくとも、本当に竜種のものかどうかぐらいは、判別できるでしょう」
竜人と竜種は同じ竜の流れを汲むものだが、明確な違いがある。鑑定魔法をかければ、それが竜人の角と翼かどうか判明するだろう。鑑定結果を疑うのであれば、マルダスの人間に覚えさせて使えばいい。何しろ、習得も簡単な魔法なのだから。
マルダス王は絶句して、なおもシャオシンを害そうと飛びかかろうとした。だが、すぐさまレオーネに抑え込まれる。
「き、貴様⋯⋯!」
「陛下、あの男には第一王子と、第二王子である俺、そして第三王子を害した嫌疑、及び現行犯があります。事実をはっきりさせるため、今この場で殺させるわけにはいかないのです」
「くっ⋯⋯!」
マルダス王は何とかもがき、レオーネから逃れようとした。だがいくらもがいても、レオーネから逃れることができない。
それでも諦めきれないマルダス王は、解放された戦士達に向かって吠えた。
「命令だ! その男を殺せぇっ」
だが、戦士達は顔を見合わせ、二の足を踏んでいた。
戦士達にとって、王の命令は絶対である。だがマルダス王の行状がさらされた今、はたしてその命令に従うべきなのか否か、解らなくなってしまった。
「どうした、早くしろ! その男を殺せば、褒美をやる。だが殺さなければ、貴様らを反逆罪で処刑してやるっ」
マルダス王の強い言葉に、戦士達はびくっ、と身体を震わせた。だが次にレオーネが発した言葉に、それ以上に震えることになる。
「その男を殺すということは、俺と敵対するということだ。その気概があるのなら、陛下の命令に従うがいい」
その時のレオーネは、魔力も底を尽いたぼろぼろの有様で、戦えるかと言われれば、それは否である。
だがその声に、向けられた視線に、戦士達は恐怖した。
獣人というのは、本能的に自分より強い者を感じ取ることができる。戦士達は本能で、レオーネが自分達より──マルダス王より──強いのだと感じ取ったのだ。
そうでなくとも、魔物を倒した姿を彼らは見ているのである。レオーネの強さは、もはや語るまでもない。
結局、誰もマルダス王の命令に従わなかった。戦士達だけでなく、謁見の間にいた重臣達も、マルダス王の命令を遂行しようとはしなかった。
重臣達は、すでにアミラの件で離れていた忠誠が、更に遠のいたのだ。加えて、喚き散らすマルダス王と、終始冷静なレオーネの対比が、従うべき相手を選ばせた。
「第二王子殿下」
重臣の中で最も地位の高いひとりが、そろりと前に出た。
「その男が、第一王子を害した疑いがあるとは、本当でしょうか?」
「本人がそう言っていた。それに、俺もこれ以前に奴の手引きで危うく命を落としかけている。その辺りを洗い出すためにも、尋問は必要だろう」
「そうですな。では、第二王子殿下のおっしゃる通りに」
その言葉に、自身の声が届かなくなったことを悟ったマルダス王は、ようやくおとなしくなった。
「レオーネ、大丈夫ですか?」
謁見の間から運び出されるシャオシンを見送った後、ヴィルヘルミネはレオーネの手を取った。
「あまり大丈夫ではないですね。魔力の使い過ぎで、頭痛がしてきましたし」
「まあ、では少し休まなければ。とりあえず、正妃宮に戻りましょう。シュネー達も心配しているでしょうし」
「ええ。でも、その前に」
レオーネはひとつ息をつくと、ヴィルヘルミネを抱き締めた。
突然のことに目を丸くするヴィルヘルミネに、レオーネは囁きかける。
「ヴィルヘルミネ、貴女が無事でよかった。貴女が運命でよかった。貴女に出会えて、よかった。俺は貴女のおかげで、俺であり続けられます」
「レオーネ?」
「俺は、貴女に嫌われたくない。失望されたくない。もし別れることがあっても、離れることになっても、貴女に好意を寄せられる自分でありたい。そう思うだけで、自分を律することができる」
レオーネは少しだけ身体を離し、ヴィルヘルミネの目を覗き込んだ。柔らかな春の瞳と、輝く金緑石の瞳が、ぶつかる。
「俺は、貴女を愛しています」
その言葉は、太陽のような激しい熱を帯びていた。




