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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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九十六

「そもそもどうして、兄上に近付いたんだ」

「勿論、復讐のためだとも」

 レオーネが尋ねると、シャオシンは自嘲するような声で言った。

「謁見の間で言った通りだ。私は、貴方の母ルゥリの婚約者であり、運命の番だ。それを奪うばかりか、私の命を狙った男に復讐したいと思うのは、おかしなことではあるまい」

「⋯⋯アミラ妃を連れてきたのも、その一環なのか」

「そうだ」

 シャオシンは頷きながら、ちらりとレオーネを振り返った。

「勘違いしないでほしいが、アミラと第一王子が運命の番なのは事実だ。これに関しては、薬など使っていない」

「なら、なぜアミラ妃を利用しようと思ったんだ?」

 シャオシンの口振りから、アミラを利用していたのは明白である。利用した女が偶然運命の番だったとでも言うのだろうか。

「私は、こう見えて占星術を使えるのだよ」

 シャオシンは言った。

「角と翼を失ったせいで魔力はほとんどなくなったが、幸いにも魔法の才が失われたわけではなかったのでな──占星術で第一王子の運命の番を占い、探し出したのがあのような女だったのは、幸運としか言えないな」

 低く笑うシャオシンに、ヴィルへルミネは顔をしかめてしまう。この男が話すこと全てが、不愉快なものばかりだった。

 だからつい、揶揄するようなことを言ってしまう。

「占星術がお得意なら、自分に降りかかる災難も占えばよろしかったのでは? もしくは垣間見ることもできたでしょうに」

「あいにく、自分のことは占えないのだ。それが、制約なのでな」

 シャオシンは特に怒った様子も無く、淡々と答えた。

「マルダス王に殺されるのが視えた(、、、)のも、直前の話だ。まあ、おかげで命は繋いだわけだが──結果は、ご覧の有様だ」

 シャオシンは自身の折れた角を指した。

「角は折られ、翼を奪われ、運命さえも失って──その原因となった男を恨むのは、そんなにおかしなことなのか? 復讐は、それほどに悪いことなのか?」

 問いかける声は、低い。まるで拒絶するような響きを伴って、鼓膜を震わす。ヴィルへルミネは、思わず肩を揺らした。

「⋯⋯おまえの気持ちが解るとは言わない。ただ、正当性があることは認める」

 レオーネはそんなヴィルへルミネの手をさするように握りながら、シャオシンの背中を睨み付けた。

「でも、それは国王の罪であって、兄上は関係無かったはずだ。おまえが今捕らえているレーヴもだ。せいぜい俺ぐらいだろう」

「レオーネ⋯⋯」

「憎い男と運命の番の間に生まれた俺のことを復讐に巻き込むのは、解る。だが兄上もレーヴも──そして主宮にいた人間の誰も、何よりヴィルへルミネは、おまえの復讐に関係無い人間のはずだ」

 レオーネの声もまた、低かった。だが底冷えしたシャオシンのそれとは違い、煮えたぎるような熱がにじんでいる。

「なぜ他者を巻き込んだ? 答えろ」

「⋯⋯はは、関係無いだと?」

 シャオシンはぐるりと振り返った。

 気付けば四人は、広い場所に出ていた。広いと言っても、数十人入ればいっぱいになりそうな、その程度の広さである。それでも四人、それも、半分は小柄な子供である今、充分な広さを備えている。天井も非常に高く、多少飛んだり跳ねたりした程度では届かないほどだった。

「なら逆に訊くが、おまえは憎い男と紐付く存在さえ憎くはならないのか? 自分から奪った幸福を蔑ろにする男の血を残したくないと、思わないのか?」

 レーヴを掴む指が皮膚に喰い込んで、血がにじんだ。

 さすがにそれを見て黙っているわけにはいかず、ヴィルへルミネとレオーネは走り出そうとする。

 だがその前に、シャオシンは短剣で再び自分の腕を傷付けた。

「”我が血をもって、生まれろ、生まれろ、生まれろ”」

 ぼたぼたと落ちる赤黒い血。床に広がるそれが、ぼこぼこと泡立つ。

「おまえに解るか? ようやく見付けた運命の番を奪われた絶望を。なぶり殺された末に誇りをもぎ取られた怒りを。解らないなら──何も言わず死ね」

 シャオシンが短剣を振るうと、彼の血は明確な形を取り、立体化した。

 異様に長く細い八本の巨大な脚が付いた丸い胴体と、胴体より大きな腹部。それは、レオーネよりも大きな蜘蛛の形をしていた。だが蜘蛛の頭部からは、人間の上半身が生えている。姿が明瞭になると、それが女性のものであることが解った。だが目は脚と同様八つあり、唇の無い口からは鉤爪のような牙が生えている。そして蜘蛛の部分も人間の部分も、凝固した血のような色をしていた。

「何、だ⋯⋯あれ」

 絶句するレオーネの横で、ヴィルへルミネもあまりの悍ましさに言葉を失っていた。

 見たことも聞いたこともない魔物である。人間の姿に擬態するものや一部人間に似た特徴を持つものはいる。先に相手したマンティコアなどがそうだ。

 だがこのように歪で、無理矢理結び付けたような魔物は知らない。

「アラクネ──黒魔法で生み出せる魔物、だ」

 戦慄するふたりに語りかけるように、シャオシンは言う。

 だが、その身体が不意に揺らめいた。そのまま耐えられず、地面に崩れ落ちる。その隙に、レーヴが弾かれるようにシャオシンから離れた。

「一体何で⋯⋯」

「ぐっ、はあ⋯⋯」

 状況に付いていけず、隅で震えるしかないレーヴの前で、シャオシンは何度も起き上がろうとして失敗する。その間にも、腕からは血が流れ続けていた。

「⋯⋯黒魔法などに頼るからだわ」

 幾分か冷静になったヴィルヘルミネが、シャオシンに憐れみの眼差しを向けた。

「黒魔法は何かしらの代償を必要とする。それを自分の血で補えば、身体に不調が出て当然だわ。そうでなくとも、失血で立っていられなくなるでしょう。そもそも」

「うるさい!」

 ヴィルヘルミネの言葉を遮り、シャオシンは喚いた。

「おまえに何が解る⋯⋯おまえにおまえにおまえにおまえにおまえに⋯⋯おまえは黙ってルゥリの居場所を吐けばいいんだ! ああ、ルゥリ⋯⋯ルゥリルゥリルゥリルゥリルゥリルゥリ⋯⋯私の運命、私の運命⋯⋯」

 シャオシンの声が、次第にひび割れていく。声量自体は変わらないのに、聞き取れないようになっていく。

 魔物を前に動けなくなっていたレオーネは、それを聞いて眉をひそめた。

「何だ⋯⋯?」

「黒魔法の代償です」

 ヴィルヘルミネは細いため息をついた。

「黒魔法は代償を必要とする。それ自体は様々ですけど⋯⋯同時に、人間性を喪失するそうです」

「人間性?」

「最終的に、身も心も化け物になるそうです。心臓を貫いても死なない、首を落としてようやく滅する化け物に。彼がいつから黒魔法を使い始めたのか解りませんが、仮に殺されてからだとしたら──おそらくすでに」

 ヴィルヘルミネはそれ以上何も言わなかったが、言いたいことは解った。

 シャオシンはすでに、まとも(、、、)ではないのだろう。

「あああああああ、アラクネぇ! 第二王子を殺せぇ‼」

 シャオシンはひび割れた声のまま、そう命じた。とたん、じっとしていた魔物──アラクネが絶叫を上げる。


 ぐるああああァァァァァァァァァァァァァァァァ‼


 それは人間にも獣にも似た、身も凍るような咆哮だった。

 びりびりと肌を震わせるヴィルヘルミネとレオーネは身構える。そんなふたりに、アラクネは襲いかかった。

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