八十七
王都に手紙を送ってから二週間後、走竜掃討の目処がたった頃に、王妃からレオーネ宛に手紙が届いた。
「国王陛下からは?」
「何も⋯⋯」
「そうか⋯⋯」
手紙を渡してくれたスルージュと共にため息をつき、ヴィルへルミネ達と共に手紙を開く。
「どうして戦士団長様からではなく、王妃殿下からなのでしょうか」
「王妃殿下に話を通したのでしょう。⋯⋯嫌な予感しかしませんが」
その予感は的中した。
正妃はやはり戦士団長から話を聞いたようで、現在商人を捜索中とのことだった。手紙を送った時点ではまだ捕まっていないらしい。
だが、問題は次の記述だった。
何とマルダス王がアミラに手を出し、彼女を側妃にすると言い出したそうである。
その一文を見た瞬間、レオーネは傍の机に手紙を叩き付けた。
「ふざけてんのか、あの色ボケ王⁉」
突如荒ぶったレオーネに目を丸くしたヴィルへルミネを横目に、ラルクが手紙を拾い上げる。そして問題の一文を読んだとたん、天を仰いだ。
「⋯⋯殿下と血が繋がっているとは思えないですね」
「本当にな!」
本当に嫌だったのか、鳥肌を立てて身震いするレオーネ。そんな彼に首を傾げたヴィルへルミネは、手紙を覗き込んだ。
そして、手紙を燃やそうとした。
「「殿下、いけません!」」
「は⁉ 思わず⋯⋯」
シュネーとヴォルフに止められ、ヴィルへルミネは我に返った。そして、手紙をふたりにも共有する。ふたりそろって、酢でも飲んだような表情をした。
「⋯⋯自分で説明しておいてなんですが、手紙の内容がまだ理解できません」
「理解しなくていいです⋯⋯」
レオーネは頭を抱えた。
「しかし、陛下は乱心されたのかしら。息子の妃を娶るだなんて」
ヴィルへルミネの発言に表立って同意しないものの、全員が同じ気持ちだった。
同時に考える。運命の番を奪われたリエーフがどんな行動をするのかと。
思い出されるのは、二百年前の龍帝国が引き起こした戦争である。
龍皇帝が自身の番であるフィン王国の王太子妃を無理矢理さらい、他国を巻き込んだ戦争となった。王太子妃と龍皇帝の死亡により決着した戦争は、決して小さくはない爪痕を残した。
あの時と同じようなことが起こらないとは限らないのだ。
「運命の番を絶対視する獣人を先頭に、内乱が起きかねない。国王陛下はそれすら解らなくなってらっしゃるのか」
「⋯⋯確かに、少し変ですわね」
スルージュの呟きを聞いたヴィルへルミネは、レオーネを見上げた。
「レオーネ、国王陛下は道理をわきまえぬ行動を起こすような方でしたか?」
「⋯⋯いえ。考えてみるとおかしいです」
やや冷静になったレオーネは、首をひねった。
「確かに頑迷で魔法嫌いなところはありますが、利に聡い王です。こんな明らかに愚かなこと、するはずがない」
「するとしたら、どんな理由でしょうか」
「考えられるとすれば⋯⋯兄上の廃嫡でしょうか」
レオーネは言葉を選びつつ言った。
「暗殺の件を抜きにしても、兄上はやらかし過ぎた。怪我のこともありますし、いくら兄上に甘い陛下でも、そうせざるをえないでしょう。というか、正妃殿下がそう仕向けそうだ。あの人は、陛下以上に国益を重視するでしょうから」
「そういうことなら、アミラ妃が第一王子殿下をお支えするだけの器量を持たないと悟ってらっしゃるかもしれませんね」
「悟るどころか実感されてるかもしれませんよ。何しろ、アミラ妃は正妃殿下の家門に養子に入っていますから」
「⋯⋯養子に入っているということは、貴族籍を得られたということですわよね。つまり相応に教育を受けられて⋯⋯?」
「の、はずですが」
ふたりの脳裏に、今までのアミラの言動が浮かんでは消えていく。
付け焼刃すら身に付かなかったという事実は、確かに王子妃としては不適格だろう。
「それで立場の浮いたアミラ妃を、自分の妃に──いえ、何回考えてもそこの部分はおかしいですわね」
「そうですよね」
利に聡い人間が取る選択ではないのだ。勿論マルダス王も人格がある以上、全てが利益尽くめで行動できるわけではない。目の前の欲を満たすために動くことだってあるだろう。
「⋯⋯まさかですけど、色香に惑ったなんてこと、ありませんわよね」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
レオーネとラルク、スルージュの視線が泳いだ。
実はマルダス王は、好色家であることも知られている。レオーネの母親を始め、四人の側妃は全員マルダス王の好みが反映されているのだ。そこにアミラが加わる可能性は否定できなかった。
「⋯⋯ひとまず、第二王子殿下は一足先に王都に戻られてはいかがでしょうか」
スルージュが恐る恐る意見を述べた。
「幸い走竜の駆逐はほとんど済みましたし、後は私の部下達で対応できるでしょう。殿下は報告のためにも、戻るべきでは?」
「⋯⋯そうだな⋯⋯詳しい状況も知りたいし、正式な婚約を結ぶ約束もあるし」
レオーネはヴィルヘルミネを見ながら頷いた。
「ヴィルヘルミネ、王都に戻りましょう」
「ええ。ただ、それだと騎士達も引き上げることになりますが、本当によろしいのですか?」
「ええ。ここまで来れば、後は我が領の問題ですので」
「そう⋯⋯」
ヴィルヘルミネは少し考えてから、レオーネを見上げた。それを受けたレオーネは、改めてスルージュを見る。
「スルージュ卿、戦士達を半分置いていく。彼らをうまく使ってくれないか」
「え? ですが」
「ほとんど駆逐し終わったとはいえ、まだ不安もあるだろう。勿論ただ残すわけじゃない。実は、彼らに調査してほしいところがあってな」
「⋯⋯例の、走竜が大量発生したと思われる森ですね?」
「ああ。とはいえ、人跡未踏の土地だ、無理はさせないでくれ」
「かしこまりました、殿下」
かくして、ヴィルヘルミネとレオーネは、マルダスの王都に戻ることになったのである。
───
先にレオーネとヴィルヘルミネが王都に戻ると聞き、リエーフは自分も戻ると言い出した。
「いけません、殿下!」
「頼む、帰らせてくれ⋯⋯アミラに、我が妃に会いたいんだ⋯⋯!」
リエーフはまだ、アミラとマルダス王の話は聞いていない。もし聞いていたら、死に物狂いで付いていこうとするだろう。
現に何も知らなくても、アミラの元に戻りたいと叫んでいるのだ。
「スルージュ卿、俺は⋯⋯俺はもう何日もアミラに会っていないんだ。アミラ──俺の番に会いたいんだ!」
「怪我は治りましたが、まだ完全に回復したわけではありません! まだ腕が痛むこともあるのでしょう?」
怪我そのものはヴィルヘルミネによって癒されたが、今度は失った腕が痛いと言うようになった。身体が欠損した者特有の痛みであり、戦士達にも痛みを訴える者は多い。
「少なくとも、馬に乗れるようになるまでは、王都への行程は無理です」
「そんな⋯⋯アミラ⋯⋯」
すすり泣くリエーフに、スルージュは苦々しい気分になった。
──回復されてから、戦士達へ謝罪をされた様子は無い。
それどころか、部屋から出ない有様だ。レオーネに戦士達から恨まれていることを指摘され、怖気付いているのである。
戦場に出ないまでも、できることはないかと模索するわけでもく、ただ寝室にこもって嘆くだけ。これが元王太子とは思いたくなかった。
──この方などより、第二王子殿下の方がよほど王太子にふさわしいのではないか。
そんな思いが胸をよぎり、すぐにかき消した。
レオーネは王位など望んでいない。それは彼の言動から見て取れた。だが能力的にも人格的にも、そして伴侶の点でも──マルダスの未来を担うなら彼がいいと思わせる。
医師達によってベッドに戻されるリエーフを確認した後、スルージュは客室を後にした。
自室に戻る途中、洗濯場で忙しく動き回るシャフナを見かけた。
ヴィルヘルミネという天上人に認められて以来、シャフナはますます積極的に仕事を行い、時に屋敷の使用人に混じって怪我人の世話をしたり雑事を手伝ったりしていた。忙しさのあまり倒れるのではと心配したものの、いつも嬉しそうに笑っている彼女にその声を引っ込めてしまう。
リエーフの妃と双子だという彼女だが、漏れ聞くアミラとの共通項は、驚くほど少ない。本当に双子なのかと思うほどだ。
「彼女が第一王子殿下の番だったらよかったのに」
だが運命が選んだのは、妹の方だった。
ままならないものだと思いながら、スルージュは再び歩き出した。




