八十五
それからリエーフがまともに受け答えができるようになるまで、丸々一日かかった。その間に、ヴィルへルミネはレオーネと共に掃討戦に参加することになった。
当初はヴィルへルミネを守るべき存在だと認識していた戦士達だが、すぐにそれを撤回することになる。何しろヴィルへルミネの魔法は下手な剣撃より強力で、レオーネと組めば恐ろしい勢いで走竜達を駆逐していくのである。戦士達の認識が変わるのも当然だろう。
戦士達の畏怖を一身に受けた翌日、ヴィルへルミネとレオーネはリエーフに改めて会いに行った。
リエーフにはヴィルへルミネが来ていることも、レオーネが生きていることもすでに伝えられている。どちらにも衝撃を受け、言葉を失っていたそうだが、怪我が癒えたことで思考がある程度明瞭になったことで、何とか理解したそうである。
それでも、実際にふたりを前にすると驚愕の色を見せた。
「レオーネ、それに皇女殿下⋯⋯本当に⋯⋯」
リエーフは上体を起こしていた。つい昨日まで起き上がることすらできなかったことを思えば、早い回復である。とはいえ、さすがにやつれ果て、王太子時代の快活さからはほど遠かった。
「ええ、生きてます。⋯⋯兄上、訊きたいことがあります」
「⋯⋯?」
「矢を射ったのは、兄上ですか?」
「! それ、は⋯⋯」
リエーフは言葉を失った。
誤魔化すかと思いきや、それすらなく黙り込むリエーフに、ヴィルへルミネは冷たい眼差しを向けた。
「見下げ果てましたわ、第一王子殿下。実の弟に弓引いたこと、わたくしも聞き及びました。あげく、多くの戦士を死なせたこと、どう言い訳するおつもり?」
「⋯⋯っ」
リエーフの表情がさあ、と変わった。顔を上げることもできず、うつむいてしまう。
──やっぱり、俺よりヴィルへルミネに言われる方がダメージ受けてるよな。
前々から感じていた違和感が確信に変わり、レオーネは心の中でひとつ頷いた。
リエーフにとって、ヴィルへルミネは婚約していたかもしれない相手だ。手酷い振られ方をした上、それがきっかけで転落の一途をたどることになった。だが彼女を恨むことはできず、またローディウムという離れた国の皇女という立場上挽回する機会すら得られず、弟に奪われるという有り様。
本人も気付かぬ内に、執着心が育っていたのかもしれない。
「第一王子殿下、なぜレオーネを傷付けたのです。それも討伐中という、ほかの者さえ巻き込むような場面で。貴方が行ったことでどれだけの人間が苦しんだか、解っていらっしゃるの?」
「⋯⋯!」
「ヴィルへルミネ、それぐらいで」
哀れなほど震えるリエーフを前に更に舌鋒を振るおうとしていたヴィルへルミネを、レオーネはそっと止めた。む、としたヴィルへルミネは、それでも口をつぐみ、リエーフを睨むに留める。
レオーネはリエーフに向き直り、穏やかに話しかけた。
「兄上にとって、俺は邪魔でしたか? 俺は貴方を貶めようとなんてしてこなかった。ヴィルへルミネにしたことは許せないが、必要以上に責めたりしなかったはずだ。なのになぜ?」
「それは⋯⋯おまえが、おまえのせいで、俺は王太子の座を降ろされて」
「俺のせい? それは違うでしょう。ヴィルへルミネに婚約を断られたのも、王太子から降ろされたのも、貴方自身の行いのせいだ。解っているでしょう?」
「っ⋯⋯ああ、そうだ。全部自分のせいだ。解っている。解ったんだ。それでも!」
リエーフは顔を上げた。その目には、涙が浮かんでいる。
「おまえを憎む気持ちが止められなかった。おまえのせいだと思い込んだ。いや、思い込みたかったんだ! 自分のせいだなんて、考えたくなかった‼」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「でも、そのせいで、その⋯⋯せい、で⋯⋯うぅ」
リエーフは頬を濡らしながら頭を抱えた。
「俺は⋯⋯どうすればよかったんだ? どうすれば⋯⋯」
「⋯⋯どうにもなりませんよ」
リエーフの慟哭に、レオーネは静かに答えた。
「あえて言うなら、貴方は正しい行いをすればよかった。ただ、それだけでよかったんです」
「っ⋯⋯」
「でも、もう全て起こった後なんです。終わってしまったことです。元に戻すことなんてできません。貴方にできることは、責任を取ることだけです」
「責任⋯⋯どうすれば⋯⋯」
「差し当たって、矢を射ったかどうかをはっきりさせたいですね」
「それは⋯⋯」
リエーフは力無くうなだれた後、頷いた。
「そうだ。俺が矢を射たせた。毒を塗った、毒矢だった」
「それが致死毒だと解った上で射たせたんですか」
「⋯⋯ああ」
弱々しく肯定するリエーフを確認し、ヴィルヘルミネとレオーネは視線を交わらせた。そしてレオーネが再び質問する。
「それを手に入れたのは、貴方の御用聞き商人からですか」
「⋯⋯そうだ。俺がおまえを排除したいと言ったら、持ってきてくれた」
確定だった。レオーネは震える身体をため息でごまかして、改めてリエーフを見る。
やつれた姿が魔力詰まりを起こしたマルダス王と重なって、やはり彼らは親子なのだと他人事のように感心しつつ、レオーネは言葉を続けた。
「商人が渡してきたのは、おそらく魔法毒です。この国において、魔法毒の生成は罪に問われること。ましてや使用すれば厳罰は免れません。解っていますか」
「魔法毒⋯⋯⁉」
リエーフはベッドの中で飛び上がった。
「ま、待ってくれ。魔法毒なんて知らなかったんだ。そんな、危険なものだなんて⋯⋯!」
「知らなかったでは済まされません。それに、商人の扱う品がどんなものか、貴方は解っていたはずですよ。奴は魔法薬や魔道具を扱うと言っていたのだから」
「それは⋯⋯だが」
「どうあれ、商人は拘束する必要があります。言質が取れた以上、名分は充分です」
レオーネは背を向けた。
「沙汰は国王陛下が下すでしょう。貴方はおとなしく療養していてください」
「だが、走竜のことは⋯⋯そうだ、償いというのなら、走竜を俺に討伐させてくれ!」
「⋯⋯残念ですが、それはできません」
レオーネは首を振った。
「貴方が万全でないこともそうですが──貴方がしたことで、多くの戦士が死にました。生きている者も、死にかけたり、貴方のようにどこかしら欠損して、戦士生命を絶たれた者も多い。当然皆、貴方を恨んでいる」
「え⋯⋯」
「命が惜しければ、部屋から出ないでください。血の繋がった弟として、最後のお願いです」
その言葉を最後に、レオーネは寝室を出ていった。それに続きかけていたヴィルヘルミネは足を止めて、振り返る。
その顔に、侮蔑の色を見せながら。
「第一王子殿下、わたくし貴方を軽蔑いたしますわ。ここに至ってもまだ、重要なことが見えていらっしゃらないのだもの」
そう言って、今度こそ部屋を出る。後に残ったのは、呆然とするリエーフだけだった。
「これからどうしますの?」
部屋を出たヴィルヘルミネは、先に退室していたレオーネにそう尋ねた。
「王都に向けて手紙を書きます。国王陛下と──王宮戦士団長宛にですね。王宮の治安を守っているのは、王宮戦士団ですから」
「わざわざ二通出しますの?」
「国王陛下だけだと、握り潰される可能性があるので」
嫌な可能性だった。
「戦士団長は信用できるのですか?」
「若干武に偏りがちではありますが、真面目で不正を許さない人物です。魔法毒を使った可能性を聞けば、全力を挙げて捕まえようとするでしょう」
それを聞き、ヴィルヘルミネは少し安心した。
「なら大丈夫ですわね」
「だといいんですがね⋯⋯」
レオーネの言葉は、歯切れが悪かった。




