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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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八十四

 リエーフの個室は、もともと客室のひとつだった。さすがに戦士達と同じ部屋にするわけにはいかないから──という建前のほかに、もうひとつ理由があった。

「今回の討伐失敗に関して、第一王子殿下が原因であることが戦士達にも知れているのです」

 スルージュは苦々しく言った。

「暗殺の件は漏れていませんが、特攻したのは多くの戦士が目撃しております。王子殿下のせいで、と思う者が出てくるのは当然でしょう」

「そういうことなら、俺のことも恨んでいいと思うんだが、不思議とそういうことは無いんですよね」

「第二王子殿下が群れの長を斃したのは事実ですし、怪我をして戻ってきたことから何かしらのアクシデントに巻き込まれたことも察しているのでしょう。帰ってきて積極的に掃討に回っているのも、好感を持つ要因ですね」

「一方第一王子殿下は、怪我の影響で挽回する機会さえ無い──と。しかたがないとはいえ、哀れですわね」

 ヴィルへルミネは肩をすくめた。

「一応訊いておこうかしら。スルージュ卿、貴方は第一王子殿下のことをどう思っていらっしゃるの?」

「⋯⋯確かに、第一王子殿下は許されないことをなさったのでしょう。それは私も否定しません」

 スルージュは言葉を選ぶようにゆっくりと言った。

「かといって、必要以上に嫌悪を向けられる理由も無いと考えます。勿論、責任は追及しなければならないでしょうが、それはことが終わってからです」

「そう⋯⋯貴方はとても理性的で、公平な方なのね」

 ヴィルへルミネは苦笑した。

「わたくしは個人的な恨みがあるから、つい先走ってしまうわ。もしもの時は、止めていただけると助かります」

「そ、そんな、皇女殿下に物申すなど」

「では、この件が終わるまで無礼を許します」

「⋯⋯善処いたします」

 何とも言えない表情になったスルージュにレオーネは同情しつつ、目の前の扉を見つめた。

「行きましょう」

「ええ」

 互いに頷き合い、レオーネとヴィルへルミネは部屋の中に入った。

 客室は談話室と寝室の二部屋で構成されていた。リエーフが寝かされているのは、当然ながら寝室である。

 寝室に入ると、すっかり嗅ぎ慣れてしまった血の臭いが三人を迎えた。そしてうわ言のような声も聞こえてくる。

「どうして⋯⋯すまない、すまない⋯⋯」

 弱々しい声に、ヴィルへルミネは目を見開いた。

 最後に会った時、リエーフはヴィルへルミネにやり込められて動揺していた。その時も弱りきった様子を見せていたが、今聞こえた声はそれ以上のものだったのである。


 ──第一王子は、本当に苦しんでいるのだわ。


 そう思った瞬間、リエーフに対する悪感情が薄れた。完全に消え去りこそしていないが、今目の前にいる相手を助けねばという使命感の方が前に出たのである。

「治療を開始しますわ」

「お願いいたします」

 スルージュに頷きを返し、ヴィルヘルミネはリエーフに歩み寄った。

 自分に近付た人間に気が付いたのだろう、リエーフはうわ言を止め、視線を動かす。そして目を見開いた。

「ヴィル、ヘルミネ⋯⋯殿下?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 ヴィルヘルミネは無言で手を組み、魔力を練った。

「”癒しを、この者に”」

 とたん、リエーフの身体を暖かな光が包み込む。荒かった呼吸は少しずつ正常なものとなり、微かに漏れ出ていた呻き声が収まっていった。

 光が消えた時、リエーフは眠りに落ちていた。だがその表情は先ほどより安らかで、明らかに様子が落ち着いたことが見て取れる。

 ヴィルヘルミネはふう、と息をついた。

「終わりましたわ。後は熱が引けば、目を覚まされるでしょう」

「ありがとうございます」

「失った腕や血は戻りませんし、熱がすぐ引くわけでもないでしょう。動けるようになるには、まだ時間がかかるでしょうね」

「いえ、兄上の傷を治してくれただけでありがいです」

 レオーネは安堵に頬を緩ませた。命を狙われたかもしれないとはいえ、実の兄が苦しむ姿に胸を痛めていたのである。もう大丈夫だと思うと、肩の荷が降りた気分だった。

「後は兄上から暗殺の件を聞き出すのと、走竜の掃討ですね」

「走竜に関しては、騎士達をお使いくださいませ。そのために連れてきた者達ですし、マルダス語も話せる者ばかりですから、意思疎通も問題無いかと」

「ありがとうございます。ヴィルヘルミネはどうしますか?」

「わたくしも、勿論参加しますわ」

 寝室を出たふたりの会話を聞いて、スルージュは硬直した。

「こ、皇女殿下がご参加されるのですか⁉」

「スルージュ卿はご存知無いかもしれないが、ローディウムの皇族は自ら戦う(すべ)を持っておられる方ばかりなんだ。事実、ヴィルヘルミネも魔狼の討伐に参加している」

「ここに来るまでに走竜とも戦ったわ。戦士達には及ばないまでも、足手まといにならない程度には実戦経験はあってよ」

 それらを聞いて、スルージュは倒れそうになった。

 魔法という、マルダス人にとっては奇跡の技を使って戦士達を救った慈悲深い聖女かと思いきや、勇ましい戦乙女だったのである。彼の衝撃たるや、凄まじいものだった。

「ああでも、できればレオーネと行動を共にしたいですわ」

「いいですけど、魔法が使える者は分散した方がいいのでは?」

「そこも抜かりありませんわ。連れてきた騎士達は皆魔法も使えますの」

「それもそうですね。そういえば、皆顔見知りばかりだ」

「その辺りも厳選しましたの。マルダス語が喋れて、魔法が使えて、レオーネと面識がある騎士──志願者が多くて、選ぶのが大変でしたわ」

「そう⋯⋯なんですか?」

 客室を出たレオーネは、思わず足を止めた。

 瞬きを繰り返す彼に、ヴィルヘルミネはおかしそうに微笑む。

「皆レオーネのことを心配していたのですよ。勿論、一番はわたくしですけどね!」

「そ、そうですか」

 赤面するレオーネに、衝撃から戻ってきたスルージュが言った。

「第二王子殿下は、愛されておりますな」

 とうとう耐えられなくなったレオーネは、その場にうずくまった。

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