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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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八十三

「えっ、第二王子殿下の婚約者、ですか?」

 領館に帰還したレオーネは、さっそくスルージュにヴィルへルミネを紹介した。するとスルージュはぎょろりとした目を見開いてレオーネとヴィルへルミネを見比べる。

「はじめまして、スルージュ卿。ローディウム帝国第三皇女、ヴィルへルミネ・カルンシュタインと申しますわ」

「っ⋯⋯⁉」

 ひゅっ、と息を飲んだスルージュは、慌ててひざまずいた。

「この地を任されておりますスルージュと申します! まさか皇女殿下がお越しになるとは夢にも思わずっ」

「ああ、楽になさって。急に来たのはこちらなのだから」

「は⋯⋯!」

「それより、貴方にお願いしたいことがあるの。わたくしに、怪我人の治療をさせてくれないかしら」

 ヴィルへルミネの言葉に、スルージュは目を剥いた。

「皇女殿下がですか⁉」

「わたくしは治療魔法が使えるの。欠損などは再生できませんが、命があれば問題無く救うことができるかと」

「⋯⋯!」

 これを聞いたとたん、スルージュの表情が変わった。

「こちらへお越しください。怪我人を集めた部屋にご案内します」

「お願い」

 ヴィルへルミネは頷き、レオーネとヴォルフ、ラルクを伴って怪我人のいる部屋に向かった。



 怪我人は三つの大部屋を使って寝かされていた。ヴィルへルミネは全ての部屋に行き、戦士達の怪我を癒やしていく。

 三つ目の部屋の怪我人を治したところで、ふう、と息をつくと、レオーネがそっと寄り添った。

「大丈夫ですか?」

「ええ。これぐらいなら、何とか」

「あまり無理はしないでくださいね」

 心配そうに覗き込むレオーネに、ヴィルへルミネは微笑んだ。

「苦しい時は、ちゃんとお伝えしますね」

「そうしてください」

 そんなふたりに、戦士達がわっと駆け寄った。

 とっさに前に出たヴォルフとラルクをものともせず、戦士達は声を上げる。

「ありがとうございます、ありがとうございます⋯⋯!」

「もう二度と立ち上がれないかと思っていました。本当にありがとうございます!」

「命があるのは貴女のおかげです、ありがとうございます!」

 涙でぐしゃぐしゃにしながら感謝を伝える戦士達に一瞬面喰らったものの、ヴィルへルミネは嬉しそうに微笑んだ。

「皆さんが命を繋いでよかったわ。本当なら、欠損も治してあげたかったけど⋯⋯」

「命があるだけありがたいのです!」

「治療どころか生還することすらできなかった仲間もいます。彼らの分まで生きられることが、本当に嬉しいのです」

「正直もう駄目かと思っていました。皇女殿下のおかげです!」

 感謝の声は留まるところを知らない。それどころか、治療に従事していた医師や薬師達まで加わって、ヴィルへルミネを持ち上げ始めた。

「私達ではどうしようもない患者もいました。本当に感謝しています」

「ああ⋯⋯助けられないと思っていたのに。本当に、本当にありがとうございます!」

「そんな⋯⋯皆さん、落ち着いてくださいまし」

 おろおろと周りを見回すヴィルへルミネの横で、誇らしげに胸を張るレオーネ。

 そんな彼らを遠目で見ていた女性がひとり。

 女性──シャフナは、目の前で起こった奇跡に打ち震えていた。

「⋯⋯天使様⋯⋯?」

 ツッコむ者は、誰ひとりとしていなかった。


    ───


 ようやく落ち着いたところで、ヴィルへルミネ達は別室に移動した。その中にはスルージュだけでなく、シャフナもいる。

 シャフナの身の上話を聞いたヴィルへルミネは、心底同情的な声で言った。

「⋯⋯ご苦労されたのね」

「い、いえ! てん⋯⋯お姫様が被ったことに比べれば⋯⋯本当に、うちの妹が申しわけありません⋯⋯」

 最後は土下座しようとするシャフナを慌てて止め、スルージュはため息をついた。

「シャフナ嬢のことは第二王子殿下から聞き及んでおりましたが、まさか皇女殿下に妃殿下がそのような⋯⋯申しわけありません」

「気になさらないで。シャフナ嬢も、スルージュ卿も、アミラ妃殿下の行いとは無関係よ。咎められるべきは本人と──夫である第一王子殿下だわ」

「その兄上は、個室で治療を受けています」

 レオーネは言った。

「背骨の件ですが、幸いにも下半身不随には至らなかったようです。ただ、それでも起き上がることができませんし、このままいけば、後遺症が残るだろうと」

「それに怪我による発熱も深刻です。解熱薬を処方したいのですが、痛み止めとの兼ね合いで難しく⋯⋯」

 恐る恐る起き上がったシャフナが口を開いた。薬師としての発言に、ヴィルヘルミネは頷く。

「では、傷はわたくしが治しましょう。熱などは範疇外ですが、傷が治れば、自然と熱も下がるのでしょう?」

「おそらくは」

「ヴィルヘルミネ、大丈夫ですか?」

 レオーネの言葉に、ヴィルヘルミネは顔を上げた。彼の問いかけは、魔力が足りているのか、というだけではないようだった。リエーフに会っても大丈夫なのかと、ヴィルヘルミネを心配しているのだ。

 そんなレオーネに、ヴィルヘルミネは微笑みかけた。

「己の好悪で治療する者を判別するな──我が主フローラ様の教えですわ」

「⋯⋯解りました。でも、俺も傍にいますからね」

「心強いですわ」

 そっと手を握り合うヴィルヘルミネとレオーネ。それを見たシャフナがえっ、と声を上げた。

「お、おふたりはもしかして」

「婚約者同士だそうだ」

「⋯⋯‼」

 シャフナは飛び上がった。

「じ、じゃあ王子様を助けたっていう魔法は、お姫様が」

「⋯⋯そういえば」

 ヴィルヘルミネはシャフナを改めて向き合った。

「レオーネを助けてくださったのよね。わたくしからもお礼を言わせてちょうだい」

「そんな! 薬師として当然のことをそしただけですっ」

「皇帝陛下曰く、当然のことが、時に一番難しいそうよ」

 ヴィルヘルミネは言った。

「走竜の群れがいつ襲ってくるかもしれない中、貴女はレオーネを助ける選択をした。それはとても素晴らしい行いだと、わたくしは感じたの。だから素直に感謝を受け取ってちょうだい」

「っ⋯⋯!」

 シャフナは目を見開いたのち、ぼろぼろと涙を流し始めた。ぎょっとする面々を前に、シャフナは言葉を紡ぐ。

「わ、私が薬師をしているのは、生きるためです。ただ日々の食事を得るための、お金稼ぎの手段です。でも、そんな私でも⋯⋯誰かに凄いって、思ってもらえるんですね⋯⋯誰かに感謝されたり、していいんですね」

「⋯⋯ええ。事実、貴女はわたくしが来るまで、ここの怪我人を必死で治療していた。レオーネのことを助けてくれた。その行いを、貴女は胸を張って誇っていいと思う。貴女は素晴らしい薬師だわ、シャフナ嬢」

「はい⋯⋯はい⋯⋯!」

 ぐずぐずと洟をすするシャフナの手を、ヴィルヘルミネは取った。それにまた感極まったシャフナが滂沱の涙を流す。

 おろおろしつつもシャフナの背中を撫でるヴィルヘルミネを、レオーネは優しい眼差しで見つめていた。

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