八十一
マルダス側から用意された客室に移動し、荷解きをしてようやく落ち着いた頃、シュネーが口を開いた。
「レオーネ殿下の母君が見付かっていたなんて、知りませんでした」
シュネーとヴォルフには、レオーネの母の置かれた状況を話している。だからこそ、ヴィルへルミネが口にした情報が意外だった。
「わたくしも、お姉様に教えられて驚いたわ」
「皇太子殿下情報でしたか。ローディウム国内にいらっしゃるんですか?」
「それは言えないわ。どこで誰が聞いているか、解らないもの」
皇宮ならともかく、ここはマルダス──それも王宮の中である。プライベートが守られている客室といっても、それがどこまで通用するのか解らない。
ルゥリが行方をくらませた経緯を考えても、ここで軽々しく言うべきではないだろう。先ほどのだって、揺さぶりのために言っただけで、それ以上の情報を口にする気はさらさら無いのである。
「それより、明日からまた一週間馬車に揺られるのだし、しっかり休んでおかないと」
「そうですね! 道中魔物に襲われることもありましたし、また同じことがあると考えると、英気を養っておかないと」
「レオーネ殿下の元に行けば、走竜と対峙することになります。部下達には、気を引き締めるよう伝えましょう」
頷くシュネーの隣で、ヴォルフもしかつめらしく言った。そんなふたりに、ヴィルへルミネは微笑む。
「頼りにしているわ、ふたり共。勿論、ここにいない護衛の騎士達のこともね」
「それを聞けば、皆喜びますよ」
ヴォルフは嬉しそうに笑う。
その時、客室の扉がノックされた。
「殿下、お客様がお見えになってます」
「お客様?」
「レオーネ殿下の従者であるラルクです」
はっと顔を見合わせた三人は、すぐに入室を許可した。
ややあって、見覚えのある人間の男性が入ってくる。彼は恭しく頭を下げた。
「皇女殿下にご挨拶申し上げます」
「ええ。ラルク、久しぶりね。貴方は、討伐隊に加わらなかったのね」
「俺は戦闘面はあんまりなもんで」
男性──ラルクは苦笑して頭をかいた。
「でも、わたくしを訪ねたということは、一緒に行きたいのでしょう?」
「はい。正直、行方不明と聞かされた時は生きた心地がしませんでしたよ。なので、今度は張り付いてでも付いていくつもりです」
「ふふ、わたくしが貴方を拒否するはずがないでしょう? いいわ、一緒に行きましょう」
ヴィルへルミネがそう言うと、ラルクは深々と頭を下げた。
───
翌日、挨拶もそこそこに、戦装束をまとってヴィルへルミネは出発した。
向かう先は、レオーネのいるスルージュ領である。
「”鉄槌を”!」
ヴィルへルミネが放った光弾が、走竜の身体に直撃した。絶叫して倒れ込む走竜に騎士がとどめを刺し、戦闘は終了する。
「これで四回目ね」
鉄扇を下ろしたヴィルへルミネはため息をついた。
スルージュ領に入ってしばらくすると、数体で群れた走竜に襲われるようになった。おそらく、大群だった群れから離れた個体なのだろう。
魔物討伐に慣れたローディウムの騎士達は、ヴィルへルミネの支援もあって走竜を難なく倒していく。だが何度も同じことがくり返されれば、疲れも出てくるというものだ。
「討伐隊は再編されたと言っても、数は当初より少なくなっているでしょう。加えて散り散りになっていては、走竜の殲滅も難しい──レオーネも戦士達も、大変でしょうね」
「マルダスの戦士達は、ローディウムの騎士ほど魔物の知識がないと聞いています。魔法の支援もほとんどありませんし、魔法銀の武器も無いとなれば、苦戦は免れないでしょう」
ヴォルフが苦々しく言った。
レオーネの魔法があればまだ戦うことができるだろうが、彼の身体はひとつである以上、どうしても限界がある。
「走竜掃討に参加することも視野に入れた準備をしてよかったです」
「備えあれば憂いなしという言葉が東方にあると聞くけど、こういう時に実感するわね」
ヴィルへルミネは苦笑し、馬車に戻った。
「殿下、お怪我はありませんか?」
「無いわ。シュネーとラルクは平気?」
「はい。殿下はお気になさらず。身を守る程度の心得はありますので!」
「俺も、さすがに自分の身ぐらいは守れますよ」
ふんす、と気合を入れるシュネーとラルクに癒されながら、ヴィルへルミネは馬車の外を見遣った。
外では、騎士達が走竜の解体作業を行っている。
走竜の肉は食用に適さないものの、鱗や皮、牙や角は武具に加工できる。そうでなくとも、魔物を街道に放置するのは害しかないため、手間だとしてもこうして毎回解体を行っている。
「それにしても、これだけ斃しても魔晶石は一回も出てこないんですね」
「走竜から魔晶石が出る可能性は、結構低いのよ」
ラルクの疑問に、ヴィルへルミネが答えた。
「魔狼の方が出るぐらいだわ。竜種は確かに強いけど、走竜とワイバーンは変異種でもない限り大きいものも出ないわね」
「そういえば、魔狼討伐の際は結構魔晶石出てましたもんね」
「ええ。今回持ってきたのも、幾つかはそれだしね」
シュネーとヴィルへルミネの会話を聞いたラルクが、恐る恐る声をかけた。
「それ、レオーネ殿下に贈られたり⋯⋯?」
「全てではないけど、幾つかはそうね」
「⋯⋯レオーネ殿下が遠慮する未来が見えます」
「渡してしまえばこっちのものだわ。レオーネはちょっと、欲が無さ過ぎるもの。こっちから積極的に渡していかなきゃ」
「それには同意しますが⋯⋯って、ん?」
ラルクがふと視線を動かした。それを追いかけたヴィルへルミネは、ヴォルフが馬車に駆け寄ってくるのを見る。
「殿下、失礼いたします」
「どうかして?」
「馬が複数近付いてくる音を確認しました」
「馬? 走竜ではなく?」
「はい。いかがされますか?」
「⋯⋯様子を見ましょう。もしかしたら、討伐隊かもしれないわ。ただ、警戒は怠らないで」
「解りました」
頷いたヴォルフは騎士達に指示を飛ばし、自身は馬車の傍で待機した。向かいに座っていたシュネーとラルクは、素早くヴィルへルミネの隣に移動し、かばうような姿勢になる。
しばらくして、獣人以外の耳にも蹄の音が聞こえてきた。ヴォルフの言う通り、複数だ。
それから間もなく、馬を走らせる人影の姿が見えてきた。彼らは誰もが武装しており、物々しい雰囲気である。
その先頭に、ヴィルへルミネは見覚えのある姿を認めた。
無造作に伸びた焦げ茶色の髪をまとめ、白銀の斧槍を背負い、軽鎧を身にまとったその青年は、ある程度近付くと馬を止め、地面に降りる。
その青年に向けて、ヴィルへルミネは明るい笑顔を向けた。
「レオーネ!」
「ヴィルへルミネ⁉ なぜここにいるんですか?」
青年──レオーネは、馬車に走り寄った。ヴォルフの手を借りて馬車を降りたヴィルへルミネは、レオーネの胸に飛び込む。
「心配しましたわ!」
「え?」
「加護が発動したのを感じて⋯⋯いてもたってもいられなくて」
「あ⋯⋯」
レオーネははっとした後、ばつの悪い顔をした。
「あれ、ヴィルへルミネにも伝わるんですか」
「ええ。無事でよかった⋯⋯」
「ヴィルへルミネ⋯⋯」
ほっと肩の力を抜くヴィルへルミネを、レオーネは抱き上げた。そうされるのも久しぶりで、ヴィルへルミネは泣きそうになる。
「すみません、心配をかけましたね」
「ええ。でも、こうして会えてよかった」
ヴィルへルミネはレオーネの首元に抱き着いた。
レオーネの体温と、かすかに感じる鼓動が安心する。
──ああ、レオーネは生きている。
それを実感できただけでも、マルダスに来てよかったと、そう思えた。




