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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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八十

 ヴィルへルミネのマルダス入国は、出発から一ヶ月経ってからだった。入国したと言っても、すぐにマルダスの王都に着くわけではない。そこから更に一週間、馬車に揺られることになる。

「すでに暑いですねぇ」

 同じ馬車に同乗したシュネーがうんざりしたように言った。

 ヴィルへルミネが入国したのは、マルダスの北東部からである。それでもローディウムとの気温差には驚かされた。この時期、ローディウムではせいぜい暖かいぐらいなのだから。

「これで夜になったら寒くなるんだから、レオーネの言う通り、寒暖差が激しいのね」

 ヴィルへルミネは窓の外を眺めてため息をついた。

 マルダスはローディウムと比べ、日光が非常に厳しい。それゆえ夏用のドレスのほかに日傘や日除けのカーディガンなども持ってきたのだが、後者は寒さ対策としても正解だったのだろう。

「ヴィルへルミネ殿下、体調などは大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、ありがとう。わたくしよりも、騎士達や馬の方が心配だけど」

 ヴォルフを筆頭とした護衛の騎士達は、鎧ではなく薄青色の騎士服を着ている。暑さに慣れたマルダスの戦士達と違い、ローディウムの騎士達では金属鎧をを着た際の暑さに耐えられないという判断からだった。それでも日光にさらされるのだから、定期的に休憩を挟んでゆっくり進んでいる。

 旅路を進む中でも、定期的にマルダス──というよりレオーネの情報収集は行っていた。

 レオーネはどうやら、走竜の討伐中に一度行方不明となっていたようだ。だが二週間ほどのちに姿を現し、現在は散り散りになった走竜の掃討戦の指揮を執っているそうである。

 本音を言えばそちらに向かいたいが、国王を無視してマルダス国内を自由に動き回るわけにはいかない。当初の予定通り、一行は王都へ歩みを進めた。


    ───


 マルダス王夫妻は、微妙な緊張感を持ったままローディウムの皇女を迎えることになった。だが、かえってそれがよかったのかもしれないと、のちにマルダス王は振り返ることになる。

「マルダス国王陛下、並びに正妃殿下にご挨拶申し上げます。ローディウムの第三皇女、ヴィルへルミネ・カルンシュタインと申しますわ」

 謁見の間にて相対した皇女──ヴィルへルミネは、マルダス王にとって苦手とするローディウム皇帝夫妻を思い起こさせる少女だったのである。

 黄金を紡いだように輝く艷やかな髪に、血管が透けて見えるような白い肌、長い睫毛に縁取られた大きな瞳は春を思わせる淡い紫色だ。顔立ちは非現実なほど整っていて、薄緑色のローディウム式ドレスに身を包んだ身体は触れるのをためらうほどに華奢である。それでいてぴんと背筋を伸ばした姿からは近寄りがたい威厳が見えて、とても十三歳の少女とは思えぬ印象を与えた。

 長く尖った耳はマルダスでは見ないエルフの種族特徴だが、それがまた少女の印象をより幻想的に見せている。容姿といい服装といい、マルダスおいては異国どころか異界を想起させる少女だった。


 ──あの皇帝夫妻の子供だ。徒人(ただびと)ではないと思っておったが。

 ──ここまでとは思わなんだぞ。


 マルダス王は少女と、その背後に見え隠れする皇帝夫妻に冷や汗をかいた。

 おそらくマルダス王を含めた戦士達の何人かは、ヴィルヘルミネの立ち居振る舞いに油断ならないものを感じただろう。加えてマルダス王は漏れ出る魔力の圧も感じ取っていた。

 それが皇妃ミカエルシュナを思い起こさせて、マルダス王としては心臓に悪いにもほどがある。

 それでも、国王としての威厳を保たなければならなかった。

「よくぞ来た。わしがマルダスの王、スインガ・フェリドゥである」

「お会いできて光栄ですわ」

 重々しく放たれた声に怯むことなく、ヴィルヘルミネは笑みを深めた。マルダス王にはそれが、捕食者の笑みに思えてならない。

「わたくしはナミル。皇女殿下、マルダスは貴女を歓迎いたしますわ」

「もったいないお言葉ですわ、正妃殿下」

 正妃の方は内心が見えない笑みを浮かべていた。それにヴィルヘルミネも笑顔で答えるが、見る者が見れば、電流が走っていたように見えたかもしれない。

「今回は突然の訪問にお応えいただき、誠にありがとう存じます。お礼に、ローディウムからマルダスへ贈り物を持ってまいりました」

 ヴィルヘルミネは騎士達に指示して持ってきたものを見せた。大きな樽が、合計五つある。

「ホーソンベリーの果実酒ですわ。あいにくわたくしは味を知りませんが、皇帝陛下と皇妃殿下が愛飲している品ですの」

「おお⋯⋯! これはありがたい」

 マルダス王の腰が浮いた。

 ローディウム産の酒は味も品質もよいことで有名で、特にホーソンベリーを使ったものは皇室ご用達の品に指定されている。

 そもそも皇帝直轄領の名産のひとつがホーソンベリーなので、それを使ったものが御用達にならないわけがないのである。

「ところで」

 浮ついた空気に切り込むように、ヴィルヘルミネが口を開いた。

「レオーネ殿下の手紙で知りましたわ。かの方は今、走竜の討伐に向かわれているとか」


 ぴしり。


 と、音を立てて謁見の間が凍り付いた。誰もが直前の表情で硬直する中、ヴィルヘルミネだけが愛らしく微笑んでいる。

「下級とはいえ竜種です。わたくし心配で⋯⋯そのあまり、こうしレオーネ殿下の元に馳せ参じたくマルダスを訪れましたの」

「そ、そうか⋯⋯レオーネは、討伐のことをそなたに教えていたのだな」

「ええ。そのほかにも、マルダス王のご病気を治したことも聞き及んでおります。婚約者として、誇らしいことですわ」

 ひく、と片頬をひきつらせるマルダス王に対し、ヴィルヘルミネはただ微笑んでいる。美しい笑みだった。

「何にせよ、今日は王宮でゆるりとくつろがれるがよい。出発は明日でもよろしいだろう」

「勿論そのつもりですが、その前にひとつ、陛下にお願いしたいことがございますわ」

 こてん、と首を傾げるヴィルヘルミネに、謁見の間に緊張が走った。

 一体何を要求するつもりなのか、と身構えるマルダス王に、ヴィルヘルミネはそのお願いを口にする。

「わたくしとレオーネ殿下の婚約ですが、まだ正式に結ばれているわけではございません」

「⋯⋯うん?」

「ですので、こちらで正式に婚約を結びたいのです」

「何だ、そんなことか」

 マルダス王は安堵のため息を吐いた。

「よかろう、それぐらいのことはわけない。⋯⋯とはいえ、レオーネ本人がいない今は、その要求を通すわけにはいかんが」

「それは承知しておりますわ。では、レオーネ殿下と戻りましたら、その時に」

「うむ」

「では、結納品としてこちらもお納めくださいませ」

 ヴィルヘルミネは再度騎士達に指示して、今度は五つの箱を持ち出してきた。

 ひとつは片手で運べるほどだが、それ以外は騎士がふたりがかりで運ばねばならぬほど大きい。

「我が国の職人が造った革製品と真珠、銀、鉄、小麦粉ですわ」

「こ、これは⋯⋯」

「本来ならローディウムにお越しの際にお渡しするつもりだったのですが⋯⋯用意が無駄にならずに済んでよかったです」

 ヴィルヘルミネは嬉しそうに笑った。この場において、彼女だけがずっと笑っている。

「では、御前を失礼いたしますわ」

「うむ」

「──あ、そうそう」

 そのまま退室すると思いきや、途中で思い出したように振り返るヴィルヘルミネ。その時の笑みは、蕩けるようだった。

「レオーネ殿下のお母様にも、相応の結納金をお渡ししましたの」

「⋯⋯は?」

「なのでかの方のことは、ご心配なさらずともよいと思いますわ」

 最後に特大の爆裂魔法が放たれたようだった。活動停止したように動けなくなったマルダス王の耳に楽しそうな笑い声を残して、今度こそヴィルヘルミネは立ち去った。

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