七十九
マルダス来国の許可は、意外なほどあっさり出た。
「内政干渉と思われないように気を付けなさい」
それだけ言って許してくれたユリウスに感謝しつつ、ヴィルヘルミネは急いで出国の準備を進めた。
「ドレスは動きやすい夏物だけ持っていくわ。装飾品も必要最低限で。ああでも、ローディウムの品位を損ねないように、厳選はしてちょうだい。それと、戦装束も持っていくわ。装飾品に紛れ込ませて魔晶石も幾つか持っていきましょう」
シュネーを筆頭とした侍女達にそう指示を出し、ヴィルヘルミネは自分でも必要なものを一覧表にして挙げていく。
レオーネを守りたいという考えの元、マルダスに向かう決意を固めたヴィルヘルミネだが、国外に出るのは初めての経験となる。加えて、目的が目的のため、物見遊山のような準備で行くわけにもいかない。
結果、準備だけでもかなりの時間を要した。おまけに経路や手土産も考えねばならないことが多々あり、勉強や鍛錬の時間も並行して目まぐるしいほど忙しくなった。
そうしてようやく整ったのは、何と半月経ってからのことである。これでも急がせた方で、本来なら一ヵ月以上かかっていただろう。
その間に、レオーネの置かれた状況も解ってきた。
レオーネはどうやら、走竜の群れの討伐隊を任されたようだ。最下級とはいえ竜の一種である。それも、異常に集まったものの討伐に向かったのだ。何が起きてもおかしくはないだろう。
──けれど、本当に走竜が原因なのかしら。
今レオーネがどういう状況になっているのかはまだ解らない。走竜相手に発動した可能性は、充分にあり得る。
だが、本当にそれだけなのかと、脳内で警鐘が鳴っている。ささやかだが、無視してはいけない音だと感じた。
そんな慌ただしい準備期間を経て、ヴィルヘルミネはマルダスに向かったのである。
───
マルダス王は、絶え間無く変わる状況に頭を抱えた。
走竜が群れを成して移動しているという報告を聞き、それをレオーネに押し付けた。すると嫌っていた魔法を広める結果に繋がってしまい、おまけにリエーフまで討伐に向かうと言い出す始末。
いざ蓋を開けてみれば、レオーネは群れ長を斃した後に行方不明、代わりに指揮をとったリエーフは独断専行により再起不能の重体。
そんな報告の後、突如ローディウムの第三皇女ヴィルへルミネが来国するという手紙が来て、とうとうマルダス王はひっくり返った。
「どうして、こうも問題が重なるのだ⋯⋯!」
マルダス王は頭を抱えた。
リエーフの重体とレオーネの行方不明もかなりの問題なのに、そこにきて皇女来国。もし皇女が来るまでにレオーネが見付からなければ──見付かったとしても、無事な姿ではなかったら、国際問題に発展する。
そもそもなぜレオーネは行方をくらませ、リエーフは特攻をしかけたのか。
レオーネはいないし、リエーフは意識こそあるがまともな受け答えができる状態ではないらしい。状況が全く解らないのだ。
「まずはリエーフだが⋯⋯こうなっては廃嫡するしかないのか」
唯一の懸念は、リエーフの運命の番だった。
運命の番との間に生まれた子供は、優秀なことが多い。マルダス王もそれが解っていたからこそ、条件付きでも平民のアミラを受け入れたのだ。
だがもし廃嫡とした場合、子供が生まれても王族として認められない。当然継承権も与えられないのだ。
流産したとはいえ、アミラが妊娠できることは証明されている。今後のことも考えて、王籍だけは残すべきだろうか。
「へ、陛下」
ひとりぐるぐると悩んでいると、文官が恐る恐るといった体で声をかけてきた。
「何だ⁉」
「ひっ⋯⋯あの、正妃殿下から、先触れが⋯⋯」
「⋯⋯何だと?」
マルダス王の片眉が跳ね上がった。
正妃がマルダス王の執務室を訪れるのは珍しい。確かにマルダス王の仕事を手伝うことは多いが、間には文官を挟むため、直接確認を行うことはない。
そもそも妃の仕事は、王家の子供を産むこと。仕事の手伝いは、副次的なものに過ぎない。だから正妃が執務室に来ることは、本当に滅多にないのだが──
「今は忙しい。会えないと伝えろ!」
「で、ですが正妃殿下が、第一王子殿下のことで話したいことがあると」
「⋯⋯何?」
このタイミングでリエーフのことを出してこられると、マルダス王は拒否するわけにはいかない。逡巡したのち、結局正妃に会うことになった。
「お時間いただき、ありがとうございます」
正妃はそう言うと、じっとマルダス王を見据えた。その目に、マルダス王はたじろぐ。
マルダス王は昔から、正妃のカーネリアンの瞳が苦手だった。夕焼けにも似たこの瞳は、その色味に反していつも冷たく自分を睨み付けているように見えるからである。
「⋯⋯リエーフのことで、話があるとか」
「ええ」
マルダス王が水を向けると、正妃は頷いた。
「陛下は、あの子を飼い殺しにするおつもりなのでしょう?」
「は──」
「あの子が再起不能の重体を負ったことは聞いています」
「だ、誰から」
「あら、わたくしに情報収集ができないとお思いですの?」
正妃は微笑んだ。あまりに冷たい唇に、マルダス王の背筋が凍える。
「はっきり申し上げます。あの子を廃嫡になさいませ」
「それは」
「勿論、放り出すわけではございませんわ。適当な貴族籍を与え、生涯苦労せずともよい環境を整えるのです。子は、さすがに諦めてもらうしかありませんが」
「せっかく運命の番を見付けたのだぞ⁉ 優秀と解っている孫を諦めろと言うのかっ」
「そうせざるをえない状況を作ったのは、あの子自身です」
正妃はため息をついた。
「いえ、あの子だけの責任ではありません。ことここに至るまで、止められなかったわたくし達自身の責任もありましょう」
「わしは関係無いだろう!」
「本当にそう思っておいでなのですか?」
「っ⋯⋯!」
「⋯⋯まあ、いいでしょう。それともうひとつ、廃嫡の際はアミラ妃との離婚も視野に入れてくださいませ」
正妃は目を細めた。
「あれに妃は荷が勝ち過ぎていたのです。そして、今後あの子を支え続けるのも難しいでしょう」
「だが、あれはリエーフの運命の番で」
「⋯⋯運命、ですか」
正妃は笑みを深めた。冷たい笑みを。
「運命の番とは、何なんでしょうね」
「は?」
「ご存知ですか、陛下。若い世代は運命の番に対する嫌悪感を示す者が一定数存在するのですよ」
「⋯⋯?」
マルダス王は、なぜ正妃が突然そんなことを言い出したのか解らなかった。だが正妃は、話を止めることは無い。
「二百年前の龍皇帝の引き起こした戦争、そしてマルダスで起こる運命の番に端を発した事件の数々──これらに触れて、運命の番に出会いたいと考える方が稀でしょう」
「何が⋯⋯言いたい」
「運命と言いながら、必ずしもふさわしい相手と、祝福されて結ばれるわけではないということですよ」
正妃は皮肉げに言った。
「そうでしょう? アミラ妃は王太子の妃にふさわしい人物でしたか?」
問われて、マルダス王は答えに窮した。
アミラはリエーフの頼み込みにより、正妃の家門に養子入りしている。マルダス王以上に、正妃はアミラの不出来さを知っているだろう。
「彼女にあの子の妻の座は過ぎたものだった。それだけなのです」
「だが⋯⋯だが」
「陛下、それだけ運命の番にこだわりたいのなら、第四側妃を迎えるべきではなかったのですよ」
今度こそ、マルダス王は凍り付いた。
レオーネの母──マルダス王の側妃であるルゥリ。未だ行方が解らず、早く離婚しろとせっつかれている女。
魔法嫌いのきっかけになった、ある意味因縁の女。
「彼女の元婚約者は、彼女の運命の番でした。それを解っていながら、無理矢理召し上げたのは貴方でしょう?」
それを最後に、正妃は執務室を後にした。




