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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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78/116

七十八

 若干の残酷、グロ描写があります。苦手な方はご注意ください。

 傷の手当を受けたレオーネは、スルージュの領館に戻るのではなく、走竜の群れがいた場所の様子を見にいくことにした。

「ひとりで大丈夫ですか?」

 心配そうなダインに、レオーネは頷いた。

「ひとりの方が身軽だからな。それと、ダイン殿とシャフナ嬢にお願いしたいのだが」

「勿論、王子様のことは秘密にします」

 シャフナは心得ているといった風情で頷いた。察しがいいのも、薬師の必須技能なのだろうか。

「⋯⋯俺の立場上、領主様に秘密にするわけには」

「それは解っている。スルージュ卿には、ほかに秘密にしてくれれば言ってくれて構わない。暗殺の危険を話せば、兄上達に伝えることは無いだろうしな。なに、少し帰還を遅らせるだけだ」

 少し話した程度だが、スルージュが信用の置ける人物であり、また聡明な領主であることは理解していた。今回のことも、しばらく黙っておくぐらいはしてくれるだろう。

「王子様、これ痛み止めです。それと、傷薬も」

 シャフナはふたつの薬瓶を渡した。レオーネは先ほどから感じていた疑問を口にする。

「シャフナ嬢は魔法が使えるのか? 先ほどから使っていた薬も魔法薬だし、瓶自体にも保護の魔法がかかっている」

「あ、はい、初級ですけど。昔錬金術を使える方に、基礎だけ教えてもらったんです。おかげ様で、質のいい薬が作れるようになりました」

「錬金術⋯⋯」

 レオーネは首を傾げた。

 マルダスはとことん魔法に縁が無く、レオーネの魔法もローディウムに行くまでほぼ独学になるほど、専門の知識人がいなかった。

 唯一、母ルゥリの伝手で錬金術が専門の魔術師が見付かったので、そちらはかなりの習熟度となったが、他者に教えられるだけの実力者がほかにもいたのだろうか。

 ちなみにその魔術師は、現在ルゥリと行動を共にしているはずだ。

 ともあれ、行動は決まった。シャフナとダインを見送ったレオーネは、斧槍を背負った。


    ───


 レオーネ達が走竜を襲撃した場所には、すでに群れの姿は無かった。

 そのことはすでに解っていたことなので、周囲を警戒しつつその場所に近付く。

「うっ⋯⋯」

 レオーネは反射的に鼻と口を押えた。

 その場所には肉と血が散らばり、処理されずに放置されていた。スルージュ領は比較的涼しい気候だが、春の陽気も手伝って腐敗が早い。

 幸か不幸か、走竜達が喰い尽くしたおかげで、見た目はそれほど酷い有様ではなかった。

 もっともそれは、戦士達の遺体を回収できないということも指している。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 レオーネは短く黙祷を捧げ、目的のものを探すために歩を進めた。

「⋯⋯まさか丸々残っているとは」

 レオーネはすっかり固まった地面に半分沈んだ走竜の遺骸を見上げ、安堵のため息をついた。

 ほかのものと同様、喰い荒らされていることを覚悟していたのだが、走竜が避けていたのだろうか。

 レオーネはマスク代わりに布を鼻と口元に巻き、斧槍で走竜の腹を裂いた。

「⋯⋯やっぱり、あった」

 その腹の中から、大きな魔晶石がごろりと飛び出した。人の頭ほどもある大きさのそれは、走竜程度が持つには明らかに不自然なサイズである。

 布で綺麗にしたレオーネは、更に詳細を調べるためにじっと観察した。


 ──すでに研磨した形跡がある。

 ──それに⋯⋯属性付与もされているな。


 これだけでもかなりの成果だと思ったレオーネは、炎走竜の角と牙も回収して、周囲を見回した。

 マルダスの戦士は戦場で命を落とした際、遺体の代わりに武具で個々人を判別することがある。破壊されているのがほとんどであるものの、武具はある程度原型を留めているため、回収すればせめて遺族が弔うことは可能だろう。

 だがレオーネひとりでは、炎走竜の討伐成果を持ち帰るだけでせいいっぱいである。後ろ髪引かれながら、レオーネは次の目的地に向かった。


 ───


 走竜の群れはスルージュ領の北西側──旧龍帝国の元領土から発生した。

 現在空域となっているところは、文字通り法が届かない場所となっている。深い森と切り立った崖、厳しい山岳地帯という三重苦によって、龍帝国時代から人類未踏の地なのだ。

 それゆえ、そこで魔物の群れが形成されると、発見が遅れるのである。

「⋯⋯さすがに、何の準備も無くここに突っ込むわけにはいかないかあ」

 レオーネは森の入口──とは言うものの、ただの獣道であるため、それを入口と呼ぶべきかは疑問の余地がある──から中を覗き込み、ぼやいた。

 本来なら討伐隊を使って調査するところなのだが、その討伐隊が壊滅してしまったため、これ以上踏み込むことができない。

 だが、少なくとも炎走竜がこの森から出てきたのは間違いないようだ。ところどころ焼け焦げたところがあり、走竜の足跡らしきものも発見できた。集団の発生源を見付けられただけ、よしとするべきだろう。

「さて、次の問題は走竜の群れだが⋯⋯」

 レオーネはしばし悩んだ。

 魔物の群れは、群れの長を失うと散り散りになる傾向がある。走竜も例外でない。そのため、魔物討伐では周辺に魔物が逃げ出さないように、囲い込んで討ち取るのが定石だった。

 今回のように群れが散らばった場合は、討伐側も各個撃破することになる。

 叶うなら討伐して回りたいが、幾ら身体強化しても徒歩でそれは無理である。

 かといってスルージュの領館に無策で戻るのは、一番の悪手だろう。しかし、いつまでも放浪しては走竜の群れを駆逐することはできない。何しろこの時点で、すでに一週間ほど消費しているのだ。

 それにリエーフを含めた討伐隊の現状も気になる。

「手間だけど、常に防護魔法をかけて、食べるものは水属性の浄化をかけて、自衛するしかないか」

 レオーネは天を仰いだ。

 現在レオーネは、行方不明という扱いになっている。このまま放置していると死亡扱いになりかねないし、スルージュもいつまでも黙ってくれるとは限らない。なら自主的に姿を現すのが一番いいのだろう。

 レオーネは森に背を向けた。近いうちに調査隊を組むことを、心に決めながら。


    ───


 アミラはリエーフが王太子から降ろされて以来、部屋から出なくなった。自分が王太子妃でなくなった事実が、どうしても信じられなかったからだ。

「どうしてよぉ⋯⋯あたしはただ、幸せになりたいだけなのに⋯⋯どうしてこうなるのよ」

 嘆くアミラは、平らな腹を撫でて、ひたすら涙を流す。泣き暮らし、まともに食事も摂らないため、すっかりやつれ果て、美貌は見る影もなかった。

 それでも、哀れな声は男を誘うには充分な響きがあった。それは彼女の生来の性質によるものだろう。

 アミラという人間は、男にとことん寄りかかり、自立することを知らない女だった。貧民街時代から、自分ひとりの足で立つことを知らなかった。

 母や姉のように、自活する素養も技能もあった。それなのに寄生するような生き方をするのは、それがアミラにとって楽だからだ。楽に贅沢できて、着飾れて、幸せになれる。

 だからこそ、アミラは意識無意識区別無く、男を誘う(すべ)を磨いた。自分の望むものを一番簡単に手に入れられる方法がそれだと知っていたから。

 そんな彼女だからこそ、その男(、、、)は利用することを選んだのだ。

「失礼いたします、アミラ妃殿下」

 いつの間にか、部屋には商人が入ってきた。声をかけられたアミラはおびえるように身体をふるわせ、振り返る。

「あんた⋯⋯」

「お可哀想な妃殿下。他者に幸せを奪われて⋯⋯貴女は何も悪くないのに」

「⋯⋯そう⋯⋯そうよ。あたしは何も悪くないの。なのに、周りがどんどん悪くなって」

 同情を向けられ、アミラはすがるように強張った笑みを見せる。商人は同意するように頷いた。

「ええ、ええ。貴女は何も悪くないのです。なので、ここから貴女を救い出そうと思います」

「本当?」

「はい。でも、その前に、こちらを」

 商人はそっと青い小瓶を差し出した。

「心を落ち着かせる薬です。これで、まずは精神を整えましょう」

 差し出す商人の目は、どこまでも冷たかった。

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