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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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七十六

 リエーフにとって、王位は手に入って当然のものだった。

 継承権は第一位。弟は側妃腹のレオーネと、歳の離れたレーヴだけ。ほかの王位継承権持ちは臣籍降下しているため、実子より上に行くことはまずありえない。

 だから、リエーフが王太子、ひいては国王になるのは、既定路線のはずだった。


 なのに、どうして自分は王太子ではなくなっているのだろうか。

 どうして、身体が動かなくなっているのだろうか。



「う、あ⋯⋯」

 リエーフは鈍い痛みに呻いた。

 全身の感覚が、遠い。僅かに身じろぐだけで、身体が動くことを拒絶しているようだ。


 ──当然か。背骨を折ったんだから。


 リエーフは自嘲気味に思い返した。

 レオーネという指揮官が突然姿を消し、戦士達は当然混乱した。それを見計らって、リエーフは戦場に足を踏み入れたのである。

 レオーネが付与した風の魔法や、作り出した沼は術者が消えても存在した。それゆえ、戦線には影響が無い──そう思ってのことである。

 だが、この考えは間違っていた。

 功を焦ったリエーフは、周囲の反対を押し切って突撃し、周りもそれに続かざるを得なくなり──結果、無策で走竜に向かった隊はあっという間に瓦解した。

 リエーフが連れてきた戦士達はもれなく戦死し、リエーフは命こそ助かったものの、片腕を失った上に、背骨も折ってしまった。

 不幸なことに、それら全てでリエーフの意識が途切れることは無かった。だから、突撃した時の高揚も、隊が瓦解した時の焦燥も、腕が噛み千切られた激痛も、背骨が折れた時の恐怖も、全て記憶している。

 皮肉にも、父親譲りの頑健さが裏目に出てしまった形だ。

 今は鎮静薬を投与されているため鈍痛で済んでいるが、それが切れたら激しい痛みにのたうち回ることになるだろう。


 ──報いなのだろうか、これが。


 リエーフはふと、弟レオーネのことを思い浮かべた。

 約束された王位が遠のき、途方に暮れたリエーフに、商人はこう言ったのだ。

「なぜ王太子の座から退くことになったのか、その理由を考えるべきでしょう」

 その言葉に、リエーフが思い至ったのがヴィルヘルミネとレオーネの存在である。

 ヴィルヘルミネに拒絶され、レオーネがローディウムに行ってから、うまくいかないことが増えた。己のせいだと理解はしていても、そもそものきっかけはふたりなのだと、そう考えたのだ。

 加えて、商人はこうも言った。

「魔物討伐に参加されると聞いて、手助けになればと思ったのですが、殿下のお名前を出したとたん、態度を硬化させまして……よほど殿下と関わりたくないと見えました」

 それに、レオーネから疎まれていると知った結果。


 ──そちらが疎むなら、こちらもそうするだけだ。


 そんな昏い決意のもと、リエーフはレオーネを排除することに決めた。

 レオーネさえいなければ、自分は王太子から転がり落ちることはなかったのだから。

 ヴィルヘルミネからも、あれほど冷たくされることも無かったのだから。

 そう思って──思い込んで──動いて。


 その結果が、今のこの状況である。


「っ⋯⋯くそ」

 リエーフは動かない身体に歯噛みする。だが、レオーネは身じろぐことすらできない身体になったのだ。

 リエーフは討伐に無理矢理参加した。マルダス王達には名誉挽回のための参加だと言ったが、その真意はレオーネの暗殺である。

 手勢の戦士達の中に商人の紹介した者を紛れ込ませ、レオーネに毒矢を向けさせた。それはリエーフが初めて抱いた、他者への害意だった。

 だがそれによって隊の統率は崩れ、リエーフは再起不能な重傷を負った。リエーフに残されたのは、なぜあんなことをしたのかという後悔である。

 あの時、レオーネを毒矢で射なければ、そうでなくとも毒を仕込まなければ、いやそもそも矢を放たなければ──

 結局のところ、全て自業自得という言葉に行き着くのだ。


 ──こんなことになって、今更気付くなんて。


 自分という人間は、とことん愚かだったと突き付けられて、リエーフは哀しいやら恥ずかしいやら、もうわけが解らなかった。


 ──アミラは、こんな俺も愛してくれるだろうか。


 リエーフは最愛の妻を想う。

 流産と王太子妃からの転落というふたつの事柄が、アミラにとってはよほど衝撃的だったらしく、帰国から部屋にこもって出てこなくなった。リエーフのことも拒絶しており、運命の番に触れ合えないことが、リエーフをますます追い詰めた。

 だが、そもそもアミラを最初に追い詰めたのはリエーフであるため、強く出ることができなかった。それがますますリエーフを追い込むことになり、あんな凶行を起こしたのだ。

「すまない⋯⋯すまない⋯⋯」

 リエーフはすすり泣きながら、迫りくる痛みにひたすら耐えていた。


    ───


 レオーネの怪我は決して浅くないものの、それほど重傷というわけではないので、シャフナの診察を改めて受けてから動くことにした。

 手際よく治療を行うシャフナを、レオーネはじっと見つめる。

 何度見ても、シャフナはアミラによく似ていた。アミラがおしとやかな振る舞いを身に着ければ、それこそ姉妹のように見えるだろう。あるいは、本当に血縁者なのかもしれない。


 ──そういえば、アミラはもともと平民だったな。


 レオーネは思い切って尋ねてみることにした。

「シャフナ嬢、貴女の血縁者に、アミラという女性はいるだろうか」

「⋯⋯!」

 シャフナは虚を突かれた顔をした後、観念したように頷いた。

「ええ。アミラ──王子様のお兄様のお妃は、私の双子の妹です」

 その言葉に、やはり、という思いと、まさか、という思いが入り混じった。傍で見守っていたダインは、当然ながら想定外の言葉に硬直している。

「アミラ妃には、姉妹がいたんだな」

「何も言っていないんですね、あの娘⋯⋯まあ、らしいと言えばらしいですけど」

 シャフナはため息をついた。

「両親はすでに他界しているので、お互いが唯一の血縁のはずなんですけどね」

「しかし、なぜ貴女の存在が王宮で知られていないんだ?」

「あの娘は流れの商人の甘言に乗って、街を飛び出しちゃったんです。その先でお妃様になったんだから、それが正解だったのかもしれませんが⋯⋯」

「流れの商人ね⋯⋯」

 レオーネの脳裏に、リエーフの御用聞き商人を名乗る男が浮かんだ。あの胡散臭い雰囲気と一瞬見せた冷たい眼差しが、どうにも引っかかってしかたがなかった。

「なあ、その商人って、ローブにターバンを被った、黒髪黒目の男じゃなかったか? マルダス人とは趣が違う顔立ちの男だ」

「多分⋯⋯そうだと思います。でも」

 シャフナは迷うような素振りを見せた後、首を振った。

「彼、多分人間ではないですよ。あ、この場合種族という意味の人間ですね」

「え?」

「薬師という職業柄、色んな人を見てますから。おそらくですけど⋯⋯彼は多分、竜人です」

 竜人。エルフと並んで寿命が長く、高い魔力と強靭な肉体を持つ種族だ。

 だが。

「竜人には角と翼がある。とてもじゃないが、あれぐらいのローブやターバンでは隠せないはずだぞ」

 竜人の種族特徴として、角と翼がある。服や被り物では隠せないほど大きなそれは、竜人にとって誇りの象徴だ。勿論自ら折ったりすることは無いし、そうやすやすと触れさせることも無い。

「ええ。だから、多分なんです」

 シャフナはしかし、確信を持って言った。

「あんな風に体型や頭を隠すような恰好をしているのは、折れた角や翼をを隠しているからではないでしょうか」

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