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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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七十五

「申し遅れました、私はシャフナと申します。近くの街で薬師をしております」

 女性──シャフナは頭を下げた。見れば見るほど兄嫁に似た姿に、レオーネは困惑する。

「ここは、私が薬草を積む際に使っている小屋なんです。ここ一ヶ月は使ってなかったんですが⋯⋯」

「⋯⋯走竜の群れか」

「はい。ただ、一昨日はどうしても必要な薬草があって、危険を承知で来たのですが⋯⋯それで貴方を助けられたのですから、これも太陽神様のお導きでしょう」

 シャフナは信仰心の篤い女性のようだ。もっとも、マルダスで太陽神ヘイオストルを信仰しているのは珍しくない。

 レオーネは小屋を見回した。

 レオーネとシャフナ、ふたりだけでいっぱいになるような、狭い小屋だ。壁に斧槍が立てかけてあるので、余計手狭に感じる。

 ただ、造りそのものはしっかりしており、レオーネが寝かされているベッドも、小さいながら清潔なものだ。掃除も行き届いていて、粗末だが一時腰を落ち着かさせるには問題無いものである。

「助けてもらって、感謝する。俺は⋯⋯」

 ここでレオーネは言葉を詰まらせた。

 アミラによく似た彼女に、自分の身分を明かしていいのかという疑問が沸き起こったのだ。

 だんまりになったレオーネに、シャフナは眉尻を下げた。

「あの⋯⋯貴方が何者かは知りませんが、王族や貴族に連なる方であることは理解しています」

「それは⋯⋯」

「この国で獅子の獣人は、王族やその血を引く方々ですから⋯⋯」

「それは、まあ」

 獣人としての種族特徴は、隠せるものではない。似通った特徴を持つならともかく、獅子は割と解りやすい部類だ。


 ──あるいは、アミラから聞いたか。


 未だアミラとの関係性を疑っているレオーネは、姿勢を正した。

「改めて、名乗らせていただく。俺はマルダス王国第二王子レオーネ・フェリドゥだ」

「第二王子⋯⋯」

 シャフナの顔から血の気が引いた。王族に連なることは予想していたのだろうが、まさか王族そのものだとは思っていなかったようだ。

「お、王子様が、なぜあんなところで⋯⋯」

「むしろ俺が聞きたいんだが──一体俺は、どこで倒れていたんだ? 毒矢に射られたことは覚えているんだが」

 レオーネの記憶は、走竜との戦場で途切れている。戦士達や兄は無事なのか、と思いかけ、リエーフが連れていた手勢の中に弓矢を持つ者がいたことを思い出した。


 ──兄上か、兄上に近しい人間が、俺の暗殺を企てたってことか?


 普段のリエーフが相手なら、候補にも挙がらなかっただろう。

 だがローディウムでの一件や、遠征に参加した時の様子から、その可能性を視野に入れなければならなくなっている。

 疑いたくないものの、疑わなければならない状況に、レオーネは苦々しい思いだった。

「えっと⋯⋯ここはネイトという街の近くにある森のほとりです」

「ネイト⋯⋯走竜達の群れがいた場所から、一番近い街だな。だが、住民は全員避難したはずだが」

「はい。避難先で、領主様に薬師として雇われております」

「スルージュ卿だな」

「はい」

 シャフナは頷いた。

「ですが、薬草が足りなくなってしまって⋯⋯領主様に護衛を借りて、ここまで採りに来たんです」

「薬草が足りなくなるほどのことが起きたのか?」

「はい。その⋯⋯走竜の討伐をしにきた隊が、半壊したそうで」

「何だと⁉」

 レオーネは飛び上がりそうになった。つい勢い込んで、上体を乗り出す。

「半壊したとはどういうことだ⁉」

「え、えっと⋯⋯隊を統括する王子様が行方不明になって、代わりに指揮したもうひとりの王子様が、無茶な指揮をしたからだって、戦士様が⋯⋯って」

 シャフナの顔色が変わった。

「あの、王子様は」

「⋯⋯その行方不明だっていう王子だな」

「えぇ⁉」

 シャフナが悲鳴のような声を上げた。次の瞬間、小屋の扉が開かれる。

「シャフナ殿、どうかしましたか⁉」

 現れたのは、屈強な身体付きに鎧を着込んだ、精悍な若者だった。彼が護衛の戦士か、とレオーネが見やると、若者が頭を下げる。

「失礼しました! ⋯⋯あの、何が?」

「せ、戦士様。この人、行方不明だった王子様です!」

「え⁉」

 若者はまじまじとレオーネを見つめた。

「⋯⋯第二王子殿下でいらっしゃいますか?」

「ああ。おまえは、スルージュ卿の配下の者だな?」

「はっ。ダインと申します」

 敬礼した若者──ダインに、レオーネは楽にするように言った。

「正直、状況が解らないんだが⋯⋯先に色々と確認したい」

「俺が答えられることでしたら、なんなりと」

「ありがとう。まず、討伐隊が半壊したと聞いたが、事実か?」

「はい。とはいえ、殿下のご活躍のおかげで、群れの長自体は討伐されていると聞いてます」

「ああ。それは俺自身が確認している。奴の死体は回収──されてないよな、半壊したなら」

「残念ながら⋯⋯」

「それは、痛いな」

 レオーネは顔をしかめた。

 明らかにおかしい炎走竜を調べられないことは、今後のことも考えて失態というほか無い。毒矢にやられなければ、とレオーネは歯噛みするが、それより気になることが幾つかあった。

「俺が行方不明になっていることは、俺が倒れた理由も解っていないということか?」

「少なくとも、俺は聞かされておりません」

「そうか⋯⋯」

「ですが、王子様が毒と矢に傷付けられたのは事実です」

 シャフナが言った。

「見付けた時、矢が刺さったままでしたし⋯⋯毒に侵された形跡もありました。ただ、それにしては王子様は、見付けた時点で毒が消えていたんですけど⋯⋯」

「それは、多分俺の婚約者のおかげだ」

 レオーネは胸元に手をやった。そこには、今もヴィルヘルミネの魔晶石が輝いている。

「俺の婚約者は、高位の神聖魔法が使えるんだ。彼女から加護をもらっていたから、毒が無効化されたんだと思う」

「そ、そんな魔法があるんですか」

 ダインが戸惑った。シャフナも目を見開いている。

 魔法に縁遠いマルダスの人間にとって、低位の魔法でも馴染みが無いだろう。ましてや高位魔法など御伽噺扱いである。

「ともかく、それで命が助かったわけだが⋯⋯兄上が無茶な命令をしたと聞いたが、あの人は何をしたんだ?」

「俺も伝聞なのですが、自ら特攻をしかけて、周囲がそれに追従せざるをえない状況を作ったとか」

「あの人は⋯⋯それじゃ、何のために後方にいてもらったのか解らないじゃないか!」

 レオーネは頭を抱えた。

「その結果、多くの死傷者が出てしまって⋯⋯第一王子殿下も、重体です」

「⋯⋯意識はあるのか?」

「それは、あるようです。⋯⋯が、その」

「何だ? 遠慮無く言ってくれ」

 言い淀むダインを、レオーネは促した。嫌な予感を、ひしひしと感じながら。

 ダインはしばらくためらった後、リエーフの状況を話してくれた。

「右腕を走竜に噛み千切られて⋯⋯その上落馬したらしく、背骨を折ったそうで、その⋯⋯歩けなくなる可能性が、高いと」

 その事実に、レオーネは言葉を失った。

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