七十三
戦闘描写程度の残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。
北西部に着いた翌日、レオーネは討伐隊を率いて走竜の群れの元へ向かった。
レオーネ個人としてはリエーフにはスルージュの館で待っていてほしかったのだが、無言の圧をかけてきたので、しかたがなく連れていくことにした。
とはいえ、レオーネと違って前線には配置しない。一応手勢は連れてきたようだし、リエーフ自身それなりに心得はあるのだが、走竜に通用するとはどうしても思えなかった。弓矢を携えている者もいたが、普通の矢は走竜の鱗には効かないだろう。
「レオーネは、前線に出るのか」
配置のことで話し合っている最中にそう言われ、レオーネは頷いた。
「この隊の指揮権は俺にありますし、俺自身前線向きの戦い方ですからね。何より魔法を使うのに、前線の方が都合がいいので」
そう言った時、リエーフはそれまでの無表情から一転して苦々しい顔をしたが、それがどういう意味を持つのかは解らなかった。
ともあれ、走竜に対する作戦は立てられたので、急いで向かったのである。
「走竜の群れを発見しました」
「数は?」
「おおよそ百六十かと」
走竜達がたむろする場所を見下ろす形に位置する崖の上に、レオーネ達の姿はあった。
北西部は高低差の激しい土地だ。低地が広く、水場などが多いために農耕、酪農に向いているが、三分の一は崖や山が占めている。
走竜は空を飛べないため、そんな低地で群れを形成していた。
「聞いていた数より多いな⋯⋯」
「⋯⋯あの、殿下。殿下の魔法を疑うわけではありませんが、本当に大丈夫なのでしょうか」
戦士のひとりがこわごわと尋ねてきた。その様子に、レオーネは微苦笑を浮かべる。
「不安か?」
「あ⋯⋯申しわけありません!」
「いや、いい。気持ちは解るからな。⋯⋯俺もまだまだ未熟だ。皆を無事に連れ帰れると保証できるほど、強いわけじゃない」
レオーネは馬から降りて崖から下を覗き込んだ。
広い平地で、数多くの走竜がうごめいていた。
がっしりとした筋肉と鋭い爪の生えた後ろ足で立つ、竜よりも爬虫類に似た魔物である。黒々とした鱗は太陽を照り返し、鼻先から伸びる角は剣のように長く太い。ずらりと並んだ牙に捕らえられれば、たちまち全身を噛み砕かれるだろう。
体躯に反して前足は短く頼りないが、そんなものは慰めにもならない。
最下級とはいえ、竜の名にふさわしい、恐ろしい姿だった。
「だが、それでも皆を守り、奴らを斃すという意思は固いつもりだ。そうじゃなきゃ、こんなところに来ない」
そんな群れの中心に、ほかの走竜より黒い鱗と、立派な角を持った者がいた。
それは、口から、爪の間から、角の先端から、火を噴いていた。隙間という隙間から、炎が漏れ出ているようだった。
──あれはブレスというより、体内に炎を生成する器官があるといった感じだな。
火を吹くというのもあながち間違いではないが、正確ではなかった──しかし作戦を変更するほどではないと思い、地面に触れた。
「”土よ、揺らげ、水よ、満ちよ”」
レオーネが短く呪文を唱えると、レオーネの触れた地面が液状化し、ぼこぼこと泡立った。更に魔力を注ぎ込むと、液状化は広がり、崖下に広がっていく。
そして走竜の群れに到達した瞬間、獣が口を開くように、ぶわりと拡大化した。
「があぁ⁉」
「るぐぉっ!」
突如現れた沼に脚を取られ、走竜達は次々に倒れこんだ。それは、群れの中心にいた群れの長も例外ではない。
「ぐるぅ⁉」
走竜達の中でひときわ大きな身体を持った炎走竜は、その巨体を震わせながら沼の中に沈んだ。とはいえ、沼そのものの水深はそれほど深くはない。せいぜい、胴に着くかどうかだ。
だが、走竜達を混乱させ、機動力を奪うには充分である。
「よし、手はず通りに行くぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
馬に乗り直したレオーネが号令をかけると、戦士達は呼応するように強化魔法を自身と、馬にかけた。それを確認して、レオーネも同じように強化魔法をかけ、更に風魔法を馬達の足元に付与する。
「行くぞ──目標、走竜の群れ。一体一体、確実に討ち取れ!」
言葉と共に、レオーネ達は崖から飛び降りた。
人馬一体の強化魔法、そしてレオーネの風魔法。
それが合わさった結果、彼らは文字通り宙を駆けた。
向かう先は、走竜達の頭上である。
「があぁぁ‼」
頭上から駆けてくる人間達に気付いた炎走竜が、それを牽制するように口から炎を吐き出した。狙う先は、先頭のレオーネだ。
「ふっ」
レオーネは短い呼気と共に斧槍を振るった。穂先には、魔力で作った水の刃をまとっている。
火を真っ二つに斬り裂いたレオーネは、その勢いのまま炎走竜の頭上に躍り出た。
──炎をまとっているところからして、火や風属性の攻撃は効きずらい。
──ならば水、土属性で攻める!
レオーネは斧槍全体に水をまとまわせ、それを炎走竜の角に向かって振るう。炎に覆われた角は、それだけでひびが入った。
「ぐぎゃあ⁉」
悲鳴を上げる炎走竜を避けるように降り立ったレオーネは、馬から即座に降り、炎走竜に接近した。その際、沼に取られないように自分の脚に風属性を付与するのを忘れない。
機動力を奪われ、武器のひとつに傷を入れられた炎走竜だが、それでもひるむほど弱々しい性質ではない。距離を詰めるレオーネを噛み砕かんと、ぐわっと口を開いた。
レオーネはそれを真正面から受け止める。斧槍をつっかえ棒のようにして炎走竜の口腔に突き刺したのである。
「がっ⁉」
驚愕と痛みで硬直する炎走竜が炎を吐き出すより早く、レオーネは鋭い氷のつぶてを巻き込んで渦巻く水の竜巻を体内に叩き込んだ。
ぎくんっ、と炎走竜の身体が痙れんした。斧槍を引き抜けば、どばっ、と赤黒い血を吐き出して沼の中に倒れ込む。
徐々に消えていく炎を確認した後、レオーネは周囲を見回した。
炎走竜が斃れたことに気付いた者は少なかった。皆目の前の走竜を討ち取ることに必死で、周りに目を向けられないのだ。
そんな彼らを鼓舞するために、レオーネは声を張り上げた。
「群れの長は討伐した! あとは掃討戦だ、気を抜くなっ」
とたん、歓声と咆哮が返ってきた。獣人達は第二王子の手柄に勢いづいて、激しく走竜達に向かっていく。
彼らの手助けをするためにレオーネも駆け出し──
ざしゅ。
「え⋯⋯?」
突如、肩が燃えるように熱くなった。
首を巡らせると、肩の背面に矢が突き刺さっている。
「どこ、か⋯⋯ら⋯⋯?」
呂律が回らない、熱が全身を駆けていく、視界が回転している。
──毒、か?
頭の冷静な部分がそう結論付けたのを最後に、レオーネの意識は途絶えた。




