七十
討伐から一ヵ月、ヴィルヘルミネはようやく皇宮に帰ってこれた。
「ただいま帰りました、お父様、お母様」
「お帰りなさい。よくぞ、無事で戻ってきたわね」
馬車から降りたとたん、ミカエルシュナに優しく抱き締められた。
花のような香りに、ほっと安心で力が抜ける。
「よく役目を果たしてきたようだな。報告はすでに聞いている」
抱き締められたままのヴィルヘルミネの頭を、ユリウスが優しく撫でた。温かな手に、泣きそうになってしまう。
だがここで泣くわけにはいかないとこらえ、ヴィルヘルミネはミカエルシュナからそっと離れた。
「改めて──ヴィルヘルミネ・カルンシュタイン、責務を果たし、帰ってまいりました」
「ああ。立派に、最初の壁を乗り越えたな」
魔物討伐はカルンシュタイン家の務め。とはいえ、その恐怖を乗り越えられず、挫折する者は少なくない。
ヴィルヘルミネは無事に、その難関を突破したのだ。
「ああ、出遅れた⋯⋯ヴィルヘルミネ!」
両親の後ろから声が届いた。その隙間から、ギルエルフィネとダリウスが顔を覗かせる。
「お姉様、お兄様!」
「よかった、無事だな」
ダリウスは安堵の表情を浮かべてヴィルヘルミネに近付いてきた。そんな兄に、ヴィルヘルミネも眉尻を下げて笑う。
「はい。怪我も無く⋯⋯帰って、これました」
「うん、思ったより元気そうだ。もっとよく顔を見せてくれ」
続くギルエルフィネはヴィルヘルミネの頬を包み込み、顔を上げさせた。きりっとした美貌が、力無く緩む。
「はー、安心した」
「いやだわ、お姉様。お姉様はもっと早くに魔物の討伐をなさったでしょう?」
「自分と妹じゃ、心配度が全然違うぞ。ああもう、今になって父上と母上の気持ちが解った」
ぎゅ、と遠慮無く抱き締めるギルエルフィネ.。彼女も初討伐から帰還した際はそうされたのだが、全く同じ行動をする自分に苦笑しか出ない。
「お帰り、ヴィルヘルミネ。立派だったな」
「はい。ただいま帰りました⋯⋯っ」
せっかくこらえていたのに、つい言葉を詰まらせてしまった。そんな妹に、ギルエルフィネも目元を潤ませる。
姉妹の様子にどうすればいいのか解らないダリウスは、しばらくその周りをうろうろしたあげく、がっくり肩を落とした。
「⋯⋯っ」
「恥ずかしがらずに、行けばいいのに」
「言ってやるな。ダリウスも年頃なんだ」
「ち、父上!」
あっはっは、と笑うユリウスに噛み付くダリウス。そんな夫と息子をあらあらと見つめた後、ミカエルシュナはヴィルヘルミネとギルエルフィネを振り返った。
「そろそろ中に入りなさいな。身体を休めたいでしょうし⋯⋯報告したいこともあるのでしょう?」
「はい。すでに報告書は上げていますが、直接お話したいです」
若干鼻声になりながら、ヴィルへルミネは頷いた。
「今回の件、少し違和感がありますわ」
───
全員でユリウスの執務室に移動した後、彼らはヴィルへルミネの報告を受けた。
百を超す群れ、その群れの長である巨大魔狼の色、調査の結果──
それらを聞き終えたユリウスは、顎を撫でながら呻いた。
「他国から連れられてきた可能性がある、か。なるほど、それなら色の説明も付くな」
「巨大魔狼に至るまで一切の前情報が無かったのも頷けるわ。別の場所から連れてきた魔物が大集団の原因となる事例は、前にもありましたしね」
ミカエルシュナの言葉に、子供達は顔を見合わせた。
「それって二十年前の?」
「ええ、件の令嬢のやったことよ」
ユリウスに一方的な恋心を押し付けたあげく、大争乱を巻き起こした令嬢が原因と聞き、子供達は黙り込む。一体何があったのか知らないが、恋心だけでそれだけのことをやらかす相手が恐ろしくなったのだ。
「ただ、魔狼は単にほかから連れてこられただけで、何かしらの改造を受けてはいなかったんだな?」
「え、ええ。もしかしたら調教ぐらいは受けていたかもしれませんが、魔狼そのものに手を加えられた様子はありませんでした」
「そうなると、巨大魔狼は別の場所であれだけの大きさ、強さになって、連れてこられたというわけか⋯⋯」
ユリウスの言葉に、皆顔を見合わせた。
魔物の調教技術というのは存在する。が、対象となるのは自分より弱い魔物だ。魔物は強い個体ほど自分より強いものに従う習性があるため、弱い者には強い魔物は従えられないのだ。
そうでなくとも、巨大魔狼ほどの強さを持つ魔物を捕まえて別の場所に移すには、相応の実力と準備が必要なはずである。個人なのか組織なのか解らないが、そういったことができる者がいるという事実が脅威だった。
「何にせよ、スタンピードが起こる前に討伐できてよかった。巨大魔狼の様子から、周辺の魔狼を集める勢いだったようだからな」
「そうなったら、生態系にも影響が出るところでした。⋯⋯被害を受けた村々に関しては、哀しいことになりましたが」
ヴィルへルミネは目を閉じた。そうすると、血の臭いをまとう民達や、喰い荒らされた村の様子が思い起こされる。
もしあの悲劇を人為的に起こした人物がいるなら、許すわけにはいかない。
「⋯⋯実は、同じ事例が最近起きているんだ」
ユリウスが重々しく口を開いた。
「スピドルフ公爵家で魔物の集団移動があったんだが、その時も、本来その領地に存在しない魔物が群れの長になっていたらしい。こちらは五十程度で収まったようだが⋯⋯もし同じ理由で先のことも起きたのなら、これは明確なローディウムへの攻撃だ」
ユリウスは目を細めた。それだけで、彼の周囲にぞっとするような威圧が生まれる。
「何者なのか、一体どういう意図で行なっているのか知らないが──放置するわけにはいかない。探して、潰す」
その言葉は、ローディウムの皇帝としての言葉だった。
ユリウスの威圧に声も出ない子供達とは対照的に、ミカエルシュナは恭しく頭を下げた。
「心得ておりますわ。必ず、見付けましょう」
そう言うミカエルシュナも、微笑んでいるがその眼差しは冷たい。
一体どこの誰なのかは皆目見当が付かないが、敵に回してはいけない相手を敵にしたのは、事実だった。




