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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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六十四

 領都にあるカントリーハウスに到着したヴィルへルミネは、さっそく領内に常駐する騎士達の報告を受けた。

 被害人数は九十一人。うち死亡者が二十九人。残り六十二人が重軽傷者となり、すでに領都に避難している。

 彼らはひとつの村に住む住民であり、そこで育てていた家畜は全滅、畑もめちゃくちゃにされ、現在放棄されている状態だ。つまり魔狼達は、村をひとつ潰してしまったのである。

 死亡者数と怪我人の話を聞いた時、ヴィルへルミネの腹の底がきゅ、と冷たくなった。


 ──駄目よ、ここで弱気になっては。彼らの前で、弱いところを見せては駄目。


 ヴィルへルミネは自分にそう言い聞かせ、報告を聞き続けた。

 魔狼の襲撃を受け、近隣の村々も騎士達の誘導の元、避難をしていた。早くに動いたことが幸いし、人的被害は出ていない。だが、一部の家畜や畑は放棄せざるをえなかったため、それらの被害総額は少なくない。

 すでに魔狼に喰い荒らされたものもあるため、今回の被害分を取り戻すためには、金も時間もかかることになる。

「彼らもすでに、領都で受け入れ済みです」

「まずは最初の被害にあった村人達を慰問するわ。それと、討伐後の補填をするから、今のうちに必要経費を計算しておいてちょうだい」

 文官にそう指示を出し、まずは受け入れた民──怪我を追った村人達を見舞うことにした。


    ───


 大部屋にいる怪我人達は、思いのほか重傷だった。

 皆処置こそ終わっているものの、誰も彼もが血の臭いをまとい、中には手足が欠損している者もいる。

 ヴィルへルミネは一瞬唇を噛み、村長に頭を下げた。

「まずは謝罪を。わたくし達が気付くのが遅れ、このような事態になってしまった。申しわけありません」

「そ、そんな⋯⋯皇女様、どうか頭をお上げください!」

 村長は慌てふためいた。恐縮──というより恐怖で青ざめ、どうにかしてヴィルへルミネの頭を上げようとする。だが触れるわけにもいかず、どうしようもできないらしい。

「ひとまず、皆様の怪我を治しますわ。ただ、欠損のある方は⋯⋯申しわけないけれど、戻すことはできないの」

「それは⋯⋯はい。承知しております」

「幸い、腕のよい義肢師が領内にいるわ。補填のひとつとして手配しましょう」

「え⁉ いや、皇女様」

「まずは、皆様の怪我を──”癒やしを”」

 ヴィルへルミネが手を組んで祈ると、大部屋の中を柔らかな光が満ちた。それが収まると、あちこちで歓声が上がる。

「傷が⋯⋯!」

「痛くない⋯⋯痛くないよ!」

「ああ⋯⋯身体が動く⋯⋯!」

 村人達は自らに起きた奇跡に驚き、歓喜し、中には涙を流す者まで現れる。宣言通り欠損が治ることは無かったが、それでも酷い状態だった傷が治ったことに、まず喜ぶ者がほとんどだった。

「こ、皇女様⋯⋯何と、何とお礼を申したらよいか⋯⋯!」

 先ほどまでまで青い顔をしていた村長も、これには諸手を上げて喜んだ。そんな彼らに、ヴィルへルミネは淡い笑みを浮かべる。

「わたくしはできることをしただけだわ。このぐらいなら、この地にいる神官様でもできたでしょう」

「いいえ。私達の治療に当たった神官様達は、確かに怪我を治すことはできましたが⋯⋯皇女様のように大人数を、それも重傷者達を治すだけの力はありませんでした」

 村長に言われて気付く。ここにいる怪我人は、そのほとんどがかなりの重傷者だったのだ。

「勿論、神官様を責めているわけではありません。あの方々がいなければ、死人はもっと多かったでしょう。それでも、皇女様のおかげで大勢の者が助かったのです。感謝してもしきれません!」

 感極まって言葉を詰まらせる村長。そのままひざまずこうとしたのを、ヴィルへルミネは押し留めた。

「それほど感謝してくださるなら、魔狼の脅威を退けた後は、しっかり村を復興してちょうだい。わたくしにとって、それが何よりの報酬だわ」

「はい……はい……!」

 おいおい泣く村長に困りながらも、ヴィルへルミネは冷静に考える。


 ──いけない。基準がお母様になっていたわ。


 ヴィルへルミネの母であるミカエルシュナ。彼女はおそらく、この国で一番の魔術師だ。彼女なら複数人を癒やすことも、欠損した手足を元通りにすることもできる。

 だがそこまでの使い手は。そういないのだ。身近にいるからといって、それが一般的なものだとは限らない。

 ヴィルへルミネは大部屋を見回し、ため息をついた。

 くれぐれもやり過ぎないように、という自戒のために。

 勿論、魔狼に手加減する気は、毛頭無かった。


    ───


 魔狼達は件の村を拠点に動いているようだった。数は想定内だが、明らかに最初の頃より増えているという。

「ほかの群れが合流した──ということかしらね」

 一方ヴィルへルミネ達は、その村から集落をふたつ挟んだ村の住民達も避難しており、村長から拠点の許可を得て滞在している。

 魔狼の数そのものは百を超す程度。ヴィルへルミネ側は、彼女も含めて二百五十一人。うちヴォルフを初めとした護衛が五人。補給及び斥候が十人。ヴィルへルミネを除くと、実働部隊は二百三十五人となる。

「なぜ魔狼がこんなに増えたのかしら」

「解りません。ただ、一昨年から去年にかけての冬は比較的温暖だったので、餌が豊富だったのかもしれません」

 魔狼達の繁殖期は普通の狼同様冬から春である。餌が豊富にあるのなら、その分数も増えるだろう。

 だが。

「それならほかの領でも増えてもおかしくないわ。でも魔狼が異常に集まったのは我が領だけ。それに、この報告も変よ」

 ヴィルへルミネは一枚の報告書を見せた。

「魔狼の群れのリーダーは真っ黒な毛皮に雷をまとっている。ローディウムの魔狼の色は灰から白よ。黒は聞いたこと無いわ」

「ヘルハウンドと間違えたとかでは⋯⋯ないですよね」

 ヘルハウンドは黒い大型犬の姿をした妖精で、人に危害を加える悪意ある妖精(アンシーリーコート)の一種である。

「ヘルハウンドの大きさは魔狼より小さいし、まとっているのは炎よ。何より独特の臭気を放っているから、魔物を含めた鼻の利く生き物と群れることは無いわ」

「なら⋯⋯変異種でしょうか」

「可能性は高いでしょうね」

 ヴィルへルミネは頷きながらも、疑問が拭えなかった。

 魔狼の変異種はこれまでに何度か確認されているが、こんな解りやすい色の違いが出たとは聞いたことが無かった。


 ──わたくしが知らないだけ? でも、今回の件を受けて、改めて魔狼の生態を調べた時も出てこなかった。


 魔狼の色は、狼と同じだ。寒い土地の個体ほど白に近く、それ以外は灰色から褐色。暑い土地では黒もいるが、少なくともこの土地程度の気温ではせいぜい褐色が混じるぐらいだ。

「⋯⋯まさかね」

 ふと浮かんだ想像に、ヴィルへルミネは首を軽く振った。

 今は断定的な判断を下せない。まずは魔狼達の数を減らさなければならないのだ。

 そのために、確実に群れのリーダーは討伐しなければならない。


 ──調査は、その後に行えばいいわ。


「では、そろそろ討伐の話を進めましょうか」

 ヴィルへルミネの言葉に、指揮官クラスの騎士達は頷いた。

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