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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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六十三

 ローディウムの皇室であるカルンシュタイン家の人間は、魔物の脅威があった際は真っ先に戦場に立つ。それゆえに、帝国民から尊敬を集めている。

 それは幼いヴィルへルミネとて例外ではない。



「ではお父様、お母様。行ってまいりまます」

 そう言ったヴィルへルミネは、すっかり戦装束に着替えていた。

 任命式でも着ていた薄紫色のローブの上から白い外套を羽織り、黄金の髪を魔銀の髪飾りでまとめ、両手は魔物の革でできた手袋をしている。首にはレオーネから贈られた魔晶石が、装飾を簡略化した首飾りに仕立て直されて輝いていた。

 ローブも含めて華やかな装いだが、これがヴィルへルミネの戦装束である。とはいえ、実戦で活用するのは初めてのことだった。

「ああ、無茶はするな」

「貴女はまだ戰場に慣れていないから、騎士達の意見をよく聞くのよ」

 送り出しのために来ていたユリウスとミカエルシュナは、優しげな声でそう言った。

 幼いヴィルへルミネを送り出すことにふたりは思うところがあったが、両者共に娘より幼少の頃に初陣を済ませているため、ことさら引き留めようとはしなかった。

 たた皇帝と皇妃として、何より両親として、無事を祈り、役目をしっかりこなせと激励するだけだ。

「はい」

 そんな両親に見送られるヴィルへルミネはやや硬い面持ちで頷き、簡素な馬車に乗り込んだ。

 ヴィルへルミネが拝領した領地は、皇都から三日ほどの距離だ。決して遠くはない位置だが、その間にも被害は拡大していくだろう。早く早くと急く気持ちと、本当に自分にできるのか、という気持ちがせめぎ合っていた。

「⋯⋯緊張されていますか?」

 同じ馬車に乗り込んだシュネーが、気遣わしげに尋ねた。

 本来、皇族といえど戦場では自分のことは自分でこなさなければならない。それゆえ侍従は着いてこれないのだが、十五歳以下の場合は例外として連れていくことができる。

 だが、それは身の回りの世話をさせるためではない。皇族が自分のことをできるように教えたり、どうしてもできないところを補助するためだ。ひとりでも問題無いと判断されれば、その時点で付くことはなくなる。

 ヴィルへルミネは知識だけで実践的な技能を持たないため、シュネーが同行することになった。

「ええ。魔物を見たことが無いわけじゃないけど、どれも小さかったし」

「魔物が不必要に大きな群れを形成している場合、凶暴化している場合が多いですからね⋯⋯恐ろしさは段違いでしょう」

 今回は魔狼の群れの個体が異常に集まっていることが確認された。

 魔狼とは狼に似た姿と生態の魔物であり、通常の狼の二、三倍の大きさを誇る。中には魔法を操る個体もおり、そういった魔狼を群れの長にしている集団は、最終的にスタンピードの原因となりやすい。

 同時に、魔狼は加工に適した素材でもあった。

 毛皮は斬撃を防ぐのに適した革製品になり、魔法を操る個体からは高確率で魔晶石が獲得できる。また爪や牙も武器に加工できる上、肉は保存食に適しているそうだ。猪型の魔物である魔猪と並んで、凶暴だが実りある魔物だった。

 さすがに魔物を食べたことはないヴィルへルミネは味を想像できないが、ヴォルフ曰く、若干臭みはあるが食べられないものではないらしい。あまり好んでいなさそうなのは、彼が狼の獣人だからか、あるいは単に好みなのかは解らない。

 そのヴォルフは、当然護衛として討伐に参加することになる。今も馬で馬車と共に移動している最中だ。あくまで護衛なので、討伐の際もヴィルへルミネから離れることは無い。

 対してシュネーは生活の補助であるため、戦場では後方待機となる。

「わたくし、うまく戦えるかしら。さすがに魔物に触れることは無いけれど」

 ヴィルへルミネは魔術師であって剣士ではない。ミカエルシュナやギルエルフィネのように剣は扱えない。

 一応扇は直接戦闘に耐えうる造りだが、それを活用できるかは別問題だ。

「龍帝国や、極東の天照(てんしょう)皇国では、扇を暗器として使うことがあると聞くし、どうにかしてその技術を習得できないかしら」

「積極的に前線に出ようとしないでくださいよー。レオーネ殿下泣きますよ」

「レオーネは、わたくしが強くなることを喜んでくださるわよ?」

「うーん、バカップルの兆候が⋯⋯」

「ば⋯⋯?」

「何でもないです」

 きりっとした表情でごまかそうとするシュネー。何もごまかせていないが、それ以上は追及しなかった。

「とりあえず、殿下の主な役割は鼓舞でしょう? 何も戦わなくても」

「それはそうだけど、全く戦わないわけにはいかないわ。お父様やお母様、それにお姉様はわたくしより幼い頃に魔物を倒した経験がおありなんだもの。娘、妹として、恥ずかしくない戦績を残さなければ」

「皇妃殿下は知りませんが、皇帝陛下と皇太子殿下は参考にならないのでは⋯⋯」

 ユリウスとギルエルフィネは、齢十の初陣にて大型魔物の首を斬り飛ばした実績の持ち主である。特にユリウスは身体強化だけでそれをなしていた。

 ──どんどん人外化エピソードが増える皇帝だった。

「まあ、まずは無事到着することを考えなければね。魔狼は皇都から見て反対側から出現したそうだから、道中遭遇することはないでしょうけど⋯⋯通常の魔物に会う可能性だってあるもの」

「それに着いてからも、まずは被害報告を受けなければならないですもんね」

「ええ⋯⋯」

 魔物討伐は、巡回中の遭遇を除けば基本ことが起きてからの対応となる。勿論事前に予防しておくことはできるが、それだって絶対ではない。人間側が魔物の数を管理することができない以上、増加を未然に防ぐことはできないのだ。

 また、逆に減らし過ぎてもいけない。魔物もまた自然に生きる存在であるため、それぞれの種は生態系に組み込まれている。そのバランスが崩れれば、それこそ大規模なスタンピードの原因になってしまう。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 ヴィルへルミネは馬車の壁にもたれ、目をつむった。

 ローディウムの皇族として、一領主として、ヴィルへルミネは民の命を預かっている。勿論両親ほど重い責任ではないが、それでも判断ひとつ誤れば、甚大な被害をもたらしてしまうのだ。

 そして亡くなった者達を背負い、なおも前を見据えなければならない。


 ──レオーネがいてくれたらな。


 こんな時こそ彼に傍にいてほしかった、と、ヴィルへルミネは遠く離れた婚約者を想った。

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