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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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六十二

「レオーネ兄様」

 ラルクを伴って離宮に向かおうとしていたレオーネを呼び止めたのは、レーヴだった。

 焦げ茶色の髪を短く切り揃え、大きなペリドットの瞳に利発な輝きを秘めた、幼いながら精悍な顔立ちの少年である。

 リエーフが持つ戦士のような屈強さは無いものの、少年ながらしっかりした体格は、将来を楽しみに思うには充分だった。腰に剣を帯びても様になるだろう。


 ──こうして見ると、ヴィルへルミネよりダリウス殿下に近い感じなのかな。


 早くもローディウムを懐かしく思いつつあるレオーネに、レーヴは頭を下げた。

「このたびは、リエーフ兄様が申しわけ有りません」

「⋯⋯謝らないでくれ」

 レオーネは眉尻を下げた。

「おまえに謝られると、どうすればいいか解らない」

「ですが⋯⋯せっかくの良縁が、リエーフ兄様のせいで無くなるところだったと。しかも相手は、レオーネ兄様の運命の番だと言うじゃないですか」

 レーヴは唇を噛んだ。

「自分は運命の番と結婚したくせに、レオーネ兄様の運命の番との仲を邪魔するなんて、矛盾もいいところです」

「それは、まあ」

 そこは一番の突っ込みどころである。ただリエーフの性格上、自分に都合よく考える可能性はあったので、驚きの行動ではないのだ。

「とりあえず、レーヴが誰かの婚約を邪魔することが無いよう、今回のことを教訓にしてくれれば──まあ意味の無いことではなかったと思うよ」

「勿論です」

 頷いたレーヴは、そもそも、と憤然と続けた。

「リエーフ兄様の尻拭いをしに行ったレオーネ兄様を、何でああも蔑ろにできるか解らないです」

「うーん⋯⋯」

 そもそも蔑ろにした自覚が無いかもしれないとは、さすがに言えなかった。

 レーヴにとってリエーフは、同腹の兄である。相応に尊敬もしていたはずだ。

 その尊敬も今や大暴落しているようだが、それでも故意に下げるようなことは言いたくなかった。

「それで──呼び止めたのは、謝罪のためか?」

「それもありますが、質問があるんです」

 レーヴはじっと、観察するようにレオーネを見つめた。

「兄様は運命の番から離れて生活することになりますが、衝動の方は大丈夫なんですか? リエーフ兄様は、王都から離れる際は必ずアミラ妃をお連れするぐらいには、離れがたいようですが」

「ああそれは、これのおかげだ」

 レオーネは首から下げたものを見せた。

 繊細な金細工で装飾された、小振りのペンダントだった。紫の魔晶石を中心に星を模した形をしたそれは、派手さは無いが王族が身に付けるのに充分な品格がある。

「これはヴィルへルミネ──俺の運命の番の魔力で加工された魔晶石なんだ」

「魔力で加工?」

「魔晶石の研磨は、普通の宝石と違って錬金術などによる魔法が用いられる。そうして加工された魔晶石には、研磨した者の魔力が宿るんだ」

 紫色の魔晶石を興味深そうに眺めていたレーヴは、首を傾げた。

「つまり?」

「魔力などの番を感じられるものを常に身に付けることで、傍に番がいるような感覚を覚えるんだ。そうすると、番から離れていても衝動が抑えられる。まだ研究段階だから、魔力以外にも適用できるのか解らないし、その抑制も絶対じゃないかもしれないがな」

 だが少なくとも、レオーネは耐えられないような衝動を感じない。酷い時は薬を飲めばいいし、その量もかなり減るだろう。

 レオーネの言葉に、レーヴは絶句していた。

「もしそれが実用段階に至ったら⋯⋯」

「抑制研究はかなり進むだろうな。功績の足がかりとしては、充分だと思う。マルダスの魔法研究は他国に比べて遅れているから、推進のきっかけにもなるだろう」

 獣人は魔力が少ない傾向にあり、それゆえにマルダスでは強化以外の魔法をほとんど使わない。あとはせいぜい神殿の神官達が使う神聖魔法ぐらいである。

 だが魔力が少ないだけで、上記の魔法以外が使えないわけではないのだ。レオーネのような例外は別にしても、マルダス以外では獣人の魔術師も存在する。

 それに魔法が近しい存在になれば、便利な生活魔法も普及するかもしれない。そうなれば、民の生活の質は格段に上がるだろう。

「兄様は⋯⋯マルダスに魔法を広めたいんですか?」

「最初は抑制研究だけするつもりだったんだけどな、あっちで勉強しているうちに、興が乗った」

 レオーネはふ、と笑った。


「俺はこの国で初めての、王宮魔術師になろうかと思っているんだ」


 それは魔法嫌いのマルダス王に、正面から喧嘩を売る発言だった。


    ───


「レオーネはもう、マルダスに着いたかしら」

 それがここ一週間の、ヴィルへルミネの口癖だった。

 レオーネが旅立ってから早一ヶ月。ヴィルへルミネは一週間前から妙にそわそわして、文机からレターセットを取り出してはそれを眺めるということを何度もくり返していた。

 これにはシュネーとヴォルフも顔を見合わせ、苦笑いしてしまう。

「さすがにそろそろ到着してらっしゃるかと思いますし、手紙を送っても問題無いのでは?」

「そうね」

 シュネーの助け舟に、いそいそと乗り込むヴィルへルミネ。それを微笑ましく見られているとは思わずに、マルダス語の辞書と教本を片手に少しずつ書き進めていく。

 気付けば便せん二枚いっぱいにレオーネへの気遣いや気持ちを書き連ねていた。


 ──トゥファ嬢を笑えないわね。


 何だか恥ずかしくなったヴィルへルミネだったが、ノックの音に顔を上げた。

 ヴォルフが扉を開けると、そこにはひとりの騎士が立っていた。

「皇女殿下にご報告申し上げます!」

「⋯⋯わたくしの領地で、何かあったの?」

 両親や姉はともかく、ヴィルへルミネに騎士が(おとな)うのは滅多に無い。

 その数少ない理由のひとつは、自身の領地のことだった。

「はっ。殿下の直轄領で、魔狼の大移動を確認との早馬が来ました!」

「⋯⋯!」

 ヴィルへルミネは即座に立ち上がった。

「シュネー、今すぐお父様にお話がある旨を伝えなさい。貴方はシュネーと共に行って、今の報告を皇帝陛下にも伝えるように」

 シュネーと騎士にそう言い、ヴィルへルミネはヴォルフを振り返った。

「ヴォルフ、解っているわね?」

「無論。殿下が戦場に出るなら、私もお供いたします」

 真剣な表情で頷いたヴォルフに頷き返し、ヴィルへルミネは机の上に置いていた扇を手に取った。



 十三歳のヴィルへルミネに、初陣の時が近付いていた。

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