六十一
レオーネの警戒に反して、一行は平穏無事にマルダスに到着することができた。
道中魔物に遭遇したりもしたが──それらの討伐に参加するレオーネを、信じられないといった表情で見るリエーフが見ものだった──それ以外は盗賊などに出くわすこともなく、王都にたどり着いたのである。
レオーネは王都に着いたらまず、マルダス王に謁見を願い出ようと思っていた。急病と言っても命に別状はないと聞いていたので、見舞いぐらいはできるだろうと思ってのことである。
だが、そんな予定は早々に崩れた。
「帰ってきましたね。まずは無事の帰還、喜ばしいことです」
謁見の間でレオーネとリエーフを迎えたのは、マルダス王の正妃だった。
深紅のドレスローブに控え目な金の装飾品で身を飾った虎の獣人である正妃は、マルダスでは珍しい金髪の女性である。小麦色の肌にカーネリアンの瞳、肉感的な身体付きなど、中年女性とは思えぬ若々しさと色香をまとっている。
年齢不詳のこの女性こそ、リエーフの産みの母だった。
──まあ年齢不詳具合は皇帝夫妻ほどじゃないけど。
──皇妃殿下はともかく、皇帝陛下は何であんなに若いんだ?
エルフのミカエルシュナと並んでも年齢を感じさせないユリウスに戦慄しつつ、レオーネは正妃と共に出迎えた人々を見やった。
マルダスの戦士達は正妃付きの近衛ぐらいで、こちらを攻撃する意図は感じられない。あとは女官だが、こちらも正妃の側近なのでいてもおかしくはない。
ただひとり、いるのが不思議だと思う人物がいる。
それが正妃の隣に座る獅子の獣人の少年──レオーネ達の弟、レーヴだった。
レーヴはリエーフ同様、正妃の息子である。似ているところが少ないレオーネと違い、レーヴは一目でリエーフと兄弟だと解るほどよく似ていた。
だが楽天家の兄とは違い、物静かで思慮深く、レオーネの立場も慮って行動するような、年齢不相応に落ち着いた少年である。ある意味では、ヴィルへルミネとも共通項があった。
そこまで思い出してふと、自分がヴィルへルミネに最初から好感を抱いていたのは、この弟に似ていたからではと考えた。勿論それが全てではないが、きっかけぐらいにはなっただろう。
そうなるとますますレーヴに親しみが湧くのだが、ほのぼのとしたレオーネを無視して、目の前のことは真剣に進む。
真剣に──あるいは剣呑に。
「さて──リエーフ。なぜこの場に呼び出されたのか、解っていますか?」
「い、いえ」
リエーフは視線をさまよわせた。さまよった視線がふとレオーネを捉え、正妃に向き直る。
「レオーネの帰国の報告をせよとのことでしょうか」
「違います」
「えっ」
──えっ、じゃないだろ。本人いるのに何でおまえが報告するんだよ。
内心つっこむレオーネである。
一行の代表としてならそれでもよかったが、今回リエーフ一行とレオーネはまた別個のものとして扱われる。なのでリエーフに報告の義務は無いのだ。
「わたくしが呼び出したのは、リエーフ──貴方のやったことが原因ですよ」
「やった、こととは⋯⋯」
リエーフの額に冷や汗がにじみ出た。そんな兄を見て、レオーネの中の疑惑が確信に変わっていく。
「王命と偽り、第二王子とローディウムの皇女の婚約を白紙にしようとしましたね?」
「⋯⋯!」
「愚かしい⋯⋯そんなことをしたところで、皇女が貴方の妻になることは無いというのに」
正妃は首を振った。
「すでに他国に王命として伝えられている以上、無かったことにはできません。それでも、貴方が偽文書を作成したのは事実。よって責任は取ってもらわなければなりません」
正妃の眼差しは、鋭い。もし実体が伴っていれば、リエーフは刺し貫かれて絶命していただろう。
「陛下との話し合いは済んでいます──リエーフ・フェリドゥ、貴方を王太子の座から降ろします」
「え⋯⋯⁉」
リエーフは硬直した。目を剥き、よろよろと正妃に近付こうとする。
「は、母上」
「この場では正妃と呼びなさい。王太子でなくなった以上、それは不敬に当たりますよ」
正妃は冷たく言い放ち、リエーフから目をそらした。視線の先は、レオーネに向かっている。
「レオーネ第二王子、よくぞ帰ってきました。ローディウムでは様々なことを学んできたようですね」
「はい。まずは正妃殿下に、ご挨拶申し上げます」
レオーネは頭を下げた。それに、ずっと厳しかった正妃の目元がふ、と緩む。
「頭を上げなさい。⋯⋯リエーフが迷惑をかけたようですね」
「いいえ。兄上の行動は私と、ローディウムとの関係を慮ってのこと。驚きはしましたが、迷惑などと」
「そう言ってくれるのは助かりますが、危うく貴方の婚約を潰すことになるところだったのは事実。リエーフには責任を取らせるつもりなので、貴方も承知しておきなさい」
「⋯⋯はっ」
レオーネは冷静な顔を取り繕いながら、内心では驚きでいっぱいだった。
リエーフが何かしらの責任を取ることになるのは解っていたが、まさかこんなに早く結果が出るとは──それも王太子解任という形になるとは思っていなかったのだ。
──まあ、ローディウムとの関係破綻を二度も招きかけたからな。
──廃嫡されないだけ、まだましか。
そういう意味では、マルダス王と正妃は甘い処分を下したと言える。
──公式文書の偽装って、重罪だったはずなんだがなあ。
「正妃殿下、ひとつお願いがあるのですが」
「何でしょうか」
「ぜひ陛下を見舞いたいのです。私から直接帰還の報告をしたいですし⋯⋯ローディウムで学んだことをマルダスに還元するための相談もしたいのです」
「いいでしょう。幸い陛下の容態は安定してきております。今日は無理ですが、近日中には取り付けられるでしょう」
「ありがとう存じます」
レオーネは再び頭を下げながら、用意してきた手柄の算段をつけ初めた。
──まあこれだけすれば、陛下も無視はできないだろう。
──もう兄上に遠慮する必要は無いしな。
当初の予定とは異なるが、ヴィルへルミネとの仮の婚約──という名の協定を結んでから、最初から決めていたことを実行する時が来た。
もう誰にも、軽んじることはさせない──レオーネはそう決意した。
謁見の間には当事者だけでなく、近衛戦士や女官達がいた。だが見える位置にいたのが彼らというだけで、それ以外の人間が様子をうかがっていないというわけではない。
そのうちのひとりであるその男は、陰からレオーネの横顔を盗み見て、ぽつりとこぼした。
「⋯⋯似ている」
頭をすっぽりと覆うターバンに、身体の線を完全に隠すような形のローブ、マルダス人とは趣の違う顔立ち。
商人は、ただじっとレオーネの顔を見つめていた。




