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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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六十

 倒れたアミラの体調復帰を待っていたら、気付けば月末になっていた。未だ完全な復調には至っていないが、馬車に乗れる程度には回復したらしい。

 ようやく、マルダスへ帰国の日である。

「レオーネ、これを」

 レオーネを見送るために彼のいる客室を訪れたヴィルへルミネは、ヴォルフに持たせていた斧槍を渡した。本来は婚約成立の際に渡すはずだった、レオーネの武器だ。

 魔銀製のそれは、柄の部分に深緑色の滑り止め布を巻き、革の鞘を穂先に被せていた。長さは変わらないが、持ってみると前より軽く感じる。穂先と柄の(つなぎ)部分には、魔晶石がはめ込まれていた。

 近接戦闘も行う魔術師達は、己の武器に魔晶石をはめ込むことが多い。そうすると魔法の杖代わりになるのだ。

 魔法の杖があるのと無いのとでは魔法の精度も変わってくるし、ものによっては威力も左右される。無くても魔法は使えるし、その方が鍛錬になるのだが、精密なコントロールが必要な時は必須であると言える。

 レオーネはそれまで杖を持たなかったため、精緻な発動に時間がかかった。事前に魔力を練っていればかなりの精度の魔法を使えるが、それでも一、二秒の差が生じる。戦場ではその一、二秒が命取りとなるのだ。

「ところで、あちらで魔物討伐に参加されるとのことですが⋯⋯」

「ええ。妨害の意味も込めて強い魔物と戦わされる可能性があるでしょうね」

「貴方の強さを疑ってはいませんが、油断、過信はしないように」

「勿論です」

 レオーネは頷いた後、視線をうろうろさせて斧槍を置いた。首を傾げるヴィルへルミネに、レオーネは頬を染めて言う。

「ヴィルへルミネ、お願いがあるのですが」

「何でしょうか」

「⋯⋯抱き締めても、いいですか?」

「いいですよ」

「いいんですか⁉」

 頼んでおいて、許可されるとびっくりするレオーネである。尻尾がぴん、と立っていた。

「だって、今更ですし」

「うぐっ⋯⋯それを言われると」

 さんざん抱き上げたりしたあげく、ミミネアの件では過剰な密着をしたのである。今更と言えば今更だった。

 ヴィルへルミネはレオーネの隣に座り、どうぞ、と言わんばかりに両腕を広げた。レオーネは恐る恐る彼女を抱き締める。

 レオーネの長い腕では、ヴィルへルミネの華奢な身体を抱き締めると余りが生まれる。その余りを彼女の頭に向け、艷やかな金髪をすくように撫でると、ヴィルへルミネがくすくす笑った。それにつられて、レオーネもふ、と微笑む。

「婚約者同士とは思えない、健全な光景ですねー」

「健全でないと困るんだが⋯⋯?」

 外野のラルクとヴォルフを無視して、レオーネは口を開いた。

「あちらに着いたら、手紙を書きますね」

「お待ちしておりますわ。わたくしからも、手紙をお送りします」

「楽しみにしてます」

 ふたりはそっと離れ、互いの顔を見た。

「ご武運を」

「ありがとうございます。ヴィルへルミネも、お元気で」

 そんなやり取りを最後に、ヴィルへルミネとレオーネは別れたのである。


    ───


 マルダスへの帰国は、ふたつの馬車を使用することになった。

 ひとつはリエーフとアミラ、もうひとつはレオーネが使うことになっている。

 一見すると外観に差は無いが、夫妻が使用する馬車は揺れが少なくなるような工夫がされていたり、内装のクッションが高級品だったりと、細部に金がかけられている。いずれもアミラを(おもんぱか)っての機能だ。

 そんな馬車に兄夫妻が乗り込むのを見届けてから、レオーネはもうひとつの馬車に乗った。座席に腰を下ろし、先程のやり取りを思い出す。



 リエーフはレオーネが斧槍を背負って現れたことに、目を見開いていた。

「レオーネ、それは」

「ヴィルへルミネから贈られたものです。これがどうかしましたか?」

「いや⋯⋯」

 何かを言いかけたリエーフは。結局口を閉ざした、

 レオーネが武器を携えたことに危機感を覚えたのかもしれないし、ヴィルへルミネから贈られたことに思うところがあったのかもしれない。

 どちらにせよ、文句は言わせないつもりだった。

 だがリエーフが口を閉ざしたのとは対照的に、見送りに来たマルダス大使は怪訝な声を上げた。

「王子殿下。殿下自ら武器を取らずとも、優秀な護衛達がおりますぞ」

「別に彼らの実力を疑っているわけではない。ただ、自分の身は自分で守ろうと思っているだけだ。いざという時は、頼りにしている」

 レオーネの言い分に納得していないのか、なおもマルダス大使は口を開こうとする。それを止めたのは、意外にもリエーフだった。

「やめろ。レオーネは久々の帰国なんだ」

「ですが⋯⋯」

「皇女殿下から贈られたというなら、取り上げることもできない。いいから下がれ」

 リエーフに咎められ、マルダス大使は渋々下がった。

 思いがけない助け舟に、つい真意を探るようにリエーフを見てしまう。だが彼はアミラを気遣うのに意識が向いたらしく、それ以上何かを言うことは無かった。



 レオーネが武器をこれ見よがしに背負ってきたのは、牽制の意味がある。物理的な攻撃に屈しない、そしてヴィルへルミネとの関係は良好だぞ、という意思表示である。

 リエーフは解らないが、周囲はレオーネを排除しようと動く可能性がある以上、示威行為は少なからず効果的なはずだ。

 後は毒などを用いられる場合だが──レオーネは錬金術を学ぶ一環として、薬学も学んだ。自ら製薬できるのは、これが理由である。

 加えて四元素魔法のひとつに浄化の魔法がある。そのふたつと組み合わせれば、大抵の毒は無効化できるだろう。


 ──まあ神聖魔法ほど、絶対的じゃないけどな。


 浄化と解毒の魔法は神聖魔法に軍配が上がる。なので過信しないようにしなければならない。

「いよいよ帰国ですね」

 同じ馬車に乗り込んだラルクに、レオーネは肩をすくめた。

「無事帰国できればいいがな」

「さすがに国外でことは起こさないでしょう」

「まあ、そうだな」

 そもそも、リエーフ側の人間がレオーネを狙うというのも可能性の話だ。何が起こるかは、現状解らないに等しい。

 ただひとつ言えることがある。

 もう、リエーフに遠慮する必要は無いということだ。


 様々な思惑を乗せて、マルダス行きの馬車は走り出した。

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