表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命だと言うけれど  作者: 沙伊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/116

五十六

 その言葉は、リエーフにとって痛烈な皮肉だった。

 運命の番は、唯一にして絶対。

 それはかつて、リエーフがヴィルへルミネに対して言った言葉だった。

「あ⋯⋯」

 リエーフの表情が、さあっと青ざめた。反して頬は羞恥で赤くなり、色黒ながらあべこべな顔色をさらすことになる。

 今更、彼は気付いたのだ。自分が身勝手かつ矛盾したことを行っていることに。

 運命の番を重要視しながら──他者の番を取り上げようとしている事実に。

「ねえ、王太子殿下」

 ヴィルへルミネは小首を傾げ、冷たく微笑む。とても十二歳──あと数日で十三歳になる少女とは思えない、大人びた微笑だった。

「お答えくださる? どうしたら、マルダス王陛下が婚約を認めてくださるのかしら。もう婚約式も目前に迫っているのですけれど」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「まあ最悪、お披露目だけすればよろしいでしょうけど⋯⋯でもわたくしの──ローディウムの皇女の誕生日と婚約に、けち(、、)を付けた責任はきちんと取ってくださるんでしょうね」

「っ⋯⋯!」

 もはや言葉も出ない。今やリエーフは、そこにいるだけの置物と化していた。

 だがそんな彼を気遣うつもりは、ヴィルへルミネにもレオーネにも無い。

「兄上。俺もヴィルへルミネ様も、お互い以外に結婚するつもりはありません」

 ふたりの間には、まだ恋も愛も生じていない。今後は解らないが、少なくとも今はその段階にはない。

 だが、これぐらいのはったり(、、、、)はこの場に必要だ。それに、まんざら嘘というわけでもない。

「だから、どんな困難でも試練でもこなして見せますよ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「功績が必要だと言うなら、その用意もありますしね」

 レオーネの言葉に、リエーフは答えない。答えられるだけの精神的余裕が無いのだ。

 代わりに対応したのは、マルダス大使だった。

「しかし⋯⋯急に功績と言っても、そんなすぐに立てられ付ものではないでしょう。一体何をするつもりなのですか?」

 それは、レオーネの発言に疑いを向ける言葉だった。その反応は大使として当然だったし、その疑問も予想できていた。

「運命の番に関する研究と、その成果──まあまだ途上だが、それなりに目処は立っている」

「抑制⋯⋯研究ですか?」

「ああ。と言っても、それまでの抑え込む方向じゃなくて、制御する方向だが。何しろ運命の番から長期離れられないというのは、俺達の立場では悩ましい問題だからな」

 わざとらしく肩をすくめ、リエーフを見る。戸惑いの表情からは、レオーネの真意を測りかねているのが見て取れた。


 ───解りやすく言ったつもりなんだがな。

 ──やっぱりちょっと、鈍いよな。


 その鈍感さは、王太子として致命的なのでは──と思いながらも、レオーネは続けた。

「それと、手っ取り早く魔物討伐かな」

「い、いくら魔法が使えるからって、そんな危険なことをしなくても」

「あら、王太子殿下も討伐経験がおありでしょう? 同じことがレオーネ様にできないと、どうして仰られるの?」

 ヴィルへルミネはリエーフに一瞥を向けた後、レオーネに柔らかい微笑を見せた。

「それに、レオーネ様はすでにローディウムで魔物討伐の経験がありですわ」

「えっ」

「わたくしに、魔晶石の贈り物もしてくださいましたの。それで造った首飾りは、わたくしの宝物ですわ」

 ヴィルへルミネがレオーネの贈り物を受け取ったという事実に、リエーフは衝撃を受けた顔をする。

 正式に結ばれていないとはいえ、ふたりは婚約者なのだ。装飾品を贈り合ったりするのは当然なのだが、なぜそんな顔をするのだろうか。

 とはいえ、手を緩めるつもりは毛頭無いので、更に言葉を重ねようとした時だった。

「ご歓談中に失礼いたします!」

 突如、温室はひとりの男が侍従に連れられて入ってきた。三角の獣耳をした男──おそらくはマルダスの外交官だろうその男は、入口近くでひざまずいた。

「まずは皇女殿下にお詫び申し上げます。突然の乱入、どうかお許しください」

「⋯⋯どうかなさって?」

 唐突なことで驚きはしたものの、ローディウムの侍従を連れて現れたこと、その顔に焦燥が見て取れたことで、何かしらが起こったことは察した。

 事実、彼が口にしたのは無視できない事態だった。

「アミラ妃殿下が倒れられました」


    ───


 時は少しさかのぼり、リエーフとマルダス大使が皇宮に着いた頃。



 ソファーに座るアミラの前には、長机を挟んで件の商人が座っていた。

「貴方もローディウムに来てたのね。久しぶりじゃない? リエーフとは顔を合わせていたみたいだけど」

 アミラは首を傾げた。

 アミラと商人の付き合いは、リエーフより長い。というのも、アミラを貧民街から連れ出した行商人がこの男だったのである。

「貴方は貧民に収まる器ではない。よろしければ、ふさわしい場所にお連れしましょう」

 そう言った彼を信じ、アミラはその手を取った。そして、マルダスの王太子妃になったのである。

「本当ですね。ですが、近い内にローディウムも離れる予定なのです」

「そうなの?」

「ええ。龍帝国を経て、またマルダスに戻ります」

「また絹を仕入れてちょうだい。ローディウムに取られちゃったのよ」

「ええ、勿論」

 和やかに話しながら、商人は茶を淹れる。濃い紫色の、不思議な茶だった。

「新しいハーブティーって、それのこと?」

「ええ。美容にいいとして、最近人気のお茶なのです」

 ふたつのカップに注がれた茶を、アミラは興味津々で覗き込む。それに微笑みを向けながら、商人はまず自分の茶を一口飲み、もう片方のカップを押し出した。

「妃殿下もどうぞ」

「ええ、いただくわ」

 アミラは茶を一口含んだ。レモンのようなほのかな酸味と、蜂蜜の柔らかい甘味が舌を楽しませる。鮮やかな色に反して味は薄いが、健康にいいものは得てしてそんなものだろう。

「これでますます美しくなるのね」

「ええ。妃殿下は王太子殿下の運命の番。王太子殿下のため──何より妃殿下のために、美しさは重要ですから」

 せっかくだから、と商人は新たにカップを出してアミラの侍女達にも振る舞った。不思議な色合いと香りを独り占めしたかったが、感謝しながら飲む彼女達にも悪い気はしない。

 しばらく和やかに話していたが、ふと商人が窓の外を見やった。

「王太子殿下は、皇女殿下と話されている頃でしょうか」

「⋯⋯そうね」

 さきほどまで上機嫌だったアミラは、一転して不愉快そうに顔を歪めた。

「前回も思ったけど、とんだ我儘姫だわ。リエーフの要求を飲まないなんて、どれだけ甘やかされたのかしら」

「そうなんですか?」

「そうよ! リエーフに求婚されたのに、それを勝手に断って、レオーネを謝りに行かせたあげくに婚約しようとするんだもの。身勝手だわっ」

「なるほど⋯⋯」

「それにあたしがいるのに、ずっとローディウム語で話していたし⋯⋯マルダス語で話したと思ったら、嫌味ばっかり! ほんと、むかつく子供だったわ。顔は⋯⋯まあ綺麗だったけど。中身は最悪ね」

 止まらない文句に、商人は笑顔でうんうんと頷く。だが不意に、それに待ったをかけた。

「妃殿下、そろそろ落ち着かれては⋯⋯」

「何よ、まだ言いたいことは⋯⋯っ、う」

 止められたことに憤慨したアミラは、立ち上がって言葉を連ねようとした。だがその声が、不自然に途切れる。

 そのまま、どさりと床に倒れた。

「妃殿下⁉」

「きゃあ! 妃殿下があっ」

「誰か、医者を呼んできてくれ!」

「は、はい!」

 アミラに駆け寄った商人は、突然のことに恐慌する侍女達を一喝した。頷いた侍女のひとりがばたばたと部屋を出て、残りは水や手ぬぐいを用意に走る。

 商人はアミラをそっと抱き上げ、ソファーに横たえた。

「妃殿下、大丈夫ですか?」

 商人が呼びかけるも、アミラは呻き声を上げるばかりで答えない。意識はあるのだが、意味のある言葉を出せないのだ。

 ただ下腹部を押さえ、身体を丸めるばかりである。

 商人はアミラを心配そうに呼びかけながら、誰も見ていない瞬間、にい、と笑った。


 凍えるように冷たく、狂気に満ちた笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ