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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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五十五

 温室に現れたリエーフは、手を繋いで強い眼差しでこちらを見るヴィルへルミネとレオーネに戸惑ったような顔をした。

 それでもぎこちないながら笑みを浮かべ、挨拶をする。

「ローディウム帝国のヴィルへルミネ殿下に、ご挨拶申し上げる。⋯⋯久しぶりだな、どちらも」

「ええ。お久しぶりです、王太子殿下」

 ヴィルへルミネは空いた手で扇を広げ、口元を隠した。そうしなければ、下がった口角を見られてしまうからだ。それでも、睨み付けるような視線は隠しきれないが。

 片や、無表情をさらすレオーネは、軽く頭を下げた。

「お久しぶりです、兄上。ご健勝で何より」

「ああ⋯⋯うん」

 リエーフは明らかに困惑してレオーネを見つめていた。

 リエーフの中では、レオーネの印象はマルダスの離宮にいた頃で止まっている。かつてのレオーネは目立たないよう振る舞っていたから、今の堂々とした態度とはだいぶ違っているのだろう。

 否、振る舞いが同じであっても、違うように見えたかもしれない。

 レオーネがローディウムに来てから半年を過ぎた。それはほとんど、彼の努力の時間とイコールだ。素養はあったとはいえ、レオーネはマルダスにいた時とは明らかな成長を見せている。王子として、魔術師として──何より人として。

「挨拶はこれぐらいにして、ひとまず腰を落ち着けましょうか」

 ヴィルへルミネが扇を閉じつつそう言うと、リエーフと、無言で後ろに控えていたマルダス大使が慌てて椅子に座った。それを確認し、シュネー達侍女が紅茶を注ぐ。

 ふわりと香った香りに、リエーフは顔を上げた。

「これは⋯⋯薔薇か?」

「ええ。マルダス産の薔薇を使った紅茶ですわ。今回は花弁を使ったものですが、実を使った紅茶もありますのよ」

 もっとも、薔薇の実を使った紅茶は酸味があるため、好き嫌いが分かれやすい。そのため、香りだけを楽しめる花弁の方が選ばれた。

「龍帝国では花を使ったお茶が飲まれるとレオーネ様から教えられまして、どのような花が紅茶に適しているか色々と試してみましたの」

「龍帝国のは茉莉花を使用していますが、こちらの茶と合うかは解りませんからね」

「そう、なのか⋯⋯」

 マルダスの薔薇を使った、と言われた時には明るくなったリエーフの表情が、すっと沈んだ。普通に考えればレオーネとの関わりで考案されたものだと解りそうなものだが、その辺りを都合よく解釈しようとしたらしい。

 そんなリエーフに、ヴィルへルミネはところで、と声をかけた。

「わたくしとレオーネ様との婚約をお許しいただけないとのことですが──改めて、理由をお聞かせ願いますか?」

「それは⋯⋯」

 リエーフは一瞬躊躇したのち、すでにユリウスに聞かせた話を繰り返した。

「レオーネはすでに、彼の従妹であるサーニャ・ロルチエ嬢と婚約している。重婚が可能な我が国だが、責任を取らずにまた別の者と婚約というのは、王族として許される行為ではない。なので、レオーネには貴女との婚約を白紙とし、ロルチエ嬢と結婚してもらう」

「それなんですけどねえ、王太子殿下。奇妙ですのよ」

 ヴィルへルミネは小首を傾げ、愛らしく微笑んだ。だがそれは、見る者によっては不敵な笑みに見えただろう。

「ローディウムの方では、レオーネ様がほかの方と婚約を結んだという話は聞いていないのです」

「それはレオーネが隠していたからで」

「そうではなく。ローディウムが(、、、、、、、)正式に問い合わせて(、、、、、、、、、)マルダスが(、、、、、)婚約者はいないと(、、、、、、、、)答えている(、、、、、)んですのよ」

「⋯⋯⁉」

 リエーフの目が見開かれた。そして、同じ表情をしているマルダス大使を振り返る。

「どういうことだ? 大使よ、そのようなことは言ってなかったではないか!」

「い、いえ! 私も初耳で⋯⋯」

「当然ですわ。大使を通してではなく、貴国に直接尋ねているんですもの」

 今にも喧嘩を始めそうなふたりを制するように、ヴィルへルミネは言う。

「大使はレオーネ様を受け入れませんでしたからね。まともな回答、そうでなくとも即座の対応は望めないと、皇帝陛下がそう判断されたのです」

「なっ⋯⋯!」

 マルダス大使が鼻白んだ。当然だ、今の発言は、マルダス大使を軽んじているに等しい発言である。

 だが、ヴィルへルミネの言葉は止まらない。

「勿論、マルダスの返答を鵜呑みにせず、ローディウム側でしっかり事実確認はしております。結果、レオーネ様は口約束レベルの婚約者もいないと確認しましたのよ」

「この調査は去年の時点で終わっているそうです。別に隠していなかったから、知ろうと思えば知れたはずですよ。少なくとも、国王陛下は黙認していたはずだ」

 レオーネが付け加えると、リエーフとマルダス大使は押し黙った。

 色々問題のあるマルダス王だが、王として無能というわけではない。あからさまな調査をあえて放置するぐらいの政治判断はできるだろう。

「──ところで、サーニャ・ロルチエ嬢とはどんな人物なんですか?」

「⋯⋯? どんなって⋯⋯レオーネ、おまえの従妹だろう。知らないのか?」

「血縁なのは疑っていませんよ。母の腹違い(、、、)の兄の娘だそうですし。でも、会ったことも無いので、人物像が全く解らなくて」

「会ったことが無い⋯⋯? そんなはず⋯⋯」

「逆に何で会ったことがあると思えるんですか? ロルチエ家は確かに母の実家ですが、側妃として上がってから一度も会いに来ない血縁者と、どう接触しろっていうんですか」

 レオーネは呆れのため息をついた。

 レオーネ自身、母親の実家に全くと言っていいほど興味が無い。従妹がいたことすら今回の件で知ったほどなので、筋金入りだ。

「なので、従妹が婚約者なんて無理筋なんですよ。おそらく、母ですら姪がいることを知らないでしょう」

「な⋯⋯家族だろう? そんな哀しいこと」

「だから──血縁者だと、ただそれだけなんですよ」

 レオーネは冷たい眼差しをリエーフに向けた。翠にも黄金にも見える瞳の氷のような視線に、リエーフがすくみ上がる。


「俺の家族は、母だけです」


 それは、リエーフにとって衝撃の一言だったらしい。

 浮かしかけた腰を降ろし、呆然とレオーネを見つめる。

 こうして向かい合ってみると、本当に似ていない兄弟だった。髪と肌の色は同じで、瞳の色も共通しているといえばしている。

 だが顔立ちも、浮かぶ表情も、発する雰囲気も、何もかもが違う。

 母親が違う、だけではない。魔力の多寡、だけでもない。決定的な部分が違うように見えた。

「⋯⋯さて、誤解(、、)が解けたところで」

 少し冷めてしまった紅茶で喉を潤ししつつ、ヴィルへルミネは仕切り直しとばかりに口を開いた。

「王命として許可できないとのことですが、今すぐ取り下げるというわけにはいかないのでしょう」

「そ⋯⋯そうだ」

 リエーフは慌てたように頷いた。

「婚約の件はこちらの勘違い(、、、)だが、王命としての反対を取り下げるわけにはいかない。それが父上──マルダス王陛下のご意向なのだから」

「そうですわねぇ。どうしましょうか、レオーネ様」

「どうしましょうかね」

 ヴィルへルミネとレオーネはのんびりと顔を見合わせた。

 それにリエーフは戸惑った顔をし、マルダス大使は腹立たしげに眉をひそめる。そして、大使が口を開いた。

「恐れながら皇女殿下。マルダス王陛下は、レオーネ殿下は皇女殿下にふさわしくないと考えておいでです。勘違いが無くとも、おふた方の婚約を許しはしなかったかと」

「あら、わたくしの婚約相手にレオーネ様ほどふさわしい相手はいなくてよ?」

 だって、とヴィルへルミネはちらりとリエーフを流し見た。リエーフのぽかんとした顔に、思わず笑いが漏れる。

 その顔に叩き付けるように、ヴィルへルミネは言った。


「だってレオーネ様とわたくしは運命の番で、唯一にして絶対の存在なんだもの」

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