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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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五十四

 皇宮滞在を拒まれたリエーフ達は、マルダス駐在大使の屋敷にいた。

「王太子殿下を受け入れることは名誉ではありますが、それはそれとして、ローディウム側の対応には憤りを感じます」

 マルダス大使は憤懣(ふんまん)やるたかないというように言った。

 アミラも同意見のようで、マルダス大使よりも明確な怒りを見せた。

「リエーフは王太子──いえ、国王代理よ! どうしてローディウムの連中は、リエーフを敬わないの⁉」

 怒ってくれるアミラを愛おしく思いながら、リエーフは彼女をなだめた。

「しかたがない──というわけではないけれど、気持ちは理解できるよ。それまで皇女殿下の婚約者として扱っていたのに、レオーネとの婚約が無かったことになるんだから」

「皇女様が我儘を言ってるってこと? 余計許せないわ」

「うーん⋯⋯皇帝陛下は、娘の我儘を認めるような方ではなさそうだけど」

 公明正大で、不実を許さない皇帝だとリエーフは聞いている。間違いなく、後世に名を残す英雄だとも。

 そんな彼が、末姫のために国交を蔑ろにするようなことはしないと思う、とリエーフは語った。

 自分が不実を行なっているという発想は、彼には無い。

「とりあえず、明日また話し合うことになっている。その時に、どうにか説得してみせよう。アミラ、屋敷で待ってくれるな?」

「勿論よ! でも、早く帰ってきてね」

 しなだれかかるアミラを抱き締め、頷くリエーフ。眼差しはどこまでも甘い。

 それを見ていたマルダス大使は、唖然としていた。

 実は彼は、リエーフとアミラが共にいるところをほとんど見たことが無い。駐在大使として最近はほとんどローディウムにいたし、マルダスでリエーフに会う際は政治の場だ。こんな風に寄り添うふたりを見る機会が存在しなかったのである。


 ──もしや、この状態をローディウム側の前でも見せていたのでは⋯⋯


 マルダス大使は、皇帝と皇女の前までアミラを連れていき、不敬を働いたとしか聞いていなかった。だからこそ、まだヴィルへルミネとリエーフの縁は繋げられると考えていた。

 だが、この様子を見てしまうと、それは難しいのではと感じてしまう。

 すでにリエーフとは自分の娘を妃に迎える話をしているが、早まったかもしれないと思わざるをえない。

 マルダス大使も獣人だ。運命の番の重要性も、獣人に起こり得る可能性も理解している。

 だがマルダス大使の知る限り、運命の番が見つかった貴族は、最低限の分別を持っていた。そうしなければ足元をすくわれるからだ。

 勿論、暴走した果てに悲劇的な末路になった者も多い。かつての龍皇帝がいい例だ。

 リエーフがそうではないという保証は、どこにも無い。

「⋯⋯殿下」

「うん?」

「運命の番である妃殿下と離れることは不安でしょう。抑制薬を用意しましたので、服用していただければと思います」

「抑制薬か⋯⋯大丈夫なんだろうな?」

 リエーフはいぶかしげにマルダス大使を睨んだ。

「大丈夫とは?」

「副作用などは無いのかと聞いている。話し合いを前に体調を崩すわけにはいかない」

「勿論です」

 マルダス大使は頷きながらも、内心首を傾げた。

 副作用を気にするのは解る。明日のことを思えば、欠席するわけにはいかないからだ。

 だが、リエーフの反応はいささか過剰のように見えたのだ。

 気のせいだろうか──と不思議に思いつつ、マルダス大使は薬の説明をする。

「すでにマルダス国内で臨床実験を経て、市販されている薬です。一定の効果はあるようです」

「そうか」

 ほっとした様子のリエーフにやはり違和感を覚えながらも、マルダス大使は事前に用意していた抑制薬を渡した。こちらは商人からではなく、個人的に購入したものだ。

 マルダス大使を含む外交官達は、仕事の際はこの薬を常用していた。外交相手に運命の番がいた場合、国際問題に発展しかねないからだ。実際に運命の番を見付け、危うく無礼を働くところだった前例があった。

 くだんの外交官は結果的にうまくいったものの、今後もそうなるとは限らない。なので外交官達の必須薬として、抑制薬が重宝されることになった。

 リエーフは、どうやらそれを知らないらしい。

「⋯⋯殿下、我が娘を妃に迎えた暁には、お願いしたいことがございます」

「ああ。おまえには何かと便宜を図ってもらった。幾らでも言ってくれ」

 リエーフは頷いた。前までなら頼もしく感じた言葉だが、今では安請け合いが過ぎるように思えてしまう。

 明日の話し合いにはマルダス大使も参加する。どうか平和的に終わるようにと祈るばかりだった。

 一方的な婚約白紙の話し合いが平和的に終わるはずがないと、思い至ることはないまま。


    ───


 話し合いは皇宮内にある温室で行われることになった。

 この温室は、元は研究のために温暖な気候でのみ育つ植物を育てる目的で建てられたものである。拡張工事の際に茶会を開けるようなスペースが造られ、いつしか色とりどりの花も咲く場所に変わった。

 勿論元の目的が忘れられたわけではなく、茶会の場所からは見えない、入れないように工夫されていた。

 冬とは思えないような鮮やかに花が咲く温室で、ヴィルへルミネとレオーネはリエーフ達の来訪を持っていた。

 今回の話し合いに、アミラは来ない。アミラがいたら話し合いには応じない、と通達しているので、連れてきたとしても門前払いされることになる。

 温室にはすでに四脚の椅子と大きめの円形机が用意され、机の上には伏せられた茶器が置かれていた。シュネーを筆頭とした数人の侍女が控え、あとは湯を注ぐだけの状態で留め置かれている。

 菓子や軽食は無い。これから行われるのは楽しいお茶会ではないため、そんなものは必要無いのだ。

「⋯⋯温室には、初めて入りました」

 ずっと黙っているのに耐えられなくなったのか、レオーネが口を開いた。

「ローディウムの薬草などは色々調べていましたし、実物を見たりもしていたのですが⋯⋯」

「管理そのものは専門の薬師の仕事ですからね。薬草の温室も見ますか? 許可が必要なので、明日以降になりますけど」

「ええ、ぜひ」

 ふたりの会話は穏やかだ。これから、婚約が継続されるかどうかの話し合いをするとは思えない穏やかさである。

 ふたりとしては、すでに気持ちは固まっているのだ。あとはそれをリエーフ達に伝え、どう納得させるかである。

「マルダス王太子殿下、並びにマルダス大使様がいらっしゃいました」

 だが侍従の知らせに、ふたりの身体に緊張が走った。

 結論はすでに出ている。だからといって、気が張らないわけがないのだ。

「ヴィルへルミネ様」

「レオーネ様、わたくしの気持ちは、先にお伝えした通りですわ」

「はい──俺も、同じ気持ちです」

 互いの手をそっと握り、ふたりはリエーフ達を待ち構えた。

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