五十三
結局リエーフ一行が皇都にたどり着いたのは、月が変わり、半ばに差しかかる頃だった。婚約式までにはまだ一週間弱あるものの、早い時期に入国したにしてはあまりに遅い到着だった。本来なら遅くとも二週間前には着いていたはずなのだが。
ちなみに彼らは皇宮に滞在することを許されなかった。ユリウスが彼らの行動を許さなかったのだ。持ってきた贈り物も、全て突っ返しとのこと。
「事前に何の連絡も無く、突然の人員変更。それも、国王の代理が貴公とはな。マルダスは我が国を馬鹿にしているのか?」
まさかそんなことを直接的に言われるとは思っていなかったのか、リエーフは言葉を失っていた──らしい。
伝聞なのは、ヴィルへルミネは謁見の際にいなかったからだ。
マルダス王の代わりに来た以上、会わないわけにはいかない。だが不必要に顔を合わせたくない──そんなヴィルへルミネの気持ちをくんで、ユリウスが同席させなかったのである。
リエーフはヴィルへルミネにすぐ会いたいと願い出たそうだが、同席したギルエルフィネが遠回しにどの面下げて言ってるんだど阿呆と言って一蹴したらしい。あまり響いていなかったそうだが。
だが、問題はここからだった。
「我がマルダス王国は、第二王子であるレオーネと、貴国の皇女ヴィルへルミネ殿下の婚約を認めることはできない。これは王命である」
リエーフはユリウスとギルエルフィネを前にして、堂々とそう言い放ったそうである。
そういうことはまず国を通してもっと早く言えとか、代理として書状も持っているとはいえ王太子が軽々しく王命と言うなとか、とにかく突っ込みどころ満載だった。
「えーっと⋯⋯レオーネ様との婚約を白紙にしたいということでしょうか」
「ですねぇ。まあ、予想はできたことでしたが」
ヴィルへルミネとレオーネは、自分達でも驚くほど落ち着いていた。
事前に可能性として──哀しいことに、割と高い可能性だ──婚約に口出すことは予想していたし、それがどういう方向性かも解っていたので、まあそうなるよな、とむしろ納得したほどである。
ただ、わざわざ王命を引っさげてきたことと、反対の理由が少し引っかかった。
「レオーネには前々からマルダス国内に婚約者が存在していた。それを隠して皇女殿下との婚約を進めていたこと、また先に婚約した女性に何も知らせずにいたこと、不誠実極まりない。よって、レオーネには責任を果たしてもらいたい」
ということを言い、また書状として持ち込んだが、レオーネには間違いなくヴィルへルミネ以外の婚約者はいない。レオーネ自身がそう認識しているし、ローディウム側もそれはきちんと確認している。
王侯貴族だと当人が知らない間に婚約結婚が成立していた、ということが少なからずあるが、今回に関して言えばそれも無かった。
架空の婚約者を仕立てでもしたのかと思いきや、どうやら実在の令嬢の名前を引っ張り出してきたらしい。
名前はサーニャ・ロルチエ。レオーネの従妹、らしい。
レオーネの母である側妃の兄の娘とのことだが、ロルチエ家は下級貴族な上に、側妃は側妻との子供だったため、レオーネ共々交流は皆無とのことだ。何しろレオーネは自身に従妹がいたことすら認識していなかったのである。
「いや、だって祖父母にも会ったこと無いですし⋯⋯」
もはや絶縁状態だった。母方の実家の家名を知っていたことが奇跡まである。
余談だが、側妃の名前はルゥリと言う。猫の獣人らしい。
「この俺の前で堂々と嘘を言うとは、リエーフ王太子は思いのほか図太いらしい」
あるいはただの馬鹿なのか、と本気で疑っているユリウスに、ギルエルフィネは肩をすくめた。
「馬鹿に一票。持ってる宝石全部賭けてもいい」
「賭けになりませんよ」
「それ以前に、皇太子と皇子が軽々しく賭けるなんて言ってはいけません」
ミカエルシュナがたしなめると、はーい、と返事するギルエルフィネとダリウス。返事だけはいいふたりである。
「しかし⋯⋯予想していたとはいえ、内容としては最悪の予想だったんだがな。さて、どうしたものか」
リエーフのとんでも行動のせいで霞んではいるが、状況が悪いのは事実である。
ローディウムとマルダスの国力はローディウムが上だが、あくまで対等の同盟国であって属国ではない。レオーネはマルダスの王族のため、マルダス国王の意向を無視するわけにはいかない。
それが本当にマルダス王の意思ならば、の話だが。
「書状には、マルダス王の署名と玉璽があった。さすがに偽造ではないだろうが⋯⋯偽装してないとは言えないだろうな」
「病に伏しているというなら、実権はリエーフ王太子が代替しているでしょうからね。それぐらいは可能でしょう。そもそもの話、病というのも疑わしいですが」
ユリウスとミカエルシュナの言葉に、レオーネは眉をひそめた。
「毒を盛ったと⋯⋯思っているんですか?」
「実際、そうしそうか?」
「いえ、兄上はその辺りは潔癖です。多少自分の都合のいい言動はしますが、明らかな悪行はしないかと」
「なら、本当に偶然か」
そういいながらも、ユリウスは信じていないようだった。レオーネも、マルダス王がそんなタイミングよく倒れるとは思っていない。
ただ、自分の知るリエーフは毒を盛るような悪意ある行動はしないと、そう思うだけだ。
──けど、絶対じゃない。
──そもそもそこまで、兄上のことを知っているわけじゃない。
別にそれまでは知らなくても問題無かったし、これからもそうだと考えていた。
だがことここに至ると、もう少し交流してもよかったのかもしれないと思ってしまう。今更悔やんでも、もうどうしようもないが。
「ともあれ、この状況では会うのを拒み続けるのは難しいだろう」
ユリウスの言葉に、ヴィルへルミネとレオーネは揃って顔をしかめた。だが、その言葉に否やは言えない。
もはや好むと好まざるとにかかわらず、リエーフとの対峙は決定事項だった。




