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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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五十二

 夕食の席でリエーフ入国の一報を聞いた時、ヴィルへルミネは危うく紅茶の入ったカップを取り落としそうになった。

「⋯⋯何で、王太子殿下が」

 言葉を失い、力無くカップをソーサーに戻す。思いのほか大きな音が響いたが、それを指摘する者はいなかった。

「マルダス王陛下の病も気になるが、どの面下げてローディウムの土を踏んだんだ」

 ギルエルフィネが忌々しそうにそう言った。その言葉は、この場にいる全員共通の思いだろう。

「⋯⋯動くとは思っていましたが、まさか本人が来るとは」

 レオーネはため息をこぼした。最近は練習も兼ねて、夕食だけは皇族と共にするようになっていた。

「追い返すわけにはいきませんかね?」

「さすがにな⋯⋯事前に解っていればまだ対処のしようがあったが、入国後に判明してはどうしようもない」

 ユリウスは苦々しげに言った。

 リエーフか、あるいは周囲かは解らないが、追い返されることを見越して徹底的に隠していたらしい。姑息なことだ。

 ミミネア・トゥファとマルダス大使の繋がりを示す証拠は、今のところ挙がっていない。

 何度かマルダス大使を突っついてみたものの、なかなか尻尾を掴ませないのだ。ミミネアのことは表沙汰にできないため、直接的な捜査ができずに手をこまねいている状態である。

 そんな中でリエーフが来るというのは、非常に頭の痛い状況だった。

 ちなみにミミネアはトゥファ領にある別邸に移送されている。表向きは突然の病気とし、処遇が決まるまで監視を付けて軟禁されることになった。

 トゥファ侯爵夫妻は彼女を心配して領地に引っ込んだ──ことになっている。実際は、ミミネアとは別のところで監視生活をすることになった。見張っているのは、フレッドの弟だ。

「身内の不始末の責任を、最低限でも取りたいのです」

 そう言って自ら志願したのである。勿論皇室から出した監視役と共にだが、今のところその職務をまっとうしているようだった。

 また、ミミネアとペレアスの婚約はすでに解消されている。これだけは、ミミネアにとって望んだ結果となった。

「ところで、アミラ妃は」

「一緒に来てるみたいよ」

 ダリウスの疑問に、ミカエルシュナが答えた。

 レオーネの口から、何とも言えない呻き声が漏れた。苦虫を十匹も二十匹も噛み潰したような顔は、彼のアミラに対する感情を如実に表している。

「アミラ妃と何かありましたの?」

 ヴィルへルミネが思わずそう尋ねると、レオーネは表情を変えずに、少し、と言った。

「まあ、あまり愉快な交流はしていませんね」

「それは顔を見れば解りますけど⋯⋯」

 これで懇意にしていたと言われたら、レオーネの正気を疑うところである。

「兄上もだが、アミラ妃も何をしでかすか解らない。警戒はし過ぎるぐらいがちょうどいいと思います」

「弟であるレオーネ殿の言うことだ、重く受け止めよう」

 レオーネの言葉に頷いたユリウスは、リエーフ一行を見張るよう指示を出した。

 現在リエーフ達は国境を通ったばかりである。皇都に来るのは一週間以上かかるだろう。それまでにできることはやっておかなければならないと、全員が考えていた。



 そうして覚悟を決めていたのだが、リエーフ達の歩みは遅々としたもので、なかなか皇都にたどり着かなった。

 というのも、ローディウムの大きな都や街に着くたび、アミラの買い物に時間をかけているからだ。旅先とは思えぬ大量の衣類や装飾品を買ってはマルダスに送付しているため、とにかく時間がかかっているようである。

「何でこんなに早く入国したんだろうと思いましたが、もしかして買い物ための時間確保だったのかしら」

 ヴィルへルミネは呆れの言葉をこぼした。

 それを聞いたレオーネは、頭を抱えて身内がすみません、と謝る。

「アミラ妃は着道楽な上に宝石や貴金属が好きなので、彼女の我儘を兄上が聞いた結果かと」

「⋯⋯王太子と王太子妃の自覚はありますの?」

「兄上はあれで、アミラ妃が絡まなければ仕事はできるんですよ」

 少なくとも、運命の番以外で問題になるようなことは無かったという。他者に自分の価値観を押し付けるなどの人間的な欠点は、仕事の出来とはあまり関係無いのだ。

 ふたりは知らぬことだが、リエーフは帰国後雑務しか任せられなくなっていたが、それらも問題無くこなしていた。膨大ゆえになかなか暇にならなかったが、逆に言えば高頻度ではないにしろ暇が作れるぐらいには回せていたのである。

 王太子としての資質は充分に備えているのだ──人間性以外は。

 そして今、その人間性で大問題を引っさげてきているなど、ローディウム側はまだ知らない──


    ───


「リエーフ見て! 似合うでしょう?」

 ローディウム風の髪飾りを着けたアミラが嫣然と微笑んだ。

 金とエメラルドでできた花の髪飾りは、アミラの黒髪によく映えている。同じ店で買った黄緑色のドレスも相まって、異国の令嬢のようだった。

 リエーフはそんなアミラに、頬を緩ませた。

「よく似合っている。これも買おうか」

「いいの?」

「勿論。さっき見ていた帽子もいいな。きっと今着ているドレスにも合うよ」

「嬉しい⋯⋯ずっも質素な生活をしていたけど、また貴方のために着飾れるのね!」

 アミラの言葉に、リエーフは自然と嬉しくなった。

 アミラは自分のために美しくなろうとしている──そう思うと、何でもしてやりたくなるのだ。

 侍従に金を払うよう指示を出し、今日買ったものをマルダスに送る算段を立てていたリエーフは、ふと目に付いたボンネット帽子を見やった。

 緑色のリボンと造花で飾られた白くて愛らしいそれは、アミラのような大人っぽく妖艶な女性には似合わない。だがこれから会いに行く人物にはぴったりだろう。

「これも買っていくか」

「皇女様へのお土産? マルダスから持ってきたのだけじゃ駄目なの?」

「あの方には色々(、、)と迷惑をかけるからな⋯⋯土産は多ければ多いほどいいだろう」

「リエーフったら優しいんだから」

 微笑むアミラに、リエーフも笑顔を返す。

 これだけ見れば、確かにリエーフの優しさの発露に見えたかもしれない。

 だがふたりが現在いる声は、高級店ではあるが皇族の土産を買うにふさわしいレベルというわけではない。

 そもそも他国の皇族への土産を、その皇族が治める国の店で見繕うというのが非常識なのだが、その発想は無いらしい。

 リエーフはアミラの賞賛に気をよくしつつ、少なくない罪悪感に悩まされていた。

 マルダス王が病に伏したことを理由に代役としてローディウムを訪れたものの、リエーフの目的は婚約式を見届けることではない。


 ──ヴィルへルミネ殿下に、また恨み言を言われるだろうな。


 だが将来的に彼女のためになるのだ、今は我慢してもらうしかない。

 リエーフはそう思いつつ、憂鬱な気持ちになるのを抑えられなかった。

 その目的(、、)がどれだけ独善的かつ傍迷惑なのか、自覚せずに。

 それ以前に、ヴィルへルミネから顔を合わせることすら厭われていることなど、想像もせずに。

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