五十一
ミミネア・トゥファのことは、秘密裏に進められた。
何しろギルエルフィネの皇太子就任当日にやらかしたのである。侯爵令嬢という立場も手伝って、彼女のことは慎重に扱わなければならなかった。
ただ、これだけは確実だ。
ミミネアは、後継者としての資格を失った。
晩餐会の翌日、ヴィルへルミネとレオーネはトゥファ家に関する経過報告を聞いていた。
フレッド・トゥファとその妻は、ミミネアが禁制品を含めた魔道具を入手していたことを知らなかった。小心者の彼らのことだ、反逆罪をちらつかされては嘘はつけないだろう。
ではどこで手に入れたかというと、ミミネア曰く、マルダス大使の使いから贈られたのだと話しているそうだ。
ミミネア自身は相手を駐在大使だと認識していなかったようだが、語られる特徴とマルダスの者だと名乗ったことから、ほぼ確定だろう。
だがトゥファ夫妻立ち会いのもと彼女の部屋を調べたところ、本人が言っていたやり取りの手紙はおろか、レオーネを惑わせた香水の入った瓶や、魔道具を入れていた箱さえ見つからなかった。
侵入した形跡は今のところ見付かっていないが、十中八九何者かがそれらを回収していったのだろう──というのが、捜査した騎士隊の見解である。
ローディウムの法律では、証言だけでは確実な罪を問うことはできない。まして相手は他国の大使である。性急な捜査は国際問題になりかねない。
マルダス大使の存在が浮上してきたことに、レオーネは表情を変えた。ぐ、と拳を握り、うつむく姿は、怒鳴るのを堪えているように見える。
本当にマルダス大使が関わっているなら、たとえレオーネが被害者側であっても立場は危うくなる。そうでなくとも責任感の強い彼は、自国の大使のやったことを許せないだろう。
報告に来た騎士達は、レオーネを気遣わしげに見つめている。彼らはレオーネの人となりを知っているため、そんな立場に同情的だ。
だが、レオーネのことをよく知らない人間からすれば、信用を無くすのに充分な材料となるだろう。
「⋯⋯あるいは、マルダス大使の狙いはそれなのかもしれませんわね」
そんなレオーネの手にそっと自分のそれを重ねながら、ヴィルへルミネはそう言った。
「レオーネ様の立場を悪くして、婚約が正式に結ばれないようにしたかった、とか」
「なぜ、そのようなことをするのでしょうか」
報告担当の騎士が、本気で不思議そうに問いかけた。
「レオーネ殿下に対して不敬を働いたというのは聞いています。ですが、だからといって自国の王子の立場を悪くするようなことを行う必要があるんですか? 自分の立場だって悪くなるのに」
「はたしてマルダス大使はそれを考えられるのか、少し疑問に思い始めているところですわ⋯⋯」
ヴィルへルミネがため息をつくと、レオーネが顔を上げた。
「可能性だけですが、マルダス大使はこの婚約を白紙にして、兄上との婚約を勧めるつもりだったのではないでしょうか」
「⋯⋯⋯⋯はあ?」
ヴィルへルミネの口から、淑女らしからぬ声が出た。目を丸くする騎士達に誤魔化すように笑いかけ、レオーネを振り返る。
「なぜ、王太子が出てくるんですの?」
「もし兄上が貴女との婚約を諦めておらず、大使がそれを知っていたら──そう思えば、辻褄が合いませんか?」
「合い──ます、けど。でも、それは」
それは、あまりにもローディウムを軽く見ているのではないだろうか。
何より自分の運命の番を重視してふいにしたのに、弟の運命の番を奪おうとするのは、矛盾が過ぎるのではないか。
「兄上なら、ありえなくはないです」
レオーネは吐き捨てた。
「あの人は無自覚ですが⋯⋯自分が望んだことは何だって叶うし、自分が何より優先されるべき存在だと思い込んでいる。そのくせ性根は善良で、独善的だ。自分がいいと思うことは周囲にとってもいいと考えているし、それを他者に押し付けることは思いやりだと考えている。貴女のことも、俺より自分の方がいい結婚相手だし、みんなが幸せになれる方法だと素で考えていると思いますよ」
悪人が必ずしも善行を成さないわけではないのと同じように、善人もまた他者を虐げることもあるだろう。
それを無意識に、善行のように行うのがリエーフなのだと、レオーネは語る。
「そしてそんなあいつの気持ちを汲んだ結果──俺を陥れるという発想になるのも、可能性としては高いです。勿論、単純に俺が気に入らないっていうのもあるでしょうが」
「そんな⋯⋯」
ヴィルへルミネは絶句した。
王太子うんぬんは抜きにしても、そんな道理の合わぬことを二十歳の男が考えていることが信じられなかったのだ。騎士達も同様なのか、目を剥いてレオーネを見つめている。
「もしこの予想が外れていなければ、近い内に兄上が何かしらの行動を起こすかもしれません」
はたして、残念なことにその予想は的中することになる。
月末。病に伏したマルダス王に代わり、リエーフ王太子が婚約式のために入国したと、ローディウムに一報が入ったのである。
───
時系列は、去年までさかのぼる。
「これは魔法薬です。いえ、効果を考えれば魔法毒と言った方がいいかもしれません」
商人の言葉に、リエーフの眉間にしわが寄った。
「商人よ⋯⋯俺は」
「解っております。殿下は誰かを傷付けることをよしとしておられない」
ですが、と商人はどこか挑むように言った。
「清廉潔白は美徳ですが、時には手を汚すことをためらってはいけません。本当に欲しいものは、どんな手を使っても手に入れる──そういう貪欲さが、殿下には足らないように見受けられます」
「それは⋯⋯否定しないが」
リエーフはうつむいた。
王太子という立場ゆえに、リエーフが望んで手に入られなかったものは無かった。
心の底から望んだもの、と言えばアミラだが、彼女もまた、苦労せずに伴侶となった。
欲して手に入らなかったのは、ヴィルへルミネ皇女だけである。
「第二王子殿下と皇女殿下は、確かに運命の番です。ですが高貴な皇女殿下を真に敬い、尊ぶことができるのは──そんな立場を与えることができるのは、王太子殿下をおいてほかにないでしょう」
「だが⋯⋯だが、父はそれを許さないだろう」
王宮を騒然とさせたレオーネとヴィルへルミネの婚約だが、最終的にマルダス王は認めてしまった。認めるしかなかったというのが正しいが、少なくとも反対はしなかったのだ。
「忌々しい王子だが、最低限役立ってくれたわ。謝罪を受け入れさせるどころか、皇女との婚約を取り付けるとはな」
これで皇女を連れ帰れば、側妃の件は無かったことにしてやってもよい──と苦々しげに言っていた。
「だからこその、魔法毒なのです」
商人はさらりと言った。
「毒とは申しましたが、これは魔力の高い者にとっては、正真正銘薬となります」
「何?」
「魔術師が何らかの理由で魔力が枯渇した場合、緊急措置でこの薬を服用するのです。魔力は使い過ぎたり、極端に減ってしまいますと、体調を著しく悪くするのですよ。魔力の多い者特有の症状なので、獣人にはあまり縁が無いでしょうが」
「そうだな。そもそも極端に減るほど多くは無いから⋯⋯」
リエーフも身体強化は使えるが、使い過ぎて体調を崩すという経験は無い。マルダスの戦士達からも、そういった話は聞かなかった。
「そこでこの魔法薬で、減少した魔力を補うのです」
「魔力補充のための薬か」
「そうです。ただ、魔力が少ない者、魔力が全く減っていない者が服用すると、自家中毒のような症状を引き起こします。使いどころが少し難しいのですよ。勿論、命には別状はありませんが」
「⋯⋯商人殿は、何が言いたいんだ?」
リエーフは本気で理解できず、そう問いかけた。対し、商人は微笑む。
そこで初めて、商人の眼差しに温かみが無いことに気が付いた。
「邪魔な障害は取り除くべきです。国王陛下には、一時おとなしくしていただきましょう」




