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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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50/116

五十

 閃光が部屋を満たす直前、レオーネとラルクは反射的に目を閉じた。それは生物として、当然の反応である。

 だがそれは、結果として悪手だった。

「⋯⋯⁉」

 レオーネは自分の手足の自由が(、、、、、、、、、)突如失われた(、、、、、、)のを感じた。

 立つためのバランスさえも喪失して、床に倒れ込む。後ろでどさ、という音が聞こえたので、ラルクも同様の事態に陥ったのだろう。


 ──油断したわけじゃない。だが、一体どんな魔導具を使ったんだ?


 レオーネは未だ不明瞭な視界の中で考える。

 痛みは無い。感覚が無くなったり、出血しているような気配も無い。攻撃的なものではないようだ。

 ならば拘束か──と考えていると、ようやく光が薄れてきた。

 少し眩んだ目を開け、自分の状態を確認する。

「⋯⋯雷、か?」

 レオーネは自分の手足に巻き付いた、帯状の雷に気が付いた。

 青白く輝く小さな雷は、手足を拘束するだけでなく、その電撃で自由を奪うようにできているようだ。威力そのものは弱いため、痛みも無ければ火傷にもならないだろうが、不自由にするには充分なのだろう。

「は⋯⋯あは、あはは⋯⋯! 凄い⋯⋯これで、レオーネ様は私のものねっ」

 最初ミミネアは、自分のしでかしたことなのに呆然としていたが、状況を把握すると歓喜で顔を歪ませた。

 その表情は愛らしさと醜悪さが両立しており、見るに堪えないものになっている。もはや、可憐な令嬢とは呼べない代物だった。

 レオーネが睨み上げるのも気に留めず、彼の傍にしゃがみ込むミミネア。そしてそっと、彼の両頬に触れた。

 同時に、その手から六面体の鉄塊がこぼれ落ちる。おそらく拘束を成した魔導具だろう。それを一瞥することなく、囁きかけた。

「レオーネ様⋯⋯」

 その手と声に、レオーネは背筋がぞわぞわと粟立つのを覚えた。

 天と地ほどの差はあれど、愛らしい少女という点で言えばヴィルへルミネとミミネアは共通している。

 それなのに、ミミネアに対してこうも嫌悪感をかき立てられるのはなぜなのか。


 ──生理的に受け付けないって、こういうことなんだろうか。


 年頃の少女を前にして至極失礼な物言いだが、ようはそういうことなのだろう。

 レオーネはため息を漏らし、ミミネアに冷たく言い放った。

「もう言い訳は立たないな」

「え?」

 ミミネアが首を傾げた時──


「現行犯ですわ」


 その言葉と共に、ミミネアに緑色の何かが巻き付いた。

 それは青々とした蔓草であり、妖精魔法で生み出されたものたった。

「レオーネ様、お怪我はありませんか?」

 そう言いながら扉から顔を出したのは、ヴィルへルミネだった。その手には、繊細な細工を施した金属製の扇が握られている。

 この扇は、レオーネの斧槍と共に造られたヴィルへルミネの武器である。骨組みに魔銀、要部分に魔晶石、扇面には魔絹を使用した、扇の形をした魔法の杖だった。

 その扇の先を、今はミミネアに向けている。

「一応⋯⋯あ、でもこれを外してくださると助かります。魔法を封じる効果もあるみたいで」

「あら。香水の効果は大丈夫ですの?」

「嫌悪感が上回ってて⋯⋯」

「あらあら」

 ミミネアからレオーネへ扇の先を変えたヴィルへルミネは、蔓草を雷の帯に絡ませた。とたん、帯はぶつりとちぎれて消える。

 放置された形のミミネアは、口をぱくぱくさせて言葉を失っていた。

「な、なっ⋯⋯⁉」

「レオーネ様があれほど拒絶をしていらしたのに、こんな凶行を起こすなんて──身勝手もここまで来ると、哀れですわね」

 ヴィルへルミネが残念そうに首を振った。だがミミネアを見下ろす眼差しは冷たく、ミミネアはひゅ、と息を呑む。

「ヴォルフ」

「はっ」

「彼女を別室に連れていって。女性騎士を呼んで、身体検査を行わせなさい」

 扉の陰に隠れていたヴォルフが姿を現し、ミミネアをひょいっと持ち上げた。扱いは完全に荷物である。

 ミミネアはまだ自失から戻っていないのか、意味の成さない声を上げながら連れていかれた。

「⋯⋯まさか、ここまで予想通りの動きをされるとは思いませんでしたわ」

 ヴィルへルミネはため息をついた。



 ヴィルへルミネが立てた作戦は、複雑なものではなかった。

 まずレオーネは体調不良を装って休憩室に下がる。香水の効果は風属性の魔法でレオーネに届かないようにすれば避けられるだろうと見立てて──そうやって回避した例をヴォルフが知っていた──あらかじめ、周囲に空気の層を張っていた。

 そしてミミネアが動き出したタイミングで、ヴィルへルミネもそのあとを追う。同時に、近衛騎士などにも密かに声かけをして、近くに待機してもらっていた。

 休憩室の前にも騎士は立っていたため、念のための措置だったが──まさか銃まで所持しているとは思わず、結果的に役立ってしまった。

 その時点でミミネアには複数の罪を問えるような状態だったが、一応レオーネが説得──というか拒絶して、そこで踏みとどまっていれば、多少の瑕疵は負うものの彼女自身への追求は緩くなるはずだった。

 だがミミネアは、拒絶されたことで癇癪を起こし、更なる罪を背負うことになってしまった。



「さて──これで、諦めはつきましたでしょう?」

 ヴィルへルミネは部屋の外へ、そう問いかけた。

 その声に応えるようによろよろと現れたのは、フレッド・トゥファとその妻である。彼らもまたミミネアがレオーネを追いかけたタイミングでヴィルへルミネに連れられてきたのだ。

 ふたりはミミネアが間違いを起こす前に止めようとしていた。だがヴィルへルミネは騎士に命じてふたりが余計な手出しをさせないように抑えさせていたのである。

 全ては、ミミネアの行動を見極めるために。

 そもそも今更止めたところで、ミミネアが罪を犯した事実は変わらないのだが。


 ──結局発動しなかったけれど、万が一の対策も事前にしていたしね。


 ヴィルへルミネは内心ほっとしていた。

 作戦を立てる前──それこそ、来賓を迎える前に、実はレオーネに守護の魔法をかけていたのである。

 神聖魔法によってかけられたそれは、一度だけだが被加護者の命の危機を祓う効果がある。それが外傷だろうと毒だろうと──外的要因による死を拒絶することができる(、、、、、、、、、、)のだ。

 使用者本人には使えないこと、心の底から被加護者の無事を祈っていないと効果が無いこと、ひとりにつき生涯で一度だけということなど幾つかの制限はあるが、ヴィルへルミネが使える神聖魔法の中でも特に強力なものだった。

 ちなみに使えるのは、ヴィルへルミネが知る限り自分と、ミカエルシュナ、マリーヌぐらいであり、それほど使い手の少ない魔法なのである。

「このたびは⋯⋯真に申しわけありません」

 フレッドは妻と共に深々と頭を下げた。そのまま床に、脂汗のにじんだ額を擦り付けかねない勢いだ。

「何を謝っているのかしら」

 対し、ヴィルへルミネの反応は冷静だった。

 否、冷静というより冷徹だ。否々、冷徹よりも──冷厳だ。

 彼女の春の瞳は、いつぞやと同じように氷よりも冷ややかだった。

「トゥファ嬢の言動? それとも⋯⋯魔導具の所持、及び使用?」

「り、両方⋯⋯です」

「それだけ?」

「え⋯⋯?」

「貴方がたが謝るべきなのは、本当にそれだけなのかしら?」

ヴィルへルミネの問いかけに、フレッド達は答えられなかった。目が忙しなくうろうろしていて、口元は意味も無く動いている。答えを探しているようだが、思い付かないようだ。

「ミミネア・トゥファ令嬢の行動は、反逆罪に問われてもおかしくないのですけれど、それは解っていて?」

「は、反逆罪ですって⁉」

 フレッドの声がひっくり返った。そんな反応に、レオーネがため息をつく。

「皇宮に禁制品の魔道具を持ち込み、守衛をしていた騎士を傷付け、皇女の婚約者に不貞を誘い、拒否されれば無体を働こうとする──どこをどう取っても、皇家に対する攻撃だろう」

「⋯⋯あ⋯⋯」

「トゥファ侯爵、ご存知?」

 ヴィルへルミネは、ふ、と嗤った。

「叱るべき時に叱らず、甘やかすだけ甘やかして、必要な教育をしない、させない。それもまた、一種の虐待だそうですの」

 どれだけ努力しても普通のことができない者は、どうしても一定数いる。だがミミネアがそうとうは、どうしても見えなかった。

 彼女はただ、甘やかされただけだ。甘やかされるだけ甘やかされて、本来得るべき権利もするべき義務も行使しなかった、その成れの果て。

 そしてミミネアを──己自身を甘やかし続けた男に、ヴィルへルミネは言った。


「ご息女の教育を間違えましたわね」

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