五
ローディウム帝国から帰国したリエーフは、マルダス王国の国王の執務室にいた。国王があまりにも早い帰国に驚き、彼を呼び出したのだ。
リエーフからことの顛末を聞き出したマルダス王はわなわなと震え、咆哮した。
「この大馬鹿者がぁ!!!!」
リエーフはびくっ、と全身を震わせた。
正妃の長男として生まれ、父であるマルダス王と正妃に期待されて育ったリエーフは、同時に両親からこの上なく甘やかされていた。怒られた経験が無いではないが、このように怒鳴られたことは無い。
一国の頂点に立つ獅子の獣人の怒声は、その息子を萎縮させるのに充分だった。
「かの帝国との貿易をより有利にするために、皇女を娶るのが最善だったというのに⋯⋯娶るどころか貿易に支障が出たらどうするのだ!」
「し、しかし父上」
怯えるリエーフはしかし、反論を試みようとした。
「アミラと離れるわけにはいきませんでしたし、運命の番が正妃になるのは我が国の法律で定められております。それを無視してなじったのはヴィルへルミネ皇女です」
「そんなことは解っているわ。それをあちらに納得させねばならなかったのに、それができずに拒絶されたのだろうが!」
だいたい、とマルダス王はリエーフを睨み付けた。
「いくら運命の番とはいえ、求婚の場まで連れていく馬鹿がいるか! 皇都の宿に泊まらせるか、せめて皇女の前に出さないようにすればよかっただろうが。くそっ⋯⋯よりによって、あの皇帝を敵に回すような真似を⋯⋯」
マルダス王は疲れて椅子に沈み込んだ。
マルダス王は何度かローディウム帝国の皇帝と皇妃に会ったことがある。
大国とはいえ所詮は人間の王、大したことはないと侮っていたマルダス王は、しかし対峙したとたんに敵わないことを悟った。
獣人は生まれついて身体能力が高く、身体強化魔法に長けている。種族として魔力が少ない傾向にあるゆえそう長時間かけていられないが、瞬間的な戦闘力は多種族のそれを大きく上回っていた。当然、脆弱な人間など敵うはずがない。
だがその脆弱な人間が、獣人の上位者であるマルダス王を圧倒する力を持っていた。剣士として名高い皇帝ユリウスだが、その名声がはったりなどではないことを顔を合わせただけで解らされた。
その妻である皇妃ミカエルシュナも、同等の化け物だ。
最初、浮世離れした美貌と華奢な身体ゆえ、マルダス王は彼女が戦えるなど想像もしていなかった。戦場に出ることがあると聞いた時、その美貌に飲まれていたのもあって、つい女のすることではないと言ってしまった。
直後に向けられた冷徹な眼差しと瀑布のような魔力の圧に、マルダス王は失言を悟った。
結果として貿易は無事に成ったものの、ローディウム側に有利なものになってしまった。自身の失態に歯噛みした末、マルダス王はユリウスとミカエルシュナの間に娘がふたりいることを思い出したのである。
──どちらかをリエーフの妃にすることで、通商条約を有利に結び直せるのではないか。
そんな皮算用をしたマルダス王は、まず第一皇女のギルエルフィネに婚約を持ちかけた。
だがギルエルフィネはその時他国に留学中で、なおかつ皇太子に内定していると返答された。
マルダス王国では女性に継承権は無いため、マルダス王はギルエルフィネが皇太子になるということに衝撃を受けた。
マルダス王には娘がいないため、第二皇子と縁付かせる相手がいない。そもそもギルエルフィネに何かあった時のために、第二皇子を帝国から出すような真似はしないだろう。
なら多少歳は離れるが第三皇女のヴィルへルミネだと、そちらへ話をスライドした。これには明確な承諾は無かったが、リエーフに会いたいということだったので、ほぼ決まったも同然だと思っていた。
不安材料は一年前に見付かったリエーフの運命の番だったが、王太子として充分な教育を受け、教師達の評判もいいリエーフならうまくやれるだろう、と送り出したのだが──
──まさか、こんなことになるとは⋯⋯
マルダス王は頭を抱えた。
リエーフと共に帰国した侍従と外交官達にも話を聞けば、アミラは謁見の間に付いていっただけでなく、リエーフの隣に立ち、密着して挨拶したらしい。
これだけでも充分不敬だが、ヴィルへルミネとの茶会にも同行したあげく、ヴィルへルミネの到着を待たずに菓子に手を付け、ヴィルへルミネが来てからも顔すら上げなかったという。
更にリエーフはヴィルへルミネに向かって、仕事を押し付けて妻として愛さないという旨の言葉を放ったそうだ。
「夫婦そろって失態を重ねよって⋯⋯下手をすれば戦争だぞ!」
「そんな大袈裟な⋯⋯」
「大袈裟なものか! 確かに我が国とローディウムは離れているが、それは絶対に攻め入られないという確信にはならん」
行き来するだけでも一ヶ月以上かかる旅程だが、ローディウムほどの大国なら多少の強行軍を敢行できるだけの軍事力はあるだろう。可能性としては低いが、零というわけではない。
「そもそも、一年の間におまえの番は何を学んでいたのだ。元は確かに平民だが、おまえに輿入れするために、我が正妃の実家に養子に入り、教育係を付けたであろうが」
一夫多妻を取るマルダス王国において、すでに正妻がいる場合でも運命の番が見付かればその妻を側妻にして番を正妻にすることができる法律がある。
だが例外も存在し、王侯貴族の当主の運命の番が平民だった場合、身分や教養の面を考慮して、側室や側妃となる。正室や正妃は夫の仕事を手伝うのが普通だからだ。
だがリエーフは母親に頼み込んでアミラを実家の養子にしてもらい、周囲の反対を押し切って正妃とした。マルダス王も、最終的には妃教育を受けさせることを条件に承諾した。
だが、アミラは一年の間に何も学ばなかった。他国の言語は全く喋れず、自国の読み書きも必要最低限、計算も単純なものだけ、歴史も地理も壊滅的で、貴族の顔も家名も覚えようとしない。
そのくせ贅沢は早々に覚えて、宝石代や衣装代がかさんでいく。一応国庫が底を尽くような度を越えた買い漁りはしていないが、それもいつまで自制できるのやら。
リエーフはそれまで王太子として恥じない能力と活躍を見せていた。それは今でも変わらないが、運命の番が絡んだとたんに視野が狭くなる。アミラの贅沢を許していることもそうだが、それ以外の件も彼がアミラに厳しい態度を取れないことが原因だろう。
マルダス王は気付いていないが、加えてリエーフは王太子として順風満帆の人生を送っていたために、自分の望んだことは何でも叶うと無意識に思っているふしがある。今回も自分が求婚したら当然受け入れてくれるだろうと思い、そう振る舞った結果だった。
「とにかく、急いで挽回を図らなくては⋯⋯」
「も、もう一度ローディウムに行きます」
「火に油だわ、たわけ!」
リエーフを一喝した後、マルダス王は素早く頭を回転させた。
外交官達は今回の件で及び腰になっている。
当然だ、怒れる鬼神の前に出るなど、マルダス王だってごめん被る。
だが全くのノーリアクションというわけにはいかない。まず謝罪の手紙を出し、更に直接使者を送る必要がある。
そうこうしているうちにローディウムから抗議文が送られてきて、マルダス王とその側近達は頭を抱えた。中にはアミラに殺意を覚える者も出る始末である。
協議の結果、まず謝罪文を作成して送付。更に責任を取らせる意味でアミラの側妃降格が決定した。リエーフとアミラはだいぶ抵抗したが、そもそもこの事態を巻き起こしたのはそのふたりであるため、聞き入れられなかった。
次に、直接謝罪を行う人間の選別だが、マルダス王は熟考の末、第二王子に行かせることにした。
第二王子はマルダス王の側妃の息子で、獣人としては珍しい魔術師である。側妃を母に持つこと、魔術師であることからマルダス王は彼を疎んじていたが、その立ち位置が今回役立つことになる。
──あやつがローディウムとの交渉に成功すれば御の字。
──失敗しても、切り捨てればよい。
そんな考えの元、マルダス王国第二王子──レオーネ・フェリドゥは送り出されることになった。




