四十九
ミミネアが禁制品の香水を使っていると仮定して、危惧すべき点がある──とヴィルへルミネは言った。
「彼女が使用している禁制品は、香水だけなのか、という点です」
「え?」
「通常、禁制品はその違法性ゆえに取引される金額は非常に高いです。消費物は多少低く設定されているでしょうが──仮にも彼女は、侯爵令嬢。自由にできるお金は、それなりにあるでしょう」
「ですが、禁制品を扱う商人とそんな簡単にやり取りできるものですか? ましてや、目をつけられたのは一週間前ですよ。そんな複数買えないのでは」
「そうですわね、普通は」
ヴィルへルミネは意味ありげに目を細めた。
「ですが、そもそも禁制品自体そうそう手に入るものではありません。トゥファ嬢自身に、そういうつてがあるとも思えませんし」
「それは⋯⋯そうですが」
「全ては仮定の話です。ですが仮定が本当だったとして、ピンポイントでレオーネ様を狙ったものを手にしているとしたら──香水だけだと考えるのは、かえって危険かもしれません」
ヴィルへルミネが考えているのは、最悪の場合だ。だがその最悪をこそ、考えるべきことなのかもしれない。
「そしてもし、彼女が複数の禁制品を所持しているとしたら──協力者の存在を疑わねばならないと思います」
「⋯⋯確かに」
レオーネは眉根を寄せた。
現状想像の域を出ないが、ミミネアに協力者がいる可能性は充分に考えられる。少なくとも、いないと楽観視するより、いたと仮定して警戒した方がいいだろう。
「そこでです。まずは香水対策なのですが──」
ヴィルへルミネは自らの作戦を口にした。それに対し、レオーネは聞き漏らさないようにじっと耳を傾ける。
時々レオーネ自身やラルク、ヴォルフの助言も踏まえながら、四人は作戦を練っていった。
───
輝かんばかりの笑顔で現れたミミネアに不気味な気配を感じて、レオーネは内心どん引きしていた。
──何であんな迷いない顔ができるんた⋯⋯?
彼女の足元では、休憩室を守っていた騎士が呻き声を上げながら倒れている。生きているようだが、命に別状が無いかどうかは、ここからでは判然としない。
非力なはずのミミネアが騎士ひとりを無力化できたということは、ヴィルへルミネの懸念通り魔導具を手にしているということなのだろう。
それがどういう種類のものなのか、複数所持しているのか、まだそこまでは解らないが。
「レオーネ様、お待たせしました」
ミミネアは胸の前で手を組み、小首を傾げた。全く意味が解らない発言である。
組まれた手の中には、持ち手の付いた黒い筒のようなものが握られている。筒の先には穴が空いており、クロスボウの引き金のようなものも付いていた。
──あれで騎士を倒したのか? 銃と呼ばれるものによく似ているが⋯⋯
銃とは、最近開発された飛び道具だ。火の魔法を内蔵しており、その爆発力で鉄の玉を飛ばすことができる。
だが、威力はそれほど高くない。利便性や連射性こそ優れているが、飛距離や命中率は弓矢やクロスボウなどと比べるべくもないし、常人はともかく身体強化が使える相手では致命傷にはならない。ましてや素早い野生動物は勿論、魔物などには全く通じない。
それでも一般人にとっては危険なものであるのは変わらないので、流通は禁じられている。
それをなぜ、ミミネアが持っているのか。
「確かに貴女を待っていたが⋯⋯おそらく、貴女が想像するのとは違う意味だぞ」
「? でも、レオーネ様は私を待っててくれたんですよね。なら、私と同じ気持ちなんでしょう?」
ミミネアは一瞬不思議そうな顔をした後、甘えるように微笑んだ。
「レオーネ様の気持ちは、解っています。私も、同じ気持ちだから⋯⋯」
「⋯⋯俺の気持ち?」
「はい! ヴィルへルミネ殿下との結婚は政略で、気持ちは伴っていないんですよね。私もそうでした。ペレアスと結婚したくなかった。でも、もう大丈夫です! ペレアスとの婚約は無かったことになりました。これで、私はレオーネ様と結ばれますっ」
ミミネアの発言は支離滅裂で、根拠も論理も全く無かった。
だが、何より──
「貴女が、俺の気持ちを決めるな」
「え?」
「確かに、ヴィルへルミネ様との婚約は政略が絡んでいる。だが、俺はあの方との結婚を心から望んでいる。貴女に邪魔されるいわれは無い」
レオーネは酷く冷たい眼差しを向けた。それに対し、ミミネアは唖然として硬直する。
「ど、どうして? だってさっきは、あんなに熱く見つめてくださったのに!」
「熱く? そんなつもりは微塵も無かったが。まあ確かに、香水のせいで感覚が狂わされたな」
レオーネは吐き捨てた。
ミミネアからは、おそらく今も件の香水の匂いがしているはずである。だがもう、レオーネにその匂いが届くことは無い。
なぜなら、魔法でレオーネから遠ざけられているからだ。
レオーネが使用する魔法は、身体強化、錬金術、四元素魔法の三系統。
四元素魔法とは、地水火風の属性を持つ自然を操る魔法系統だ。長ずれば天候さえ限定的に操れるそうだが、レオーネはまだその域に達していない。
だが、自分の周囲の空気の流れを変えるぐらいはできる。そうやって、香水の匂いを自分に届かなくしていた。
「香水の、せい⋯⋯? で、でも、ならどうして今は」
「それより、その香水と銃らしきものは、どこで手に入れたんだ? それは本来、貴女が持つべきものじゃないだろう」
「銃⋯⋯? これ、銃って言うの?」
ミミネアはぽかんとして手元のそれを見つめている。自分が持っている物の名称さえ、解っていなかったらしい。
「貴女はそれで、騎士を無力化しただろう」
「だって⋯⋯私、レオーネ様に会いたかったのに、邪魔をするから」
「邪魔なら、相手を傷付けてもいいとでも?」
レオーネの声が低くなった。それにミミネアがびく、と身体を震わせる。
「ど、どうしてレオーネ様まで、そんなこと言うの⋯⋯? そんな目をするの?」
「は?」
「レオーネ様は⋯⋯レオーネ様は、王子様でしょう? 私の、王子様でしょう! なのに、どうして私を責めるようなこと言うの⁉」
ミミネアは悲鳴のような声を上げて銃を向けてきた。
とっさに前に出ようとしたラルクを制し、レオーネは空気の塊をミミネアの手元にぶつけた。
「あっ」
銃を取り落とし、手を押さえるミミネア。痛みで肩を震わせ、涙をこぼす彼女は、弱々しい少女そのものだった。ほかに何かを隠し持っているようには見えない。
レオーネはいつでも動けるよう魔力を練りながら、問いかける。
「ほかにも危険なものを持っているなら、今すぐ出した方がいい。今ならまだ──」
「ひっく⋯⋯ふ、ぅ──酷い、酷いわ⋯⋯レオーネ様⋯⋯好きなのに⋯⋯運命だと、思ったのに⋯⋯」
運命という言葉に、レオーネは眉をひそめた。
あまりに軽々しく口にされた言葉。その言葉にレオーネは何度も振り回されて、うんざりする。
だが、今この場でレオーネが言いたいことは、ひとつだ。
「俺の運命はヴィルへルミネ様だけだ。貴女じゃない」
その言葉に、ミミネアの顔が絶望で青ざめた。そして。
「酷い! 酷い! 大嫌い‼」
何かを取り出した──と思った瞬間。
周囲が、激しい閃光に覆われた。
作中で銃が出てきたので、作品世界の火薬の扱いについて説明↓
この世界にも火薬は存在しますが、現実の中世〜近世ヨーロッパほど発展していません。
理由は、コスパの問題。全ての人が魔力を持つ本世界において、手軽さは魔法の火>火薬で、元手のかかる火薬を研究、発展させる意味がありません。更に安全性も魔法の方が高いです。
そのため現実世界で火薬を使ったものは、花火などの娯楽を含めて作中では魔法で代用されています。
作中世界での火薬の認識は、扱いを間違えると非常に危険なもの程度です。




