四十八
貴族の挨拶が終わった頃に謁見室に戻ったヴィルへルミネ達は、ミミネアの疑惑と作戦をユリウス達に伝えた。
ユリウスとミカエルシュナは難しい顔を見合わせた後、渋々といった体で許可を出した。
それに対し、ダリウスが疑問を口にする。
「本当に、成功するの? そもそも、トゥファ嬢の香水がそうだって確証もないんだろ」
「ええ。杞憂なら、それでいいのです。ですがもし本当なら、高位貴族が禁制品を使って、皇族の婚約者を略奪しようとしていることになります。対処は早ければ早いほどいい」
「私も賛成だな。もしかしたら、件の禁制品を改良したものかもしれない。そんなものが出回っている可能性があるなら、早期に潰すべきだ」
ギルエルフィネが言った。姉の言葉に眉をひそめたダリウスは、さすがに反対の声を引っ込める。
「⋯⋯解った。レオーネ殿下、ヴィルへルミネを裏切るような事態にはなるなよ」
「ええ、勿論」
レオーネはヴィルへルミネの手を握りながら、頷いた。
───
ミミネアはお姫様に憧れていた。
レースとリボンのドレス。きらきらの宝石の付いた装飾品。宝物のようなお菓子。そして、素敵な王子様。
侯爵家に生まれたミミネアは、望んだものは何でも手に入れられた。大きなお屋敷の中の、小さなお姫様。それがミミネアだった。
そんなミミネアを、お友達は人形のよう、と評する。それもそれで気分のいい賞賛だったが、それよりお姫様みたい、と呼ばれたかった。
──いいなあ、ギルエルフィネ殿下とヴィルへルミネ殿下は。生まれた時からお姫様なんだもの。
大きなお城に住む、この国の正真正銘の姫君達を思い出すたび、ミミネアは羨む気持ちを抑えられなかった。
きっと彼女達の結婚相手は、他国の素敵な王子様なんだわ──と自分の婚約者を比べて、哀しくなってくる。
ペレアス・ヴィーアンは、真面目しか取り柄がない人間だった。厳しい顔も言動も、ミミネアにとっては嫌で嫌でたまらなかった。彼と結婚したくないと、一体何度父に訴えたか解らない。
父はミミネアのための結婚相手だと言ったが、ミミネアにはそう思えなかった。
ミミネアのやることにいちいち文句を言って、わけの解らないことばかり言う彼が、ミミネアに幸福をもたらすとはどうしても思えない。婚約解消を持ちかけられて、心底嬉しかったぐらいだ。
父は何やらごねている上に、神殿での手続きに手間取っているようで、未だにミミネアとペレアスの婚約は結ばれたままだ。だが、早晩ふたりの関わりは断ち切られるだろう。
それがミミネアにどんな不利益を与えるかを、彼女は解っていない。ただ、ペレアスと結婚しなくていいという事実だけが、彼女にとって重要だった。
そしてペレアスと結婚しなくていいなら、理想の王子様──レオーネと結婚したかった。
レオーネを初めて見た時、頬と胸が熱くなった。彼の姿に釘付けになり、その微笑を自分に向けてほしいと渇望した。
同時に、幼い頃に読んだ小説を思い出す。
悪い男と無理矢理結婚させられそうになったお姫様を、異国の王子様がさらっていき、幸せになる物語だ。
レオーネはその王子様にそっくりだと、ミミネアは思った。
──あの人が私の王子様⋯⋯運命の人なんだわ!
その直感を後押しするように、マルダス大使からレオーネが好きだという香水をもらい、更に特別な魔法の道具も幾つか贈られた。これを使えば、ミミネアとレオーネは結ばれるのだ。
実際、香水は効果があった。目が合ったレオーネの眼差しは驚愕に彩られ、強い感情が込められているように見えたからだ。
せっかくミミネアとレオーネが手を取り合う時が来たというのに、周りはそれに気付いていない。もどかしかったが、だからこその魔法の道具なのだと、ドレスに隠したそれをそっと押さえた。
──皇宮に事前申請されていない魔導具を持ち込むことは、法律で禁止されている。もし持ち込んだら、最低でも一年は皇宮に上がれないし、軽くても罰金刑が課される。
だがミミネアはそのことを知らない。知ろうともしない。魔導具を秘匿する魔導具が同時に渡された意味も、全く理解していない。
ミミネアはただ夢を見るだけ。薔薇色の、ありもしない淡い夢を。
───
ユリウス達と共に現れたヴィルへルミネとレオーネを、伯爵以下の貴族達が気遣わしげに見つめている。レオーネが体調を崩したことを聞き及んでいる者達だろう。
レオーネはやや青ざめた顔で彼らに微笑を返し、ヴィルへルミネの隣に腰を下ろした。その際にミミネアと一瞬目が合う。
ミミネアはうっとりとした顔でレオーネを見つめていた。レオーネはその視線を避けるように目を伏せる。
「来賓の方々、及びローディウムを支える諸侯ら。今宵は私のためにこうして集まっていただき、心から感謝する」
ギルエルフィネが席に着いた者達を見回し、そう言った。
「偉大なるユリウス陛下の後継者──その重圧は計り知れない。だが私はその責務を背負って、ローディウムを守護していこうと思う。来賓の方々にとってはよき隣人として、諸侯らにとってはよき君主として、未来の皇帝として邁進していくことを改めて誓う」
そして銀製のグラスを手にする。それを合図に、皆も己のグラスを持ち上げた。
「今宵はどうか楽しんでくれ。乾杯!」
「「「「「「乾杯‼」」」」」」
グラスを打ち上げるようにして掲げた人々は、その中身をあおった。
グラスの中身は、大半は葡萄酒だ。だが中には飲めない者もいるため、そういった者のグラスには果実水が入っている。それを飲み、いよいよ晩餐会が始まった。
晩餐会は和やかに進行していく。挨拶の際にヴィルへルミネとレオーネが中座したことなど忘れられたかのように、国内外の貴人達は主役のギルエルフィネ、そしてその父であるユリウスと談笑し、未来を語った。
そんな彼らを尻目に、レオーネの顔色が悪くなっていくのに気付いた者は、意外と少なかった。隣のヴィルへルミネは時々そっとレオーネをうかがうが、彼は困ったように笑うだけだ。
だがデザートが出る頃には、レオーネは笑みを保つのも精一杯の様子になっていた。そんな彼に、ヴィルへルミネが声をかける。
「レオーネ様⋯⋯」
「ヴィルへルミネ様、すみません。少し、下がらせてもらってもよろしいでしょうか」
「ええ、勿論。休憩室で休んでください」
ヴィルへルミネが頷くのを確認すると、レオーネはユリウスとギルエルフィネにも断りを入れてから、その場を後にする。
その後ろ姿をヴィルへルミネと、少し離れてミミネアが、じっと見つめていた。
皇族の休憩室に入ったレオーネは、共に入室したラルクから手渡された水を飲んだ。
顔色は戻っているし、表情も平素のものになっている。先ほどまで具合が悪そうにしていたのが嘘のようだ。
彼は、待っているのである。その時を。
やがて、外が騒がしくなった。皇族の休憩室には見張りが立っているのだが、誰かその見張りともめているようだ。
だが、その音が不意に止む。次いで、扉が開かれた。
「レオーネ様‼」
大きく開かれた扉の先には、満面の笑みを浮かべたミミネアが立っていた。




