表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命だと言うけれど  作者: 沙伊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/116

四十七

 外国の来賓や駐在大使の相手が終われば、次は国内貴族の挨拶である。当然ながら、その中にはトゥファ家の姿もあった。



「皇族の方々にご挨拶申し上げます。このたびは、ギルエルフィネ殿下の皇太子就任おめでとうございます」

 フレッド・トゥファ侯爵が代表してそう挨拶をした。先日の抗議文のせいか、その笑顔はどこかへつらうような感じがする。夫人の微笑も引きつっていた。

 一方、ミミネアは満面の笑みを浮かべ、レオーネに熱視線を送っていた。顔を赤くし、情熱的な眼差しを向ける姿は、まさしく恋する乙女である。

 レオーネはげんなりしながら、なるべくそちらを見ないようにしていた。


 ──勘弁してくれ。


 そんなレオーネの心の声を察することなく、ミミネアはこちらを見つめている。視線が、私を見て! と叫んでいるようだった。

 レオーネはこぼれそうになったため息を飲み込み──


 くらり。


 と、不意に目眩がした。

 同時に、柑橘を酒精に漬けたような匂いが鼻につく。いつまでもかいでいたくなるような、合わせて、酷い飢餓感を覚えるような、奇妙な匂い。

 くらむ視界を何とか動かして、匂いの元をたどれば──その先に、ミミネアがいた。

「⋯⋯!」

 ミミネアはレオーネと目線が合ったとたん、嬉しそうに──幸せそうに、笑った。

 はたから見れば愛らしい笑みだったろうが、レオーネはおぞましいものを見た感覚に陥る。背筋が粟立ち、まとわりつく匂いが唐突に腐臭へと変貌したような錯覚さえした。

「──では、我々はこれで。ミミネア、行くぞ」

 フレッドが挨拶を終えてミミネアの背中に手を添えた。それに対し、ミミネアは不満そうに父を見上げる。

「え? でも⋯⋯」

「いいから」

 フレッドは少し強引にミミネアを連れていった。後には、残り香が漂う。

 おそらく、ミミネアの匂いは香水だろう。そして、それに気付いたのは獣人のレオーネだけだ。気付いたとしても、人間やエルフではよほど近付かない限りミミネアのものだとは解らないかもしれない。

 そして、気付いたレオーネだけが不快と恐怖に襲われている──

「レオーネ様⁉ 大丈夫ですか?」

 突如、ヴィルへルミネがレオーネの両腕を掴んだ。はっと見下ろせば、気遣わしげな表情のヴィルへルミネが、頭を覗き込んでいる。

「ヴィル、へルミネ様」

「顔色が悪いわ。冷や汗もこんなに⋯⋯お父様」

「ああ、すぐに休憩室に行け。体調が戻らないようなら、欠席してもいい」

「ありがとうございます。レオーネ様、行きましょう」

 ヴィルへルミネはレオーネを支えるようにして、謁見室の奥にある休憩室に向かった。

 されるがままのレオーネは、呆然とヴィルへルミネを見つめる。

 真剣な表情でレオーネを休憩室まで連れてきたヴィルへルミネは、彼をソファーに座らせ、手ずから水を入れたグラスを差し出した。

「お水、飲めますか? それとも横になりますか?」

「ありがとう、ございます⋯⋯いただきます」

 レオーネはグラスを受け取ると、一気に水をあおった。冷たい水が喉を通り、身体を冷やす。そこで初めて、自分の身体が熱くなっていることに気が付いた。

 レオーネはグラスを手近な机に置き、ヴィルへルミネを見上げた。

「ヴィルへルミネ様」

「はい? ⋯⋯っ」

 首を傾げたヴィルへルミネは、突然抱き上げられて目を丸くした。そんな彼女に申しわけなく思いつつも、レオーネは彼女を膝に乗せ、ぎゅっと抱き締める。

 最初こそ戸惑っていたヴィルへルミネだが、やがて肩口に押し付けられたレオーネの頭を、そっと撫でた。

 ヴィルへルミネは、基本的に香水を使わない。妖精や精霊は人工的な強い香りを苦手とするからだ。せいぜい、香油を少量使うぐらいである。

 ヴィルへルミネはいつも、花から抽出した香油を使っている。季節によって違うが、今は茉莉花の香油を使っているようだった。

 そのかすかな香りと、ヴィルへルミネの体温が、レオーネの乱れた心を落ち着かせてくれる。ふたりはしばし、無言で抱き合っていた。


    ───


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯すみません」

 レオーネは頭を抱えながら、ソファーにうずくまった。

 正気を取り戻したレオーネは、彼女を降ろし、今の態勢になったのである。今更自分のやらかしがのしかかったようだ。

「混乱していたようですし、気にしてませんわ」

「殿下、気にした方がいいと思いますよー」

 少し離れたところでラルクが言った。隣のヴォルフも頷く。実はずっといたふたりだった。

「しかし、一体どうしたんですか? 急におかしくなったように見えましたが」

「実は──」

 レオーネは先ほどのこと──ミミネアから嗅ぎ取った匂いと、それによって引き起こされたと思しき症状を話した。

 聞き終えたヴィルへルミネは、首を傾げた。

「匂いを嗅ぎ取っただけでそのような⋯⋯そんな香水、ありましたっけ⋯⋯?」

「殿下、発言をお許しいただけますか?」

 ヴォルフが一歩前に出て、挙手した。どうぞ、と促すと、軽く頭を下げて話し出す。

「レオーネ殿下が嗅ぎ取った、柑橘と酒精に似た匂いの香水に、聞き覚えがあります。猫系獣人に対する媚薬のような効果をもたらす禁制品かもしれません」

「⋯⋯何ですって?」

 ヴィルへルミネは目を見開いた。レオーネも硬直する。

「勿論、確証はありません。そもそも猫系獣人の貴族もいるのに、そんなものを匂わせる令嬢に周囲が気付かないのも奇妙です。似た匂いに反応しただけかもしれませんが⋯⋯」

「いいえ。疑いを持てただけでも僥倖だわ。より一層、トゥファ嬢を警戒せねばならないわね」

「いっそ、このまま晩餐会を欠席するのもありかもしれませんよ」

 ラルクの言葉に、首を振ったのはレオーネだった。

「いや。もし今日を回避できても、今後同じ事態になるかもしれない。もしトゥファ嬢の香水がヴォルフの言うものだとしたら、予期せぬトラブルが起きる可能性も高い。なら今日のうちに、決着をつけた方がいい」

「⋯⋯まさか、囮になるつもりですか? 殿下、さすがにそれは」

 ラルクが反対の声を上げかけた時、ヴィルへルミネがすっと前に出た。

「レオーネ様の言う通り、今日この場で決着をつけるのが得策です」

「皇女殿下!」

「かといって、レオーネ様を危険にさらすつもりは毛頭ありません」

 ヴィルへルミネは微笑んだ。それは少女らしからぬ、不敵な笑みだった。

「わたくしに、策がありますわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ