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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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四十一

 ぞわり。


 突如背筋を撫でていった悪寒に、レオーネは飛び上がった。

 それに釣られて、隣にいたヴィルへルミネの肩も跳ね上がる。

「レオーネ様?」

「すみません⋯⋯何か、物凄い寒気が」

「嫌だわ、風邪かしら。大丈夫ですの?」

 やっぱりローディウムの冬は厳しいのかしら、と首を傾げるヴィルへルミネ。それに対して、レオーネは首を振った。

「いや、本当に大丈夫なんです。ただ、嫌な予感というか、名状しがたいものが這い寄ってきた感覚があったというか」

「名状しがたい⋯⋯?」

 唇の端を引きつらせるレオーネに、ヴィルへルミネはきょとんとした。

「よく解りませんが、大丈夫ならよかったです。鍛冶場にも行けそうですか?」

「ええ、問題ありません」

 レオーネは頷いた。



 ふたりが向かっているのは、皇宮内にある鍛冶場だ。

 この鍛冶場で騎士団や皇族の武具を作成しており、実際にユリウスの剣と鎧はこの鍛冶場の総轄である皇宮鍛冶師長が造ったものである。

 ふたりが鍛冶場に向かう理由は、レオーネの武器を皇宮鍛冶師長に造ってもらっており、その進捗を確認しに行くためである。

 直近の皇室行事は皇太子任命式だが、そこから更に一ヶ月後にふたりの婚約式がある。同日はヴィルへルミネの誕生日でもあるため、婚約式後には披露会兼誕生日会が開かれる予定だ。

 とはいえ、主催が十三歳になるヴィルへルミネと、社交経験の乏しいレオーネである。夜会ではなく茶会の形になり、招待客も限られた。

 レオーネの武器は、それまでに完成させる必要がある。

 何しろ皇家、もといカルンシュタイン家の伝統として、結婚相手に武器を贈る慣習があるからだ。武闘派なローディウムの皇家らしい伝統だった。

 ちなみにユリウスはミカエルシュナに短剣を贈ったらしい。結婚前から剣も防具も自前の愛用品があったため、補助武器にしたとのことである。

「⋯⋯本当に、何で馬鹿なことができたかな、あの馬鹿兄」

「はい?」

「いや、何でもないです」



 訪れた鍛冶場は、あちこちから金属を叩く音や炎がごうごうと燃え上がる音であふれ、肌を焼くような熱気が降りかかってきた。

 更に音に負けないように皇宮鍛冶師達があちこちで声を張り上げており、熱と相まって外界とは完全に別世界のようである。

 レオーネは思わず獣耳を押さえ、呻いた。

「っ⋯⋯話には聞いていましたが、本当に凄い音ですね」

「慣れない方、特に獣人の方はこの音で倒れることもあるそうです。でも慣れれば問題無いようですよ。実際獣人の鍛冶師もいらっしゃいますし」

 ヴィルへルミネもまた、両耳を塞ぎながら答えた。

 耳を塞いでいるのになぜ会話ができるのかというと、ヴィルへルミネの風属性の妖精魔法で互いの音を拾っているからだ。こうなることは事前に解っていたのである。

 ふたりは耳を塞いだまま、鍛冶場の奥へと進んだ。

 鍛冶場は全体が石造りでできており、等間隔に炉と金床が設置されている。そしてその間を鍛冶師が何度も行き来して、ハンマーを振り下ろしたり炉に鉄を入れたりしていた。

 炉が無いところでは見習いらしき人々が完成した武器や防具を磨いたり、箱に詰めたりしており、皆が汗だくになりながらも真剣な面持ちで仕事に取り組んでいた。

 やがて鍛冶場の奥──最も大きな炉の傍までやってきたふたりは、そこで無心にハンマーを打ち付けてるドワーフの鍛冶師に声をかけた。

「ごきげんよう、ギムロ伯爵」

「初めまして、今大丈夫だろうか」

 声をかけられたドワーフは、しばらく無反応だった。ハンマーを何度も振り下ろし、やがて満足したのか、真っ赤な鉄を水に漬ける。

 蒸発する水の音と激しい白煙を背後に、ドワーフが振り返った。

「お待ちしておりましたよ、殿下がた」

 鋼色の髪と髭のドワーフは、にやりと唇を歪ませた。

 背中を覆う長い髪と上体を隠すほど長い髭を無造作にまとめ、質素な服に身を包んだ彼は、正真正銘の貴族、エクトル・ギムロである。

 レオーネの胸ほどしかない背丈ながら、がっしりとした体格は岩を想起させ、髪と髭の奥にある黒い瞳は爛々と輝いている。手にしたハンマーが無くとも、素手で野生動物ぐらいは倒してしまいそうだ。

 一見貴族らしからぬ皇宮鍛冶師長は、水から鉄を引き上げてそれを脇に置き、ふたりに向き直った。

「レオーネ殿下の武器の様子を見に来たんでしょう? あらかたできあがりましたんで、見てください」

「さすが伯爵、仕事が早いわ」

 ヴィルへルミネはにっこり笑った。



 エクトルは鍛冶場の奥にある部屋から一本の槍を持ってきた。

 レオーネの身長と同程度の長さの、白銀の槍である。刃の部分は革の覆いが被せてあるため確認できないが、形状からして斧槍と呼ばれる種類のようだ。

「これでまだ未完成なのか?」

「残りは仕上げだけなんですが、その前に一度手にしてみてください」

「解った」

 槍を受け取ったレオーネは、覆いを付けたまま構えてみた。

 しばらくぶんぶん振っていたが、ふと、眉をひそめる。

「⋯⋯少し、重いかもしれない」

「ふうむ。ちょいと失礼」

 エクトルは断りを入れてから、レオーネの腕の筋肉と、槍の重さを確かめた。そして槍とレオーネを見比べて、ひとつ頷く。

「多少重さを削っても問題無いでしょうな。これぐらいなら、すぐ調整が効く」

「今から可能なのか?」

「自分は錬金術師でもありすので、それぐらいは時間をかけずにできます。幸い、材質も魔法銀ですしね」

 魔法銀とは質のいい銀を錬金術で加工した金属で、魔法の武具を造るのに用いられる。

 これで造った武具には様々な魔法効果を与えることができ、単純に切れ味や防御力を上げたり、何かしらの特殊効果を持つようになったりする。

 だが魔法銀を加工できる職人はそう多くない。というのも、ただ鍛冶能力が高いだけでなく、錬金術を含めた魔法が使えなければ扱えないのだ。

 エクトルは、その数少ない加工技術を持つ職人だった。

「せっかくだから、更にいい武器に仕上げますよ。⋯⋯しかし」

 エクトルは自信満々にそう答えた後、レオーネを見上げた。

「殿下のことは訓練場で遠目から見ただけだったんですが⋯⋯顔だけ見たら、斧槍を扱うようには見えませんな」

「え、そうか?」

「ええ、優男って感じで⋯⋯ま、獣人ってのは見た目だけで力の有無は解らん種族ですからな。それに、皇帝陛下も同じことが言えますし」

 ユリウスは自分の背丈ほどの大剣を扱う剣士であり、その重量は槍並に重い。

「皇妃殿下の時も、同じ感想を抱いたものです。あの方と初めて会ったのは、あの方の剣の整備依頼を受けた時でしたが、使い込まれたいい魔剣でした」

 ミカエルシュナの剣は通常サイズ──重さで言えばむしろ軽い方なのだが、それゆえに急所を的確に狙うのに適している。

「⋯⋯あのふたりと比べられても困るんですが」

「全くですわ⋯⋯」

 ヴィルへルミネとレオーネは顔を見合わせる。両者、微妙な表情をしていた。

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