三十六
昼食を終えたヴィルへルミネは、再びレオーネのいる客室に訪れていた。
レオーネは、今度こそ万全な状態で彼女を迎え入れる。
「ちょうどよかった。手紙のことで幾つか相談があったんです」
「わたくしも、手紙を含めてお話したいと思っていましたわ」
部屋に入ったヴィルへルミネは、まず代筆の手配の件で、文官を手配すると約束した。
次にマルダス大使への返事だが、こちらは両者そろって謝罪するならそちらが来いと返すで意見が一致した。
「マルダス国内ならいざ知らず、ローディウムでは俺の方が上の立場になりますからね」
「マルダスでも貴方の方が上ですが⋯⋯?」
「力関係ってやつですよ。卑下しているわけじゃないんで、そんな圧を出さないでください⋯⋯」
次に令嬢達の手紙。これは改めて無視の姿勢。ミミネアに関しては家に抗議文を送ることが決まり、こちらも代筆してもらうことになる。
「お父様が昼餐会後にいったんこちらに戻られるから、その時に抗議のことも含めてご相談します。同時に届くのが効果的ですから、合わせましょう」
「解りました。とりあえず優先度はお祝いへの返事と抗議文ですかね」
「ええ。大使への返事に関しては、多少遅らせた方がいいかもしれません」
「確かに⋯⋯なかなか返ってこなかった手紙の内容が、自分の思ったような内容じゃなかったら、大使は苛立つでしょう。そしたら何か行動を起こすかも」
「ええ。それがマルダス側にとってよくないものであれば、それを理由に強く出れる。レオーネ様がマルダスに帰国した時のカードのひとつになるでしょう」
現在皇宮で生活しているレオーネだが、婚約式が終わった後はいったん帰国する予定だ。それまでに王籍に残れるだけの理由を作らなければならない。
勿論、ヴィルへルミネの正式な婚約者という肩書は充分に効果的だろうが、絶対というわけではないのだ。
それに、何かしらの事故を起こされた時の防御力がレオーネには無かった。魔法という武器は持っているものの、その使い方が実戦的ではなかったのだ。
ギルエルフィネとの模擬戦で前倒しになったが、どのみち帰国までに最低限の護身術を身に付ける必要があった。その成果は、それなりに出ているように思う。
「何か起こすとしたら、婚約式までの間でしょう。それまで、ひとりにはならない方がよいかと思います」
「心得ています。⋯⋯ところで、ヴィルへルミネ様。例の物はいつ?」
「来月までには必ず仕上がるかと思います。その前に進捗を見に行きましょうか」
「ええ。それと⋯⋯」
ふたりは今後の話を詰めていく。その内容は婚約者らしい甘さは一切無く、まるで仕事の確認作業のように事務的だ。
──婚約者同士の会話じゃないんだよなー。
ラルクはレオーネの後ろに控えながら、内心呆れた。
とはいえ、しかたがないのかもしれない。ふたりの間には恋愛感情がまだ無いのだから。
レオーネにとってヴィルへルミネは運命の番で、尊敬する人柄の少女、という認識だが、相手の幼さのためか女性として見れていない。
ヴィルへルミネは恋愛ごとに全くと言っていいほど興味が無く、レオーネを未来の夫と見てはいても、それ以上に意識している様子は無い。
いずれ芽生えるのかもしれないが、現状そういった気配は皆無だった。
そんなふたりの会話が途切れたタイミングで、侍女が紅茶と軽食を運んできた。
「レオーネ様は朝食以降食べていないのでしょう? 何かお腹に入れなければ夜まで持ちませんわ」
「お気遣いいただきありがとうございます」
頭を下げたレオーネはふと、思い付いたように口にした。
「そういえば、魔晶石」
「魔晶石がどうかしまして?」
「いや、魔晶石を加工した時に気付いたんですが、魔晶石を加工すると、加工した人の魔力を強く感じられるようになるじゃないですか」
「そうですね。その影響か、加工した魔術師によって色が変わったりすることも多いです」
「それで思い出したんですが、俺が魔術師だからなのか、ヴィルへルミネ様が魔術師だからなのか、あるいはその両方か──俺がヴィルへルミネ様のことを運命の番だと認識した時、魔力も強く感じ取ったんですよね」
「そういえばあの時、わたくし魔法を使いましたわ」
「なるほど、それで。で、あくまで仮説なんですが、運命の番の魔力を傍に感じることができるようになれば、抑制薬が無くとも衝動が抑えられるようになるんじゃないかなと」
レオーネは何気無く口にしたのだろう。錬金術を学び、魔晶石の加工を行ったことのある彼だからこそ、そんな仮説が浮かんだのかもしれない。
だがヴィルへルミネは、今後の更なる可能性を見出したようだ。
「それですわ!」
「え?」
「もしその仮説が正しければ、レオーネ様とわたくしが離れることへの不安な部分を解消できます。それに、抑制研究の発展に繋がるかも」
「い、いや、でもこんなすぐ思い付くこと、すでにほかの研究者がやってるかも」
「いえ、おそらくしておりませんわ。マルダスでは魔術師の絶対数が少ないのでしょう? それに獣人という種族自体が魔力が少ない傾向にある。魔力感知もできない人が多い可能性が高い」
「⋯⋯あ」
「それに、獣人も竜人も運命の番と離れたいという発想が無い。だから、もし離れるとしたらという想定をした研究はしていないのではないですか」
「確かに⋯⋯」
レオーネは顎に手をやり、しばらく考え込んだ。そして、ぱっと顔を上げる。
「獣人の性質上、実用には魔力以外のものを用いる必要は出てきますが、この仮説が正しければ、少なくとも番から離れられないという問題な解決できるかも」
「それに薬の服用は、たとえどれだけ安全でも身体に負荷がかかります。レオーネ様の負担が減るかもしれません!」
胸の前で手を組み、きらきらと春の瞳を輝かせるヴィルへルミネに、レオーネは固まった。
「⋯⋯俺ですか?」
「ええ。ずっと、薬を飲み続けているレオーネ様が心配でしたの。皇宮の医師も安全だと言っていたけれど、それでも薬は飲む必要が無いのが一番でしょう? それに無くなるたびにいちいち調剤しなければならないし⋯⋯レオーネ様の苦労も減るかもしれませんわ」
「⋯⋯そうですか。俺、ですか」
レオーネは唇をむずむずさせて、それをごまかすようにスコーンを口にした。クリームチーズを塗ったそれをもごもごと咀嚼するレオーネを、ヴィルへルミネはにこにこと見つめている。
──もどかしい通り越して、面倒臭いなあ。
ふたりを見守っていたラルクは、内心ため息をつくのだった。




